異例の途中交代。新主将の日記/甲子園が消えた夏 vol.4

07/28 21:00 au Webポータル

甲子園が消えた夏 vol.4 〜異例の途中交代。新主将の日記〜

※この記事は2020年7月に掲載したものです。

日本列島を襲った新型コロナウイルス。その影響で夏の甲子園が中止となり、神奈川県の強豪・向上高校硬式野球部の選手たちも落胆していた。向上高校は2014年夏の神奈川大会で準優勝。今年6月には、悲願の甲子園初出場に向け全面人工芝のグラウンドも新設した。今回、mediba編集部では同校3年生の日記をもとに、リアルな心の動きをリモートで取材。5回にわたって特集する。

部員数100人を超える大所帯

3学年で部員数100人を超える大所帯。福島瞬歩(ときほ)は、向上高校硬式野球部の主将だ。年中から野球を始め、小学校2年生から捕手一筋。扇の要として養った観察眼と経験値、そこに持ち前のコミュニケーション能力を掛け合わせ、100の個性を束ねてきた。

5月20日。あの日、学校も部活も自粛中で自宅にいた。舞い込んだ夏の甲子園中止の一報。家族を心配させないように強がってみせた。夜、自室に戻った。何人かの3年生と連絡を取り合った。気づけば午前0時を回っていた。怒りでも悲しみでもない感情。静寂の中、目を閉じると堪えていた涙があふれた。

わずかな希望を胸に練習を継続してきた。だが、この夏、甲子園は消えた。

取材に答える福島

5/21 福島
「昨日、第102回全国選手権大会、49校の代表校を決める地方大会の中止が発表されました。春の大会の中止が決まった時はまだ夏があるから。と切り替えができました。もう夏しかないという思いでこの期間を過ごしてきました。どんなに環境が良くなくてもできることを全力で取り組みました。それが夏につながると信じて。しかし、僕たちの目標であった日本一は掴むことはもうできません。掴めなかったのならしょうがないと思いますが、僕たちには掴むチャンスすらありませんでした。もう1%も確率がありません。少し前から開催の中止が決定的になってきているというニュースが取り上げられていました。できなかった場合のことも少しは考えましたが、開催を信じていました。準備もいつもと変わらず続けてきました。正式に発表され、誰しもが受け止めたくない現実だと思います。ネットの記事で見るよりテレビのニュースで取り上げられているのを見るとほんとに中止なのかと現実を突きつけられている気がしました。」

79年ぶり3度目の中止

100年を超える歴史を持つ夏の甲子園大会。中止になったのは、米騒動の1918年、戦局が拡大した1941年の2度。迎えた2020年。史上3度目の事態は、容赦なく18歳の心身に襲いかかり、一瞬で気力を奪い去った。

5/21の日記の続き
「僕は高校野球で一区切りをつけます。だからこそ、この夏にかける思いは大きかったです。まだみんなにはキャプテンらしいところを何も見せることができていないです。勝利することが一番ですが絶対に自分が活躍してみんなを助けるんだ、と。勝負どころで一本出してチームを救うんだ。という思いでした。ほんとに悔しいです、試合で負けるより悔しいです。決してこの努力は無駄になることはないですが、何のためにやってきたのか、自分でもよくわかりません。県大会の独自開催の可否についてもいろいろ検討しているところだと思いますが、目標がなくなった今なにをモチベーションにやればいいのか正直わからないです。キャプテンがこんなことを言ってはいけないのかもしれません。ですが、全く切り替えることができません。キャプテンならば甲子園がなくても県大会が終わるまではみんなのモチベーションを保たせて引っ張っていき、みんなで最後までやりきれるようにするというのが僕の仕事だと思います。それは自分でもわかっています。これから気持ちの整理をしていくことになりますが、どういう風に前向きに捉えていけばいいかわかりません。」

主将なのだから最後まで前を向くべき。分かっている。だが、それができない。

実は、福島は主将として一度も公式戦を戦ったことがない。
昨秋の神奈川県大会は16強で敗退。センバツ切符に手は届かなかった。
この大会の後、福島は主将に任命されたのだ。

当時のチーム状態は最悪だった。自分勝手なプレーが目立ち、地区大会では、平田隆康監督が試合中にサインを出すことを拒否。スタメンも自分たちで決めるしかなかった。県大会に入り、どうにか指揮官は戻って来てくれたが、けが人、体調不良者が続出。福島自身も体調を崩し、大会中に一時入院した。

福島 (提供写真)

9回2死から逆転負け

満身創痍で迎えた4回戦の立花学園戦。1点リードの9回2死一、三塁のピンチで、主将でエースの松村青(じょう)が救援。だが、昨夏から主戦だった右腕は、疲労からこの秋、満足に投球ができていなかった。キャッチャーマスク越しにエースを見つめる福島は、勝負所で変化球を要求できなかった。直球を痛打されてこの回4失点。こうして向上の秋は終わった。

悔しい敗戦を糧にするはずが、大会後もチーム状態は上がらない。負のスパイラルを断ち切るべく、平田監督が下した決断は主将交代。
「誰かやる選手、いないのか?」
指揮官の問いかけに、福島は手を挙げた。秋の敗戦の責任を感じていたから迷いはなかった。
「秋の大会も迷惑かけて申し訳なかった。ここから勝利に貢献したい。自分が引っ張っていく気持ちでした。」

