ユリ・グリエル~意地のホームラン、差別行為騒動に思う~MLB「この人を見よ」(5)

01/21 18:15 au Webポータル

 冬は野球好きにとって、つらい季節だ。戦前のある選手は、この季節に何をしているのか問われ、こう答えた。「窓をじっと見つめて春を待っている」
 私もまったく同じだ。ただここは日本、そして私は東京に住んでいる。アメリカのように、窓の外にバックヤードが広がっているわけもなく、もちろんプライベートビーチがあるはずもない。ましてや今年の冬はとても寒い。野菜も高いし、インフルエンザもかなり流行しているらしい。それに、晴れの日を祝おうにも晴れ着がない。そんな冬だ。

「完全な人間はいない」

WS第7戦 ダルビッシュへの謝罪の意を示すグリエル=ロサンゼルス(共同) 写真:共同通信

 早いものでワールドシリーズが終わってもう3カ月が経とうとしている。もちろん、ワールドシリーズを制したのはアストロズ。感動的な戦いだったが、一番印象に残ったのはあの騒動かもしれない。そう、ダルビッシュからホームランを打ったグリエルの差別行為だ。
 投手としてはイマイチだったその日、ダルビッシュは人間としては素晴らしかった。「完全な人間はいない。いろんな人がこのことから学べると思う。人類として、また一つ前にいくステップにできれば、ただのミスで終わらないんじゃないかな」
 確かにその通りだと思う。恥ずかしながら、私がこの騒動で最初に学んだことは、あの仕草にアジア系を差別する意味があるということだったわけだが。

意地のホームラン、グリエル騒動に思う

 ダルビッシュの「模範的な対応」もあって、グリエルはその後もワールドシリーズに出続けた。騒動が影響したのか、次の第4戦は3打数0安打。チームも敗れた。
 しかし2勝2敗のタイで迎えた第5戦、グリエルが意地を見せる。序盤はドジャースのペースだった。ホームのアストロズは初回に3点をリードされると、打線もドジャースのエース、クレイトン・カーショウの前に3回まで1安打に抑えられていた。厳しい展開だ。この試合に敗れると、ドジャースに王手がかかる。それに、残る第6戦・第7戦は敵地ロサンゼルスだ。
 4回裏、アストロズの反撃が始まる。フォアボールと連打で1点を返すと、場内の雰囲気は一変した。そしてグリエルに打席が回る。初球だった。グリエルが放ったレフトへの一発は、客席を大きく越える見事な放物線を描いた。同点の3ランホームラン。観客や選手、おそらくその場にいたすべての人間が立ち上がり、その打球を見つめていた。球場が一つになる素晴らしい瞬間だった。ダイヤモンドを一周するグリエルは、どこか興奮を抑えているようにも見えた。しかしチームメイトに迎えられると感情を爆発させた。
 試合は乱打戦の末にアストロズが勝利した。5時間17分。シーリズ史上2番目に長い試合だった。あるチームメイトが言った。「グリエルが扉を開けてくれたんだ。そして僕たちはそれに続いた」
 そう、あのホームランがアストロズに勢いを与えたのだ。アストロズの優勝は、グリエルなしには考えられない。
 もうグリエルの評価は(あるいは日本人が彼に持つ印象は)変わらないのかもしれない。日本でプレーしながら、アジア人差別をしたヤツ。とても残念なことだと思うが、まあ仕方ないのかもしれない。野球においては、野球が上手な人間が一番に称賛されるべきなのに。
 もちろん私は野球が上手だからといって、人種差別が許されるとは思っていない。ただ私はあのホームランを見て、グリエルが素晴らしい選手だと思わざるを得なかった。とても感動したからだ。

WS第5戦  4回、同点3ランを放ち、コレア(右)と喜ぶグリエル=ヒューストン(共同) 写真:共同通信

 1月中旬、グリエルは差別行為の処分として「8時間の感受性を高めるための訓練」を受けた。
「多くを学んだよ」
 訓練のあと、そう言ったグリエルはダルビッシュへの配慮も欠かさなかった。「アストロズで一緒にプレーできればうれしい」
 早くも訓練の効果が表れているのだろうか。そう思わないでもなかったが、その言葉はグリエルの本心だということにしておこう。しかし残念ながら、報道を見る限り彼の願いは叶えられそうにない。ダルビッシュは別のチームに行きそうだ。でも、私はそれでいいと思っている。もう一度ダルビッシュとの、今度は一つステップの進んだ、対戦を見たいからだ。(棗 和貴)

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