マット・カーペンター~素手でバットを握る男~ MLB「この人を見よ」(1)

10/23 16:20 au Webポータル

 この時期になると、私は多くのことをMLBのポストシーズンに費やす。時間や体力、あるいは金、許す限りを野球に充てる。朝5時に起きることもあるし、朝5時に寝ることもある。野球を見たいがために、嘘もつく。体調だって崩す。周りの人間はそんな私を知って笑う。「バカじゃないの?」そんな目をする人もいる。でも馬鹿げているのは、私にも分かっている。私だって、つらい。でもやめられない。ポストシーズンは1カ月間だけだから、許してほしい。

今年のポストシーズンに思うこと

 今年のポストシーズンは、なんといっても日本人選手の活躍が素晴らしい。マー君にしかりダルビッシュにしかり、堂々としたものである。そして、もちろんマエケンもすごい。正直言って、私はマエケンにそこまで期待していなかった。誰があそこまで彼にリリーフの適正があることを予想できただろう。(それはちょうど、武井咲の結婚と似ている。誰が結婚と同時に妊娠を発表すると予想できただろう。まったく)

 ところで私には一つだけ、ポストシーズンに関して気がかりなことがある。セントルイス・カージナルスが、今年もポストシーズンに進出できなかったことだ。いつも強いカージナルスがポストシーズンにいないのは、どこか寂しい。虚しさすら感じる。4球投げなくても四球になるような、そんな虚しさだ。そして私は、また今年もあの男を見られないのか、と残念に思う。マット・カーペンター。私が一番好きな野球選手だ。

素手でバットを握る男

マット・カーペンター 写真:共同通信

 マット・カーペンターと聞いて、すぐに顔が思い浮かぶ人は稀かもしれない。でも、あるいは「2013年のMLBで一番最後のバッター」だと言えば、思い出せる人もいるかもしれない。その年はレッドソックスがワールドシリーズを制した。もちろん9回を抑えたのは上原浩治。彼の外角低めのスプリッターを空振りした選手こそ、マット・カーペンターである。

 私がカーペンターを好きな理由は、簡単だ。彼のスタイルが野性味に溢れているからだ。あるいは、彼のスタイルを見ることで、古き良き時代の野球を思い出すことができるからかもしれない。もちろん、私はそんな時代に生まれていないわけだが。

マット・カーペンター 写真:共同通信

 カーペンターはバッティンググローブなんて着けない。木の感触を直接確かめるかのように、素手でバットを握る。ピッチャーが一球投げるごとに、一歩下がって地面の土をすくう。そして手をさすり、土と松ヤニを馴染ませる。彼の手をよく見ると、指にはいくつものテーピングが巻かれている。もちろん、手とバットがすれることでできたマメやヒビのためだ。私はそれを見るたびに、胸が熱くなる。「みんなはグローブをしないと裸で立っているみたいだって言うけど、僕はむしろ着けていると裸でいるみたいに感じる」地元の新聞で彼はそう言っていた。なんとも哲学的な発言ではないか。あるいは、彼の精神は『創世記』以前のものかもしれない。アダムとイブが、エデンの園の禁断の果実に手を伸ばす、それより以前に……まあ、さすがにそれは大袈裟か。

 そんなカーペンターだが、彼の今シーズンは肩の痛みもあって、芳しいものではなかった(試合数145、安打120、本塁打23、打率.241)。でも彼はまだ31歳だ。まだまだやれる。なによりも、私がカーペンターの活躍する姿をもっと見たいのだ。そして、みんなに見てもらいたいのだ。(棗 和貴)

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