人間の活動により価値は40%減少、自然資本の損失が企業活動に与える「3つのリスク」とは?

写真提供:共同通信社

 温室効果ガスの実質ゼロを目指す「カーボンニュートラル」に加え、ここにきて「ネイチャーポジティブ」への対応が本格化している。生物多様性の損失を止め、自然再興を目指す取り組みだが、その難易度は高い。そこで本連載では、『カーボンニュートラルからネイチャーポジティブへ サステナビリティ経営の新機軸』(野村総合研究所編/中央経済社)から内容の一部を抜粋・再編集し、国内企業の取り組みを紹介。サステナビリティ経営の新たな在り方を考察する。

 第1回は、基本概念である「自然資本」と「ネイチャーポジティブ」について解説する。

<連載ラインアップ>
■第1回 人間の活動により価値は40%減少、自然資本の損失が企業活動に与える「3つのリスク」とは?(本稿)
第2回 キリンHD、日本製鉄、神戸製鋼所…国内企業は生物多様性の保全にどうコミットしているのか?
■第3回 明治HDの「アグロフォレストリー農法」、花王の「ハイリスクサプライチェーンからの調達」とは?(10月24日公開)
※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。

<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

自然資本と企業活動
あらゆる企業活動は自然資本に依存し、また影響を与えている

■自然資本とは

 本書のはじめとして、自然資本とは何か、それがどのように企業活動と関係しているかを理解しておくことか、という点について簡単に整理します。

 自然資本とは、その名のとおり「森林、土壌、水、大気、生物資源など、自然によって形成される資本」(環境省「平成26年版生物多様性白書」)であり、さまざまなサービスを社会に提供しています。

 具体的には、①食糧や水、木材やその他資源を供給する供給サービス、②大気や気候、水量の調整や土壌浸食の抑制などの調整サービス、③景観の保全や文化・芸術、科学・教育に関する価値を提供する文化的サービスなどが存在します。④鉱物や金属、石油と天然ガス、地熱、風、潮流、季節なども、自然によるサービスといえます。また、①~③は生態系サービス、④は非生物的サービスといいます(Capital Coalition, 2016)。

 また、生物多様性という概念もあります。これは生物同士の個性とつながりのことで、生物、種、遺伝子の3つのレベルがあるとされています(環境省)。上記の生態系サービスを下支えするもので、それ自体も自然資本の一部とされています(Capital Coalition 2016)。

■企業活動と自然資本

 企業はこうして生物多様性を含む自然資本から生じるフローとしてのサービスを利用して、事業を行っています。IIRC(International Integrated Reporting Council:国際統合報告評議会)の国際統合報告フレームワークでは、6つの資本の1つとして自然資本を位置づけており、自然資本は、企業活動にとって極めて重要な役割を担っているものといえます。

 このように、企業活動を含む人間社会は自然資本が提供するサービスを利用していますが、言い換えれば、それらのサービスに「依存」しているということになります。世界のGDP(当時)の半分超である44兆ドルが何らかの形で自然とそのサービスに依存しているという試算もあり(世界経済フォーラム〔2020〕)、自然資本なしに現状の経済活動は維持できないと考えられます。

 人間の活動は自然資本に大きく依存していますが、一方でそれらに「影響」も与えています。IPBES(Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services:生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学─政策プラットフォーム)のレポート(2019)によれば、生物多様性を破壊する最大の要因は人間による土地・海域の利用や変更であり、人間の活動により自然の状態は急速に悪化する傾向にあるとされています。

 こうした自然への依存・影響と事業活動の関係は、自然資本金融アライアンス(NCFA)や国連環境計画世界保全モニタリングセンター(UNEP-WCMC)などが開発したENCORE等のツールで整理されていますが、どの産業も何らかの形で自然と関係しています。

 また、多くの製品はサプライチェーンの最上流で化石燃料や鉱物の採掘、農業、木材の伐採など、自然と直接関係する産業の製品やサービスと関連しています。あらゆる企業活動は自然に対し、多かれ少なかれ、あるいは直接的、間接的などの別はあっても、何かしらの形で自然と関係していると考えられます。

ネイチャーポジティブの定義と重要性
自然の損失を止め反転させるネイチャーポジティブへの対応が企業に求められている

■自然の損失とネイチャーポジティブ対応

 前項で述べたように、人間の活動により自然は悪化傾向にあります。ダスグプタ・レビュー(2021)ではManagi and Kumar(2018)による分析結果を参照し、「一人当たり自然資本ストックの価値が1992年から2014年で40%近くも減少した」としています。

 このまま自然資本の損失が続いた場合、自然資本が生み出すさまざまなサービスが失われ、それに依存している経済活動にも多大な損失が生じると考えられます。このため、自然資本の損失を止めて反転させていくことを目指すネイチャーポジティブが経済・社会にとって重要と考えられます。

 こうした中、世界全体で国際目標や政策、各種イニシアチブ等によるネイチャーポジティブに向けた対応が進んでいます。この課題に適切に対処できない企業は、政策や規制、評判等のリスクを負うほか、取引条件や市場の選好に自然資本への対応が考慮されるようになれば、競争力にも影響する可能性があると考えられます。

■企業活動とネイチャーポジティブ対応

 上記のような自然資本が企業活動に与えるリスクは大別して3種類あります。1つは、自然資本や生態系サービスが劣化することで生じる「物理リスク」です。2つ目は、政策や技術、規制、消費者の選好などの変化などで生じる「移行リスク」、そして3つ目は生態系・金融などシステム全体の崩壊により生じる「システミックリスク」です。

 これらのリスクへの対応としてネイチャーポジティブは企業にとって重要ですが、一方でそれは企業にとって「機会」にもなりうるとされています。自然に対するネガティブな影響を削減することやポジティブな影響を与えることは、自然だけでなく、新たな市場へのアクセスや評判の向上などを通じ、組織にも好影響を与える可能性があります。

 こうしたリスク・機会の仮想的な例として廃棄物の排出を考えると、排出は環境に対し負荷を与え、物理リスクの要因になります。同時に、その削減に向けた取り組みが不十分であれば、経済・社会としてネイチャーポジティブへの対応が進む中で評判や取引条件、規制等の面で不利になる可能性もあり、移行リスクの要因にもなります。

 こうしたリスクに対し、リサイクルなどによって廃棄物の排出を削減することは、環境に対する負荷を低下させると考えられます。また、廃棄物の削減に資する製品やサービスを提供できれば、新たな事業機会になる可能性があります。さらに、こうした活動による評判の向上等の機会にもつながると考えられます。

 上記はあくまで仮想的な例ですが、企業は自然資本を守るためにも、また企業としてのリスクを減らし機会を獲得するためにも、ネイチャーポジティブに対応していくことが重要と考えられます。

<連載ラインアップ>
■第1回 人間の活動により価値は40%減少、自然資本の損失が企業活動に与える「3つのリスク」とは?(本稿)
第2回 キリンHD、日本製鉄、神戸製鋼所…国内企業は生物多様性の保全にどうコミットしているのか?
■第3回 明治HDの「アグロフォレストリー農法」、花王の「ハイリスクサプライチェーンからの調達」とは?(10月24日公開)
※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。

<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

ジャンルで探す