練習場が保険に入るハードルが上がっている!? 支柱倒壊のリスクが高まる“異常気象だけではない”理由【小川朗 ゴルフ現場主義!】

毎年のように起きているのがゴルフ練習場のネットを支える支柱の倒壊事故。昨年は静岡県掛川市、今年は埼玉県志木市で発生しています。前回の<「視界が開けると鉄柱9本が折れていた」突風→倒壊の恐怖 ゴルフ練習場襲う“ダウンバースト”の猛威とは?>では現場の声を受け、突風対策について掘り下げました。一方でゴルフ練習場の関係者にとって、頼みの綱となるのが火災保険。今回は倒壊が続発する原因をあぶり出し、その対策について考えます。

ゴルフ関連施設への保険金支払いが特に増えている

 ゴルフ練習場の支柱倒壊事故として最もショッキングだったのは、5年前の2019年9月9日に起きた旧「市原ゴルフガーデン」(千葉県市原市)のケースでしょう。台風15号の50メートルを超えるとみられる暴風(千葉市では57.5m/sを記録)が防球ネットにはらみ、約40メートルの鉄塔13本を引きずり周辺の住宅街に倒壊。住宅27戸に損害を与え、けが人も出ました。

2019年9月9日に起きた千葉県市原市で起きた旧「市原ゴルフガーデン」の支柱倒壊事故 写真:清流舎

2019年9月9日に起きた千葉県市原市で起きた旧「市原ゴルフガーデン」の支柱倒壊事故 写真:清流舎

 倒壊直後から1年3カ月あまり、災害ADR(裁判外紛争解決手続)による和解成立まで取材した立場から言えるのは、この問題がゴルフ用具の進化とバブル経済、我が国の税制と安易な住宅開発などが複合的に絡み合っているということです。

 ゴルフ練習場のネット張替えや修繕なども行うなど、スポーツに特化した建設会社で、東京海上日動火災保険の損害サービス対応窓口でもある大和エンジニアリングの荒木貞人社長を直撃すると、業界特有のさまざまな事情が浮かび上がってきました。

「まず損保会社の話から言いますと、それぞれ約款が違います。現時点で千葉(市原)であった事件。練習場のポールが倒れたり、ネットが破損した場合に、ポールとネットが保障される約款で言うと、東京海上日動には、あります。例えばポールが敷地外に倒れて、住宅を壊した場合、撤去も含めて建て直し、ネットも修復することができるのが、東京海上日動の約款の保険です。他の損保会社の火災保険でも、支柱が隣(の敷地)に倒れて家を壊した場合に、家の復旧には火災保険で出ます」

 東京海上日動の広報担当者によれば「『企業総合保険』をご案内させていただいております。これが台風などの被害にも、設定された保険金額の範囲内であれば、お支払いいたします。地震が原因の場合は、地震保険の範囲になりますので別になりますが」。地震に起因した噴火や地すべりなどを除き、自然災害にも対応するオールリスク型の保険が、該当するとのことです。

 ただ、ゴルフ練習場の被害が続くため、練習場が保険に入ることへのハードルが高くなっていることは事実のようです。前出の東京海上日動の広報担当者も「実は2023年1月から、1年ごとに更新していただく契約になりました。これはやはりゴルフ関連の施設に対するお支払いが、特に増えていることと関連しているとは思います」とのことでした。

 市原のケースを振り返ってみましょう。未明に鉄柱が倒壊し住宅や車を押しつぶし、けが人も出た当時の現場は各テレビ局や新聞社のヘリにより空撮され、各地の被害状況の中でも象徴的なケースとして扱われるようになります。5年がたった今でも、大型台風の予報と同時に流されることがある映像なので、見覚えのある人もいるでしょう。

 事故の4日後に、ゴルフ練習場側の弁護士が一部の被災者に「鉄柱の撤去はするが、自然災害なのでそれ以外の補償はしない。各自が火災保険で対応してもらう」と通告したことで住民側が猛反発。SNSなどでも練習場のオーナーに対するバッシングがエスカレートし、住民側との交渉も暗礁に乗り上げます。

 そんな中、東京都江戸川区の大手解体業者フジムラが、倒れた鉄柱を無償で撤去すると申し出ました。また問題が多く関係者からも批判が集中していた弁護士から、熊本地震(2016年)の補償にも対応経験のある秋野卓生弁護士を代理人としたことで事態はようやく解決に向かって動き出します。

 秋野弁護士は災害ADRを利用することを選択。オーナー側が、検討していたゴルフ練習場の再建を断念したことでゴールを明確に設定しました。更地にして買い手を募り、見通しが立った時点で補償可能額を住民に提示するという方針を打ち出したのです。多くの関係者の協力もあり、20年の暮れに災害ADRは終了。1年3カ月に及ぶ和解交渉は落着となりました。

 こうした流れを踏まえたうえで、前出の荒木社長はゴルフ練習場のオーナーが入るべき保険についてこう解説します。

「(補償の)漏れがないようにするには、先に説明した『鉄塔が倒れても大丈夫な保険』と、火災保険等に入れば両方をまかなえます。これにプラスアルファでボールが敷地外に飛び出した場合の、いわゆる賠償責任保険に入れば、特別なケースを除いてほぼオールラウンダーということになります」

強いネットに交換することが逆に倒壊のリスクに!?