そんな福島の決意をあざ笑うかのように、非情な展開が待ち受けていた。年明け1月16日に厚生労働省が会見。新型コロナウイルス感染が日本で初めて確認されたと明らかにした。感染拡大は続く。3月に入り、休校となり全体練習ができなくなった。試行錯誤の中、コミュニケーションを図るため、各自が日記を書き、アプリで共有し始めた。

3/13 福島
「本来ならば今の期間は試合に入っていて、指導者の考えと自分たちの考えをすり合わせている所だと思うので、野球での考えはすり合わせることができなくてもそれ以外のところで今なに考えているのかな、どういう日記を書いてほしいのかな、どういう行動を求めているのかな、あのひとりごとの投稿にどういう意味が込められているのかな、と色々なことを考えるようにしています。練習や試合が始まったらすぐすり合わせることができるように今の生活からより意識を高めてやっていきます。」

3/14 福島
「平田監督が昨日投稿していたように、この期間があったからと思えるようにしたいです。僕たちは主体性を意識してやってきてそれを発揮する場面であり、自分たちに全ての時間を任されているので普段の練習をしているよりも他の高校に差をつけやすいと考えています。そういう思いでみんなやってほしいです。」

福島 (提供写真)

選手の日記を読んでアドバイス

お互いをつなぐ大切なコミュニケーション。福島は日記の内容にこだわった。内容が薄い選手には声をかけて、投稿前に自身に送ってもらった。真剣にアドバイスを送り、良くなったものを投稿してもらった。多い時で一日に25人分に目を通した。

「チームとして取り組んでいるもの。一人でも内容が薄い人がいたらダメ。全体練習がない分、そういうところで支えたい、しっかり見たいと思いました。」

本来なら日々の練習やミーティングの中で、話し合い、同じ方向を向いていく。そうやって絆を深め、チームをつくり上げることができる。全体練習がない中、福島自身も日記を通して、主将としての考えを発信することを心がけた。

4/27 福島
「イチロー選手の話を動画で見ていてすごく僕たちにぴったりなところが出てきて、良い集団には何かを感じようとする人間がいると言っていました。これは全員ができることだと思うので一人ひとりがそういう意識を持てばいろんな視点ができてより良い集団に大きく成長できると思うのでみんな何かを感じようとする人間を意識してみてください。」

5/18 福島
「丸選手がこんな言葉を残しています。『常にチームのために一打席を使う。それがチームの勝利につながる』これを見て、チームの一打席を自分に使っているという風にあまり考えたことはなかったです。チームバッティングだとか打線になるようにだとかそういう言葉はいろいろ聞いたことがあっても、丸選手のような感覚になっている選手は少ないのではないかと思います。そういう感覚に全員がなれば打線がさらに繋がっていくと思います。徹底事項も守れるのではないかと考えます。僕はこの言葉を常に頭に入れて打席に立ちたいと思いました。」

新型コロナウイルスの影響で春季大会が中止になったことで、残すは夏だけ。だから、多くの制約で縛られる中、チームに一体感をもたらそうと必死に考えて行動してきた。主将として、何としても夏に結果を残したかった。

失意の中で主将にできること

だが、この夏、甲子園は消えた。
甲子園中止発表から5日後。福島は主将としてできることを必死に考えていた。

5/25 福島
「まだ気持ちの整理も全くつかないです。(中略)みんなには自分からプラスの声をかけることができなくて、情けないみっともないキャプテンで本当に申し訳ない。もう少し時間をください。今日は2年生に向けて文章を書きました。今の自分の状態でチームのために何かできるかと考えた時にこれくらいしかなかったので手書きにして思いを込めて書きました。読んでもらえると嬉しいです。」

福島が書いた手書きメッセージ (提供写真)

「本来、主将ならみんなの背中を押して、最後まで頑張るぞと。それは分かっていたけれど、自分の気持ちに嘘はつけなくて。苦しくて。自分にできることは何があるかなと。甲子園を後輩は目指せるので、託して頑張ってもらいたい。2年生に残せることを伝えようと、手書きで思いを込めて書きました。」

人は逆境の中でこそ真価を問われるのだろう。福島のもとに、平田監督からメッセージが届いた。

5/28 平田監督
「福島へ おはようございます。
本校では、シーズン途中で主将を代えた事がなかったので、大きな賭けでもありました。こうして、1人の選手として努力してきたこと、87人のために努力できる人間へと成長できたこと。これは、自分のことしか考えていなかったら味わうことのない感情です。人には喜怒哀楽という感情が存在しますが、その度合いは人それぞれです。僕はいつも「人間らしく」「自分らしく」あるためには、この喜怒哀楽の振り幅が大きい人に魅力を感じます。なので、君たちにも「無」は止めようと言ってきたはずです。特に集団生活やチームスポーツに身を置いているのであれば、表情で相手に伝わるようになるといいと思っています。そして喜怒哀楽の中でも「喜」が多い集団には熱があるし、明るさがあるし人が寄ってくるのだと思います。高校生に涙は似合いません。月曜日には明るく元気に登校してきてください。もう立派な主将になっていると思います。」

福島 (提供写真)

主将として駆け抜けた日々を、福島が振り返る。

「周りから信頼される主将になりたかったし、主将だったからここまで頑張れたという気がしています。主将に任命していただいて感謝しかありません。」

神奈川県の独自大会は8月1日に開幕する。大会で初めてキャプテンマークを付ける福島が、万感の思いを胸にグラウンドに立つ。

取材・文/江村 聡信(mediba編集部)

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