責任を背負った球児の奮闘/甲子園が消えた夏 vol.2

07/21 21:00 au Webポータル

甲子園が消えた夏 vol.2 〜責任を背負った球児の奮闘〜

※この記事は2020年7月に掲載したものです。

日本列島を襲った新型コロナウイルス。その影響で夏の甲子園が中止となり、神奈川県の強豪・向上高校硬式野球部の選手たちも落胆していた。向上高校は2014年夏の神奈川大会で準優勝しており、2020年6月には悲願の甲子園初出場に向け全面人工芝のグラウンドも新設した。mediba編集部では同校3年生の日記をもとに、リアルな心の動きをリモートで取材。5回にわたっての特集で、今回はその第2弾をお届けする。

「自分のせいで負けた」

向上高校野球部の投手エーアン・リンは、後悔の念に胸が締め付けられていた。
昨年秋に新チームが発足。神奈川県の秋季大会に挑んだが優勝は遠く、大事な場面ではピンチを作った。

次の春季大会、そして夏の甲子園では__。

取材に答えるエーアン・リン

体重増加班長 エーアン・リン

3月、新型コロナの影響で休校期間となり、エーアンは自宅でできることを模索していた。チームは体力アップを目的とした体重増加を全員に課しており、自身はその取り組みを班長として引っ張る立場。投手としてのトレーニングはもちろん、体重管理も怠らない。

日記には日々の体重や生活リズムの報告、そして練習内容が書かれている。

3/13
「おはようございます。朝の体重は85.3kg、22時半消灯6時半起きです。」
3/14
「おはようございます。朝の体重は85.2kg、23時消灯6時半起きです。」
3/15
「おはようございます。朝の体重は85.4kg、22時半消灯6時半起きです。」

「この期間は体重とフォームの研究を主にやっています。野球を考える時間が多く、自分がやらなければならないことを明確にしていくためにどのようにするかを考えるための1日になりました。」

「午前はボールを多く投げることをメインに練習をしました。基本的に毎日ボールを投げているので、ボールの質やキレは上がってきているなと思います。また、股関節を意識したフォームにしたことにより肩や肘に負担がかなり少なくなりました。今よりもいいボールを投げるために、これからも下半身の強化を続けていきたいと思います。」

仲間との練習ができないなか、個人でできることをたくさん考えた。フォームを参考にするため、プロの投球をYouTubeで視聴するなど、”勝つため”にも一日一日を無駄にしなかった。

この期間だからこそ、家族との時間を有意義に過ごすこともできた。

3/16
「お昼ご飯は家族で焼肉を食べに行きました。家族と過ごせる時間はこれから先少なくなってしまうと思うので一緒にいられる時間を大切にしたいと思います。そして、恩返しができるように今を頑張りたいと思います。」

たまには野球から離れ、映画などを観てリフレッシュしていたが、ふと考えるのは野球のこと。

3/30
「木曜日と金曜日は野球がメインの生活でした。この2日は『体全体を使って投げるフォームを身につける』ということを意識して練習をしました。フォームを確認するために受けてもらっている友達に何度も球のキレやフォームがばらついていないか動画も撮ってもらいながら確認しました。」

秋の悔しさを晴らすため、野球なしの生活は考えられなかった。

秋季大会の悔しさ

新チームが発足し、体重増加班長を任された。
自分でよいのか。しばらくはその不安が続いた。

変わったのは秋季大会。
エーアンは立花学園との試合に4回から登板。9回表に2アウトまではとったが、そこからピンチの状態をつくった。一番難しい場面で仲間に渡してしまった。

「自分のせいで負けた」と苦しんだが、落ち込んではいられなかった。

エーアン・リン (提供写真)

死ぬ気で練習し、冬を乗り越えた。当時の体重も70kgほどだったが、3カ月後には15kg増加。
仕上がった体を試す場所は次の春の大会だと思っていたが、新型コロナの影響で開催が中止となってしまった。

それでも夏の甲子園はあると信じていた。

4/9
「残り大会が一つだけになってしまい、全体練習ができない状況で、どれだけ個人の『勝ちたい』という気持ちが強くあるかが大事だと思っています。秋の大会の悔しさを最後の大会で全部出し、優勝するためにも、毎回言ってるのですが本当に今の時期を大事にしたいと思います。」

