米大統領選、トランプ氏 or ハリス氏勝利で世界情勢はどう変わるか│M&A地政学

海外M&Aで地政学は欠かせない。今、世界で何がおき、そこにはどんなリスクがあるのか。「M&A地政学」では、国際政治学者で地政学の観点から企業のリスクコンサルティングを行うStrategic Intelligence代表の和田大樹氏が世界の潮流を解説する。今回は「米大統領選による世界への影響」を取り上げる。

・・・・・

米大統領選まで残り3カ月となった。7月以降、トランプ暗殺未遂事件やバイデン大統領の選挙戦からの撤退、カマラ・ハリス副大統領の出馬など、米大統領選をめぐる情勢は大きく変化している。今後の3カ月はトランプVSハリスの構図となり、ハリス支持が黒人やアジア系の間で広がっているというが、全体として両者の支持率は拮抗しており、どちらが勝利するかは現時点で分からない。では、それぞれが勝利した場合、世界情勢はどう変化していくのだろうか。

ハリス氏はバイデン政権を踏襲

まず、ハリス氏が勝利した場合だが、ハリス氏はこれまでのバイデン大統領の4年間を基本的には継承することだろう。一般的に、大統領候補が副大統領候補を考える際、自身の理念や政策思考と相容れない人を選ばないことから、副大統領であるハリス氏がバイデン政権の政策から脱線することは考えにくい。

すなわち、バイデン大統領が中国・新疆ウイグル自治区における人権侵害、先端半導体の軍事転用の恐れなどから、中国に対して貿易規制を積極的に仕掛けたように、ハリス氏も先端テクノロジー分野での米国の優位性を確保するべく、必要に応じて輸出入規制などの貿易規制を先制的に中国に発動していくことが考えられる。緊張感漂う台湾情勢においても、台湾をウクライナと同様に民主主義と権威主義の最前線と位置づけるバイデン大統領が台湾への軍事支援を続けるように、ハリス氏も台湾との関係強化に努め、米中間では台湾をめぐる緊張が続くことになろう。

また、戦争が続くウクライナ情勢においても、ハリス氏はバイデン大統領が進めてきたウクライナへの軍事支援の継続を訴えると同時に、対ロシアでNATOを通じて欧州との安全保障上の関係強化にも努めるだろう。よって、ハリス政権になったからといって米ロ関係で何か改善に向けての変化が生じるわけではない。

朝鮮半島をめぐる情勢においては、バイデン大統領は核やミサイル問題で北朝鮮が率先して改善策を示さないと交渉には応じないという姿勢(戦略的忍耐)に撤し、対北朝鮮で日米韓3カ国の結束を強化してきたことから、北朝鮮はそれに強い不満を抱き、ミサイルの発射を繰り返してきた。バイデン大統領は中国との戦略的競争を最重要課題としてきたが、一昨年2月のウクライナ侵攻によって対ロシアにも時間を割かれることになり、対北朝鮮の優先順位はさらに低下し、バイデン政権の4年間で米朝関係はほぼ動きは見られない。ハリス政権も戦略的忍耐に撤し、これまでの状況が続くことが考えられる。

トランプ氏勝利で世界情勢は変化

一方、トランプ氏が勝利すれば、世界情勢は変化していくことになろう。その影響を大きく受ける可能性が高いのがウクライナだ。トランプ氏はこれまでの演説で、ウクライナ支援を最優先で停止する、ウクライナ戦争を24時間以内に終わらせるなどと主張しており、実際大統領に返り咲かないと分からない問題でもあるが、ウクライナ支援は縮小、停止の方向に進むだけでなく、トランプ氏はロシア軍がウクライナ領土の一部を占領する現状での停戦、終戦をゼレンスキー大統領に迫る可能性が考えられる。

そして、それによって米国と欧州との関係が冷え込むことは避けられない。第1次トランプ政権はパリ協定やTPPなど国際的枠組みから離脱し、国連やNATOを軽視してきたことで、英国やフランス、ドイツなどとの関係が悪化したが、米国がウクライナ支援で消極的になることで、欧米陣営の中で亀裂が深まることになる。

また、トランプ政権になれば、北朝鮮をめぐる軍事的緊張は緩和される可能性がある。トランプ氏は大統領時代にベトナム、シンガポール、板門店と3回も金正恩氏と米朝首脳会談を実現し、北朝鮮の指導者と対面した初の米国大統領となった。最近の演説でも、トランプ氏は自分が大統領に返り咲くことを金氏も望んでいるだろうと主張しており、トランプ勝利のシナリオによって朝鮮半島をめぐる政治的緊張が緩和されることが考えられよう。

しかし、対中国ではハリス氏もトランプ氏も大きな違いはない。バイデン大統領はトランプ時代に勃発した米中貿易戦争をそのまま継承し、トランプ政権時代に発動された対中貿易規制措置を解除せず、それに上乗せする形で先端半導体分野の輸出規制などを講じている。

バイデン政権を批判し続けるトランプ氏ではあるが、バイデン政権が発動した対中貿易規制を解除することは考えにくく、さらにそれに上乗せする形で貿易規制を発動していくことが考えられる。

一方、トランプ氏は台湾については防衛費を払うべきだ、台湾が半導体産業を奪ったなどと発言しており、これも実際にホワイトハウスに戻ってみないと分からない問題ではあるが、米国と台湾の間では摩擦が生じ、それによって中国の台湾への軍事的挑発がエスカレートすることが懸念されよう。

文:株式会社Strategic Intelligence 代表取締役社長CEO 和田大樹

世界の動向を把握
「M&A地政学 記事一覧はこちら

ジャンルで探す