石破政権と日中経済・貿易関係の行方

海外M&Aで地政学は欠かせない。今、世界で何がおき、そこにはどんなリスクがあるのか。「M&A地政学」では、国際政治学者で地政学の観点から企業のリスクコンサルティングを行うStrategic Intelligence代表の和田大樹氏が世界の潮流を解説する。今回は「石破政権と日中経済・貿易関係」を取り上げる。

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石破政権下で日中関係改善の可能性低く

9月27日に行われた自民党総裁選に勝利した石破氏は、バイデン大統領や韓国のユン大統領と電話会談するなど早速外交を積極的に開始している。

中国の習近平国家主席も石破氏に祝電を送ったと中国国営メディアが報じ、習氏は日中が平和共存、共同発展の道を歩むことは両国民の根本的利益と合致しており、日中が歩み寄り、新時代の要求を満たす建設的で安定した日中関係の構築を期待するとした。

しかし、日中を取り巻く国際情勢を考慮すれば、石破政権下の日中関係が大きく改善の方向へ向かう可能性は低く、中国ビジネスを継続する日本企業にとっても舵取りが難しいものになろう。 

石破氏の掲げる外交・安全保障政策とは

確かに、石破氏は安倍元総理とは距離を置き、靖国参拝に否定的な姿勢であることから、石破政権への期待を示す中国メディアも見られる。岩屋外務大臣も中谷防衛大臣も対中では穏健派とも言われ、石破政権下で日中関係が改善の方向へ向かうのではとの声も聞かれる。 

だが、これまでの石破氏の外交・安全保障面での発言や姿勢を注視すると、日中経済・貿易関係が発展の方向へ向かうとは考えづらい。その1つが、アジア版NATOだ。

石破氏は9月27日付で米シンクタンク「ハドソン研究所」に寄稿した。石破氏はその中で、中国が核戦力を急速に増強し、軍事的協力を深めるロシアと北朝鮮との間で核技術の移転が進んでいると言及し、米国の核戦力で同盟国を守る拡大抑止が機能しなくなってきていると懸念を示した上で、中露朝に対抗する抑止力を確保する手段としてアジア版NATOの創設が不可欠だとした。

アジア版NATO構想、中国との冷え込み招く

中国による海洋進出や台湾情勢、核開発やミサイル発射を繰り返す北朝鮮など、日本周辺の安全保障環境は厳しさを増している。中国に対抗するための抑止力維持・強化の観点からアジア版NATOのようなアイディアを完全には否定しない。

ただ、それに対する各国の支持(例えば、韓国国内では植民地時代の歴史から自衛隊が韓国で活動することに抵抗、反発が予想され、アジア版NATOに賛同しない可能性があり、インドは既に拒否する姿勢)、集団的自衛権の解釈(日本は存立危機事態など集団的自衛権を限定的に解釈する)、それが対象とする範囲(極東アジアからオセアニアと極めて広大)などを考慮すると、その実現は困難を伴う。

また、石破氏は日米同盟を米英同盟並みに対等な関係として強化し、日米安全保障条約や日米地位協定の改定を通じて米領グアムに自衛隊を駐留させるという米軍と自衛隊の一体化なども提唱しているが、当然ながら、これらは中国からすれば到底受け入れられないものである。

アジア版NATOが想定する仮想敵国は中国であり、中国自身もそれを十分認識しており、石破政権がアジア版NATOの創設、自衛隊のグアム駐留などを優先的に実現させていくような姿勢を鮮明にすれば、中国との関係は冷え込んでいくことになろう。 

日本企業の脱中国依存の動きが持続する可能性は高い

近年、台湾情勢や改正反スパイ法、日本産水産物の全面輸入停止など中国をめぐる地政学、経済安全保障リスクが顕在化し、中国経済の成長率の鈍化や不動産バブルの崩壊、若年層の高い失業率など中国国内も影響し、日本企業にとって今日の中国市場は以前のような世界の工場ではない。

日本企業の間では脱中国依存を進める動きが広がっているが、今後もその動きは続く可能性が高い。日本企業としては、石破政権と日中経済・貿易関係の行方について、政治は政治、経済は経済と分離して考えるのではなく、政治や安全保障で起こっている状況を十分に認識し、それが経済や貿易の領域に影響がどのように波及する可能性があるかを戦略的に探っていく姿勢が重要となる。

文:株式会社Strategic Intelligence 代表取締役社長CEO 和田大樹

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