日本企業のM&Aにおけるイスラエルリスク│M&A地政学

海外M&Aで地政学は欠かせない。今、世界で何がおき、そこにはどんなリスクがあるのか。「M&A地政学」では、国際政治学者で地政学の観点から企業のリスクコンサルティングを行うStrategic Intelligence代表の和田大樹氏が世界の潮流を解説する。今回は「イスラエルリスク」を取り上げる。

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近年、日本企業の間でも経済安全保障に対する関心が高まり、特定国への過度な依存を回避し、日本への回帰、第3国へのシフトなどを強化し、戦略的自律性を確保しようとする動きが広がっている。

具体的には、脱中国依存を進める一方、ベトナムやタイ、インドネシアなど東南アジアなどへシフトしようとする動きが筆者の周辺では多く見られる。経済成長率の鈍化や不動産バブルの崩壊、若者の高い失業率など中国経済の動向では明るい兆しが見えない一方、東南アジア諸国は高い経済成長率を維持し、日本企業にとって東南アジアの重要性はさらに高まることだろう。一方、日本企業が認識するべきリスクはそれだけではない。

企業活動にも影響を及ぼすイスラエル問題

昨年10月7日以降、イスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区を実行支配するハマスなどとの戦闘が続いているが、ネタニヤフ政権はパレスチナ側への攻撃をエスカレートさせ、子供や女性など罪のない多くの人々が犠牲となり、これまでの死亡者数は4万人に迫ろうとしている。

衝突の発端はハマス側による攻撃だったが、双方の軍事力の差は歴然としており、イスラエルによる過剰な軍事行動に対して国際社会からは非難の声が絶えず広がっている。レバノンやイエメン、シリアやイラクなどで活動する親イランのシーア派武装勢力はハマスとの共闘を宣言し、反イスラエル、反米闘争をエスカレートさせ、レバノンのヒズボラはイスラエル領内へのロケット弾などによる攻撃を強化し、イエメンのフーシ派は公海を航行する外国船舶への攻撃を続けている。

そして、この問題は企業活動にも影響を及ぼしている。トルコは4月、化学肥料やジェット燃料、建設機器など54品目のイスラエルへの輸出を規制する措置を開始し、その翌月からはイスラエルとの貿易を全面的に停止すると発表した。インド洋に浮かぶモルディブも6月、イスラエル人の入国を禁止すると明らかにした。双方ともイスラム教国である。

また、中東や北アフリカのイスラム諸国の間ではイスラエルに抗議する若者らによる抗議デモが相次いで発生し、イスラエル製品をボイコットせよとの呼び掛けもネット上で拡散し、店頭からイスラエル製品が消える事態となった。

東南アジアにも波及

多くの日本企業が進出する東南アジアでも例外ではない。マレーシアは昨年12月、イスラエルに所有権や船籍がある船舶のマレーシアへの入港を禁止する措置を発動すると発表した。また、イスラエルだけでなく、イスラエル支持の姿勢に撤する米国への不満もイスラム教国では広がり、インドネシアやマレーシアにあるスターバックスやマクドナルドなどで昨年秋から店舗への客足が減り、売り上げに影響が生じているという。

こういった状況においては、日本企業の中でイスラエル企業との関係が明らかになれば、その日本企業がボイコットの対象になるなどの影響が考えられる。日本がイスラエル支持の立場を明確にしているわけではないが、インドネシアやマレーシアに代表されるイスラム教国では、現地の企業や団体が「あの日本企業はイスラエル企業と関係を持っている」などと認識し、日本企業の現地でのビジネスに影響が出てくることが想定されよう。

日本企業の動きと配慮すべきこと

伊藤忠商事の子会社である伊藤忠アビエーションは2月、イスラエル企業エルビット・システムズとの提携を同月末で終わらせると発表した。同社は防衛装備品の供給などを担っており、防衛省からの依頼に基づき、自衛隊が使用する防衛装備品を輸入するためエルビット・システムズと協力関係の覚書を昨年3月に交わしていた。

また、パレスチナ支持団体の関係者約40人が7月8日、川崎重工業の神戸本社前でイスラエル製ドローンの輸入を止めるように求める抗議活動を行った。防衛省が防衛力整備計画に基づいてドローン7機の導入を計画している中、川崎重工業はそのうち1機でイスラエルの軍需企業と間で輸入代理店契約を締結しているとみられる。

パレスチナ支持団体の関係者らは、ドローンの購入は虐殺を続けるイスラエルに利するだけだ、企業の使命を今一度考えてほしいなどの声を上げ、川崎重工業は今後適切に対処したいとのコメントを発表している。

イスラエルは中東のシリコンバレーとも言われ、先端技術で飛躍的な成長を遂げ、イスラエル企業との関係を重視する日本企業が増えている。無論、企業の純粋なビジネスの領域に政治や安全保障が介入するべきではないが、それは一種の自然現象と言え、企業自身が前もってリスクを認識し、被害最小化のための対策を講じることが重要である。

今日でもイスラエル企業との関係強化を計画している日本企業もあるだろうが、イスラエル企業との提携などにおいては上述のリスクを認識する必要があろう。

文:株式会社Strategic Intelligence 代表取締役社長CEO 和田大樹

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