日本製鉄のUSスチール買収計画にバイデン政権がNo! 政治的背景を探る│M&A地政学
海外M&Aで地政学は欠かせない。今、世界で何がおき、そこにはどんなリスクがあるのか。「M&A地政学」では、国際政治学者で地政学の観点から企業のリスクコンサルティングを行うStrategic Intelligence代表の和田大樹氏が世界の潮流を解説する。今回は「バイデン政権と日本製鉄のUSスチール買収計画」を取り上げる。
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USスチール買収に待ったをかけるバイデン政権
米大統領選まで2カ月を切るなか、日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収計画(日本円で総額2兆300億円あまり)について、バイデン政権がそれに中止命令を出す方向で最終調整に入っていると報じられ、日本国内でも動揺が走っている。
バイデン政権は8月末、買収案について米鉄鋼業界に打撃を与え、国家安全保障上のリスクをもたらすと両社に書簡で伝えたという。
また、外国企業による米国企業の買収案件を審査する対米外国投資委員会も書簡で、世界最大の鉄鋼輸出国となった中国が、政府の介入によって鉄鋼市場で不当に優位な立場を得ている中、日鉄が買収すれば国内の鉄鋼生産能力がさらに低下する可能性があると懸念を示した。
外国企業による米国企業買収について、歴代の米国大統領は8件の中止命令を出したが、うち7件が中国案件だったが、同盟国である日本の企業にもNOを突き付けたことで、それに対する反発が国内外で広がっている。
では、なぜバイデン政権はそのような判断に至ったのか。ここではその政治的背景を探ってみたい。
バイデン政権が日鉄の買収に拒否反応を示す理由
まず、米大統領選を見据えた狙いだ。バイデン大統領が7月に選挙戦からの撤退を表明し、副大統領のカマラ・ハリス氏が後継候補になり、民主党は息を吹き返した。ハリスVSトランプの構図となってから今日まであらゆる世論調査結果が発表されているが、全体的にはハリス氏の若干優勢を伝えるものが多いが、9月に入ってニューヨークタイムズなどが行った調査では、トランプ氏48%、ハリス氏が47%となっており、ハリス氏を勝利させたいバイデン大統領からすると、依然として余談を許さない状況と言えよう。
8年前の米大統領選でトランプ氏が勝利したように、米国内では内向き化傾向が広がっており、要は、”米国を守る”、”他国の介入を抑える”というような防衛的主張を展開することが支持拡大に繋がるという構図になっている。
そのような状況で、トランプ氏が日鉄による買収を阻止すると強調する中、バイデン大統領が日鉄による買収を受け入れる姿勢に転じれば、選挙戦の行方でトランプ優勢、ハリス劣勢となる現実的リスクが生じる。残り2カ月の戦いで、バイデン大統領としてもそういったリスクは回避する必要がある。日鉄による買収に拒否反応を示すのは、ハリス勝利の可能性を高めるための国民向けのアピールとも言えよう。
バイデン大統領は5月、中国製EVに対する関税を25%から4倍の100%に引き上げることを発表したが、米国が輸入するEVで中国製はわずか2%であり、これもトランプ氏が中国製品に対する関税を一律60%にすると主張する中、100%という数字を国民に強くアピールする狙いがあったと考えられる。
台頭する中国への警戒感
また、大統領選云々ではなく、台頭する中国に対する米国の警戒感がある。第2次世界大戦で米国は戦勝国となり、その直後から米国とソ連との冷戦となったが、1991年のソ連崩壊によって米国を超大国とする世界の一極化が鮮明となり、世界はいわゆるグローバリゼーション、グローバル化の時代を迎えた。
しかし、これは言い換えればグローバリゼーションではなく、米国の政治や経済、文化などの影響力が世界中に広がっていくという”アメリカナイゼーション”であり、要は、米国は戦後から今日まで長きにわたって最も力を持つ国家として世界に君臨し続け、それに対して自信や自尊心を持ってきた。
しかし、21世紀以降、中国が著しい経済成長を示し、大国として台頭するようになるにつれ、米国は中国への危機感や焦りを強く滲み出すようになった。
近年では、先端半導体分野で中国への輸出規制を大幅に強化するだけでなく、同盟国の日本やオランダ、韓国やドイツにも足並みを揃えるよう要請するなど、中国による先端半導体の獲得阻止に躍起になっている。今後の世界的覇権をめぐっては先端テクノロジー分野が鍵を握ることから、米国としては先端分野から中国を締め出し、対中優位性の確保を尽力している。
そういった警戒感が、今回の買収問題にも滲み出ている。米国としてはUSスチールが買収されることで、世界の鉄鋼業界における米国企業の劣勢がさらに顕著になり、世界最大の輸出国である中国との差が鮮明になることへの嫌悪感があるようにも感じられる。
また、米国の象徴的企業が日本企業に買収されることで、米国の衰退感を中国に示すことになるとの嫌悪感もあるように伺える。
さらには、日鉄が7月に中国の宝山鋼鉄との合弁事業を解消し、中国事業からの撤退を表明したが、米国にはそれでも日鉄は中国とどこかで繋がっているかもしれないとの疑念を抱いているように感じられる。バイデン政権の今回の方針は、経済合理性の観点を考慮しない政治的決定であり、対中アレルギー反応とも表現できるかもしれない。
文:株式会社Strategic Intelligence 代表取締役社長CEO 和田大樹
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09/14 07:00
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