対米M&A激減?「日本製鉄によるUSスチール買収」阻止の教訓

日本製鉄<5401>の米USスチール買収が大詰めを迎えている。残念ながら「破談」に向かってだ。近くバイデン米大統領が中止命令を出すと報じられ、差し止められる公算が大きい。表向きは「安全保障上の懸念」だが、11月に迫った大統領選対策であることは間違いない。この判断が対米M&Aに深刻な打撃を与えるのは必至だ。

共和党も民主党も「買収阻止」で一致した背景

日鉄は2023年12月にUSスチールを2024年4〜9月に子会社化すると発表した。しかし、タイミングが悪かった。すでに大統領選挙が迫っていたからだ。口火を切ったのは返り咲きに意欲を燃やすドナルド・トランプ前大統領。2024年2月に「ひどい話だ。私なら即座に阻止する。絶対にだ」と発言した。

日鉄は「米国にとってのマイナスは考えつかない」(橋本英二社長)と静観の構えだった。トランプ氏の発言は、USスチールが本社を置くペンシルバニア州の労働者票を取り込むための「リップサービス」との見方が強かったからだ。

トランプ氏は大統領だった2018年10月にインディアナ州の農業団体集会で「日本が農産物で市場開放をしないのならば、日本車に20%の関税を課す」と明言。ところが2019年3月にトヨタ自動車が米国の5工場に7億5000万ドル(約1115億円)の追加投資を発表すると、「米自動車産業の労働者たちにとってビッグニュースだ!」と歓迎し、農業団体に約束した日本車への20%課税を反故にしている。

さらにトランプ氏と争うバイデン大統領までもが、2024年3月に「USスチールは国内で所有、運営される米国企業であり続けることが不可欠だ」と日鉄による買収に否定的な声明を出した。バイデン大統領の選挙撤退後に民主党候補となったカマラ・ハリス副大統領も買収には反対だ。これにはUSスチールがペンシルベニア州に本社を構えていることが影響している。

大統領選挙では多くの州が共和党寄りか民主党寄りかでくっきりと色分けされており、「スイングステート」と呼ばれる激戦州の勝敗に左右される傾向がある。中でもペンシルベニア州は選挙人数が19人と、激戦州の中でも最も多い。そのため両陣営とも同州で敗れるわけにいかず、日鉄のUSスチール買収を否定せざるを得ない事情がある。

見通しが甘かった日鉄、リスクを抱える米国

仮にUSスチールの本社が民主党の牙城であるカリフォルニア州や共和党が圧倒的に強いテキサス州にあれば、今回の買収が選挙の動向を左右することもなく、問題視もされなかっただろう。日鉄にとってはUSスチールがペンシルベニア州を本拠地とする企業であったことも不運だった。

一方で、日鉄がこうした事態を想定できなかったのかという疑問は残る。買収を発表した時点でトランプ氏とバイデン大統領との接戦になり、ペンシルベニア州が激戦州の要となることも分かっていた。これまで大統領令でM&Aが差し止めされた事例は実質的に全て中国企業によるものだったことから、日鉄に「敵対的買収でもなく同名企業によるM&Aだから問題ないだろう」との判断の甘さがあったことも否めない。

もはやトランプ氏が当選した2016年の大統領選以降は、経済のグローバリズムを推進してきた米国の新自由主義(ネオリベラリズム)が退潮しており、共和党、民主党ともに保護貿易寄りの通商政策を掲げるようになっている。とりわけUSスチールのように、米国を代表する立場にあった企業の買収では有権者の反発が大きい。

今回の日鉄によるUSスチール買収の難航から得られる教訓は一つ。それは同盟国企業であっても、次の次の大統領選挙がある2028年に米国企業をターゲットとする大型M&Aは仕掛けないことだ。

ただ、そうなると海外企業による米国企業のM&Aが減少するのは避けられない。自国企業同士での買収しかできないとなると、産業の新陳代謝が進まなくなる懸念もある。日鉄によるUSスチールの買収に「NO」を突きつけたのは、米国経済にとってもリスクの高い選択と言えそうだ。

文・写真:糸永正行編集委員

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