 しかし、これで問題がすべて解決というわけではありません。続いて荒木社長は、支柱自体の問題を指摘しました。

「今度は施設の話になるんですが、鋼管単柱で、それが20メートルスパンで建てられているようなものは倒れないと思うんです。倒れているのはトラス型鉄塔が多いです。細い柱2~3本でジグザグに補強しているような鉄塔です。トラス型鉄塔の場合も溶接した部分が振動とかで剥がれると、その箇所は強度が保てなくなる。溶接していないのと同じことになってしまいます」

 地震などで溶接個所が剥がれて、強度が弱まることで、倒壊の危険性が高まっていくというのです。当然、その箇所を修理して補強しなければならないわけですが、その処置にも問題があるというのです。

「鉄塔に関しては、最初に構造計算をします。その時に風圧荷重と言いまして、基礎の深さや鉄塔の厚みや大きさ、風を受ける面積などから強度を計算をするわけです。その後確認申請を出して、鉄塔等を立てます。それから例えば30年、同じネットで同じ方法で運営していけばいいんですが、その途中でネットが切れた場合、営業に来た業者から『もっといい、強いネットが出ましたよ』と声をかけられると『切れないんだったら、いいんじゃないか。これ使ってみよう』となってしまう。でもそのネットが本当に、当初の構造計算の数字と合ってるかどうか。それを、ほとんどの方が検証していない。これがゴルフ練習場業界の良くないところです」

 メーカーの開発努力によって生まれた新製品を、安全性の検証なしに導入してしまう。それが倒壊への不安要素として指摘されているわけですが、住宅事情の変化とゴルフ用品の進化もこの問題と密接に関わっています。

「今度はゴルフ用品の問題。30年前よりも飛距離の出るクラブができて、練習場の外にボールが出てしまうという問題が出てきました。こうなるとボールが出てしまうと困るので、天井ネットを付けます、垂れネット付けます、という方法で対応されます。でもこうしたネットも、当然構造計算には、入っていません」

周囲が宅地になることで支柱の“かさ上げ”が必要に

 ネットを増設する対策もさらなる不安要素として浮上していますが、実際にはもっと深刻なケースがあります。これは市原のケースにもあった、鉄塔の“かさ上げ”です。

解体作業中の旧「市原ゴルフガーデン」 写真:清流舎

解体作業中の旧「市原ゴルフガーデン」 写真:清流舎

「たとえば30年前、隣地は畑だったのに、用途地域が1低層(第1種低層住居専用地域)に変更になって、宅造(宅地造成)で住宅になってしまったというケースもあります。住宅に飛び込むとそれこそ大問題になりますから、30メートルだった鉄塔を35メートル等にかさ上げします。当然これも強度計算に入っていないので、鉄塔は消耗します。こういうことが重なって、倒れるところが多いんだと思います」

 業界が抱える問題は根が深く、かなり深刻であることが分かります。また、志木のような鉄骨ではない、コンクリートの柱でさえ折れているケースもあります。折れた柱の中からは、鉄骨がむき出しになっていました。こうしたタイプの柱も、独自の問題があると言います。

「コンクリート柱は特有の問題で消耗してきます。鉄塔のトラス型は溶接が剥がれるんですが、コンクリート柱の場合には、コンクリートにひびが入るという現象が起きる。そこから雨水が入ると、コンクリートの中に入っている鉄筋が錆びて膨らみます。その表面についているコンクリートが剥がれ落ちることを専門用語で爆裂と言うんですが、こうなるともう、その機能を満たさなくなるわけですね。いわゆるコンクリート柱の問題点です」

 クラック(亀裂)が入り、中の鉄筋が錆びる。コンクリート建造物が持つ問題は、ゴルフ練習場にもあったわけです。結局のところ、ゴルフ場経営者は具体的にどんな対策を講じるべきなのでしょうか。

「ゴルフ練習場が存続するために必要なのは定期点検の実施、安全管理の体制作りはもとより、ネットの昇降設備がないところは導入する等の検討が必要だと思います。事故が起こってしまったときの手段として、保険があります」

「他のスポーツ業界と比較して、ゴルフ業界は“安かろう良かろう”(編注=安ければ良い)という風潮があるので、これからは安全面を強く出し、業界全体の意識改革が必要であると思います」

 過去に経験したことがない規模の風水害が頻発するようになった今、ゴルフ練習場の安全対策もまた、現在の状況に合わせてアップデートされることが必要なのです。

取材・文/小川朗
日本ゴルフジャーナリスト協会会長。東京スポーツ新聞社「世界一速いゴルフ速報」の海外特派員として男女メジャーなど通算300試合以上を取材。同社で運動部長、文化部長、広告局長を歴任後独立。東京運動記者クラブ会友。新聞、雑誌、ネットメディアに幅広く寄稿。(一社)終活カウンセラー協会の終活認定講師、終活ジャーナリストとしての顔も持つ。日本自殺予防学会会員。(株)清流舎代表取締役。

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