夏の舞台で思いを晴らす。

班長としての不安

班長として仲間の体重を管理する。その中には不安もあった。

4/20
「この一週間で1kgぐらい上がった人もいれば、全然増えてない人もいます。全然増えてない人で本気で悩んでる人は僕に相談してくれています。その相談に僕はできるだけ聞かれたことよりも倍で返すように意識しています。しかし、その返答が本当にその人のためになっているのか不安です。このような立場に立たせてもらったことで相手に返す言葉を選ぶ難しさがわかりました。」

教えていることは相手のためになっているのか、その人に合っているのか。
ましてや相手は画面越し。
表情もわかりにくく、自分の感情を伝えるということに苦戦していた。

それでも試行錯誤を繰り返し、ときには自分の後悔も伝えた。

4/27
「あまり上がってなく目標まで遠い2年生へ」
「自分自身トレーニンググループの長になるまでは体が細かったが、秋の大会の悔しさで体重を増やすことを決めて増やすことができました。しかし、もっとはやくから体重を増やせばよかったという後悔もあります。今の2年生にはそんな後悔をしてもらいたくないので本当に今がチャンスだと思って体重への意識を持ってほしいと思います。なんとかして全員がクリアするために僕がいろんなことを考え、試していきたいと思います。」

それに応えてくれた仲間もいた。

5/11
「今回体重クリアした人は越地と大房の2人がクリアしました。先週から各個人に話をするようになってから少し体重増加率が上がったので効果はあるなと感じたので引き続きやっていきたいと思います。あと18人、なんとかしてクリアさせたいと思います。」

やったことに無駄はない。成果を見て自信もついた。
甲子園までになんとしてでも。

エーアン・リン (提供写真)

夏の終わりと始まり

これまでの努力がむなしく散る。

5月20日、悲報は届いた。

5/21
「昨日夏の甲子園が中止になったと言う報道がありました。」
「正直今はなくなったと言う実感がわきません。複雑な気持ちでいます。しかしここで落ち込んではいけないかなぁと思っています。まだ県大会が無くなったわけでもないので、最後の県大会しっかり戦うために、これからも練習していきたいと思います。」

最後は前向きにつづったが、自分の感情がどこにあるのか、分かっていなかった。

何もやる気になれず、家から飛び出す。

外は小雨だった。

ただ無心で歩き、気づくと家に戻っていた。そんな一日が流れていく。

体重を増やすために頑張ったことも、仲間のために試行錯誤したことも全部、秋季大会の悔しさを晴らすため、そして甲子園に行くためだった。

いったい何が起きたのか。

放心状態のエーアンのスマホに、一通のLINEが入った。

「おまえと甲子園いきたかった」

主将・福島瞬歩からだった。

福島とは小中高と同級生。
中学では一緒に野球をできなかったが、3年の進路を決める際
「高校でバッテリーを組もう」と約束した。

高校に入ると「2人で甲子園へ」と誓った。

最初は放心状態だった。そこからはただただ悔しさが溢れた。

気持ちを整理できたのは22日の全体ミーティング。

5/25
「本当に甲子園が中止になったんだなと実感しました。実感した後、自然と涙が出ていて本当に甲子園に行くという気持ちがあったんだなと感じました。中止が決まる前、『甲子園に行く』という気持ちが偽りなのではないかと自分自身を疑っていました。なので、本気であったことを感じることができました。」

甲子園への思いを再確認したが、すでに手遅れだった。

無念さは残ったが、監督からの言葉は誰よりも響いた。

「平田監督のひとりごとの最後の方にあった『前に進むしかない』この言葉が本当に僕の中に響きました。それまでの話もすごく響いたのですが、前向きになれていない自分には本当に刺さりました。今すぐには前に進むことができないと思うのですが、少しずつ前に進んでいきたいと思います。今を『終わり』にするのではなく『始まり』にしていきたいと思います。」

エーアン・リン (提供写真)

「始まり」
それは、明るく、未来が詰まった言葉だった。

6/1
「今まで失敗してきたことなどがすべて失敗ではなかったと思えるように頑張っていきたいと思います。そして、今日からが新たな始まりだと思って一歩一歩しっかりと進んでいきたいと思います。」

自粛期間は考えることがたくさんあった。実行にもうつしてきた。
それは決して無駄ではなかった。そう思わせてくれるように、6月12日、神奈川県の独自大会の開催が決まった。

流した涙もあった。だがそれはエーアンをより強くした。

最後の大会へ体重増加の成果を、そして福島、仲間ともう一度グラウンドに____。

取材・文/三浦諒輔(mediba編集部)

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