トッド・フレイジャー~MLBのゴッドファーザーに悲劇、少女に打球が~MLB「この人を見よ」(6)

02/11 15:40 au Webポータル

 「ゴッドファーザー」が好きだ。映画のなかで一番好きだと言ってもいい。3時間くらいある長い映画だが、見ていて飽きない。ほどよい緊張感がなんとも良い。
 でも「ゴッドファーザー3」は好きじゃない。正直言って、ほとんど印象に残ってない。覚えているのは、アンディ・ガルシアの濃い胸毛。フェレットくらいの小動物を抱いているような、そんな胸毛だった。それとヒロインのソフィア・コッポラの垢抜けない演技。こっちが緊張するくらいのマズい演技だった。その映画の監督であり、ソフィアの父でもあるフランシス・フォード・コッポラも、見ていて落ち着かなかったかもしれない。ちょうど子供の学芸会を見る父親のような感じで。ああ、まったく何たるゴッドファーザーぶりだろう。

MLBのゴッドファーザー

オールスター戦前日の本塁打競争で優勝したレッズのフレイジャー(共同) 写真:共同通信

 私の好きな三塁手、トッド・フレイジャーの顔は怖い。だから、初めてフレイジャーを見たときの印象は良くなかった。なんか不気味な選手だ、そう思った。顔が大きくて、足が短く、猫背。失礼な言い方をすれば、怪物じみている。そして彼のこめかみには傷がある。それがまた、彼の不気味さを助長させた。
 彼のニックネームは「トッド・ファーザー」。もちろん「ゴッドファーザー」から来ている。でもどうして彼がそう呼ばれているのか、はっきりした理由はよく分からない。なんせフレイジャーが子供を持つ前から(つまり彼がファーザーになる前から)、フレイジャーはそのように呼ばれていたらしいから。
 でも、何年か注意深くフレイジャーの活躍を見ていると、なぜ彼が「トッド・ファーザー」と呼ばれているのか分かった気がする。そして彼に対する印象も大きく変わった。彼はとても寛大で、その怪物じみた容姿からは想像できないが(あるいは、そういう容姿をもつ人物が往々にしてそうであるように)とても心が優しい。

トッド・フレイジャーの悲劇

 去年の9月20日、悲劇が起きた。フレイジャーが放ったファウルボールが少女の顔面に直撃したのだ。打球の速度はおよそ170キロ。少女にボールが当たった瞬間、球場全体が息をのんだ。グラウンドに座り込み、涙を流す選手さえいた。フレイジャーは動揺を隠すように、しばらく手で口を押さえていた。それから自分を責めるように、うつむいた。「何が起きたのか分からなかった。ただ彼女の無事を願うことしかできなかった。見ていられなかった」
 試合後、フレイジャーは涙を拭いながら、そう言った。
 幸い少女の命に別条はなかった。そのファウルボールで鼻などを骨折したそうだが、今ではほとんど回復しているという。フレイジャーは(彼もまた、その少女と同じくらいの年齢の子を持つ父親だ)少女の容態を知るために、彼女の父親に毎日電話したいと言ったそうだ。
 「彼は世界的なアスリートというだけではなく、いい人間だよ」
 少女の父親はフレイジャーをそう表現した。誰もこの悲劇でフレイジャーを責められない。彼にとってもまた、この出来事はとてもつらい悲劇だったわけだから。心の優しい彼が、何よりもこの悲劇で傷ついたわけだから。

フレイジャーの息子「メッツファンになる」

 先日、フレイジャーがニューヨーク・メッツへ移籍することが決まった。「メッツでプレーすることがどんなに嬉しいか、なかなか伝えられないね。ニューヨークは僕のホームなんだよ」
  近隣のニュージャージー出身で、ヤンキースにも所属していたフレイジャーはそう言うと、続けてある余談を話してくれた。
 メッツへの移籍が決まる2週間前のこと、3歳の息子をベッドへ連れて行くと彼はこう言ったという。「パパ、僕はメッツファンになる」
 まだその時はメッツからのオファーはなかった。
 その後日、フレイジャーは息子に誕生日パーティーのイメージカラーをどうするか尋ねた。青とオレンジ。息子はそう言ったという。メッツのイメージカラーだ。
 フレイジャーは息子のためにメッツへの移籍を決めたのだろうか。残念ながら、彼は今のところ、そう明言はしていない。でも、一つだけ確かなことがある。フレイジャーは愛すべきゴッドファーザーだということだ。(棗 和貴)

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