アパレルブランド「パタゴニア」も注目する「リジェネラティブ農業」とは?
格差や分断、気候変動、環境破壊、人口減少…。さまざまな問題が山積する中、「サステナビリティ=人類社会の存続」の実現に向け、エネルギー革命やサーキュラーエコノミー、AIの活用など「新たな産業革命」の兆しが見え始めている。その大波が産業や雇用、社会や教育のあり方を激変させることは間違いない。本連載では、『データでわかる2030年 雇用の未来』(夫馬賢治著/日経BP 日本経済新聞出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。データをもとに将来の社会を展望しつつ、来たるべき変化にどう備えるべきかを考える。
第4回は、環境に配慮した最新農法と、持続可能な農業を目指す日本政府の取り組みを紹介する。
<連載ラインアップ>
■第1回 各国政府や企業も注目する課題解決のための概念、「ウェディングケーキ・モデル」とは?
■第2回 Off-JT投資額は主要国最低、日本企業は「21世紀の産業革命」をリードできるのか?
■第3回 生態系破壊による経済損失は世界GDP過半の44兆ドル、影響が甚大な8業種とは?
■第4回 アパレルブランド「パタゴニア」も注目する「リジェネラティブ農業」とは?(本稿)
■第5回 雇用は700万人の純増、サーキュラーエコノミー化による業種・産業への影響とは?
■第6回 経済損失は年12兆円、大企業や行政は「2025年の崖」問題にどう対処すべきか?
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注目を集める「リジェネラティブ農業」
そして、「リジェネラティブ農業(環境再生型農業)」と呼ばれる農法も、最近注目を集めている。リジェネラティブ農業に関しては、サステナビリティ重視で知られるアパレル・ブランド「パタゴニア」が2017年に「リジェネラティブ・オーガニック認証」を創設したことで知られるようになった。
リジェネラティブ農業の国際的な定義も確立されているわけではない。ちなみに、国連食糧農業機関(FAO)は、農地の生態系サービスを向上することに重点を置き、土壌の再生やミクロレベルでの水循環などを実践する農法のことを、幅広く「リジェネラティブ農業」と呼んでいる10。
保全型農法や有機農法、リジェネラティブ農業が、自然の力を促進することで持続可能な農業を実現しようとしているのに対し、農薬や化学肥料を使い続けながらも、過剰に使用している分量を抑制し、使用用途を最適化することで、生態系の破壊を抑制しようと試みる農法も登場している。これが「精密農業(プレシジョン農業)」だ。
精密農業では、圃場に様々なセンサーや観察設備を用いる。具体的には、天候などの外部環境状態を測定するフィールドセンサーや、土壌の栄養素等を測る土壌センサー、農地の状態を宇宙から観測する人工衛星画像処理技術、地上で観測するドローンなどのリモートセンシング技術などを活用していく。また収集したデータを総合的に演算し、最適解を導き出すために、AIも同時に用いることが多い。
センサーではなく、人の五感で、土壌の状態を測定する技術もある。例えば、圃場に水を撒きすぎているという実態に着目し、手の感覚で土壌の水分量を推察する「触診」という技術を追求している農家もいる。この農家では、実際に水の使用量を減らしながら、収量を上げることに成功している11。
10 Food and Agriculture Organization「Regenerative Agriculture: good practices for small scale agricultural producers」
11 果実堂 「果実堂の社員の一日」https://www.kajitsudo.com/careers/oneday/
植物工場には課題が多い
ここまで紹介した農法が圃場での生態系破壊を最小化するアプローチを採っているのに対し、自然界から圃場を人工的に隔離し、自然界への影響をシャットアウトするアプローチを採るのが「植物工場」だ。
植物工場は、人工的な屋内空間で作物を栽培し、空間を効率的に利用するため、高さのある施設に作物栽培用の装置を垂直方向に並べる。そのため、「垂直農法」とも呼ばれている。
垂直農法は、土壌を使わず、リン、窒素、カリウムなどの養分の入った液体肥料と水だけで作物を栽培する「水耕栽培」を採用していることが多い。水耕栽培はもともと19世紀にドイツの化学者が発明した手法で、日本には米軍が戦後に駐留したときに東京都調布市と滋賀県大津市に持ち込まれ、初の植物工場が誕生した。
そして、2009年に農林水産省と経済産業省がそれぞれ垂直農法に対する支援事業を開始し、日本でも各地でプロジェクトが組成されていった。
垂直農法は、外界の気温上昇や異常気象の影響を遮断できるという利点がある。一方で、人工的な隔離空間を作り出すために、通常の農法よりも多くの電力エネルギーを消費する。
仮に現在世界中で営まれている農業を、全て垂直農法に転換したとすると、発電した電気を全て投入しても足らないという見解もある。垂直農法の普及があまり進んでいない背景には、エネルギーコストが膨大で、収支が成り立たないという経済的な課題がある。
また、垂直農法に不可欠な液体肥料の生産工程や、垂直農法から発生する廃水や廃棄物の処理工程までを含め、全体でネイチャーポジティブにすることができなければ、垂直農法をネイチャーポジティブな農法だとみなすことはできない。
日本政府の政策「みどりの食料システム戦略」
日本政府は、農政の基本指針を定める「食料・農業・農村政策基本法」を25年ぶりに2024年に改正した。
そして、第3条に、「食料システムについては、食料の供給の各段階において環境に負荷を与える側面があることに鑑み、その負荷の低減が図られることにより、環境との調和が図られなければならない」と明記し、農林水産業が生態系を破壊する側に立っているとの立場を明確に示した。これは日本の農政の抜本的な転換を意味する。
すでに農林水産省は、生態系破壊を抑制する方向性を打ち出しており、それが具体的になったのが2021年に策定された「みどりの食料システム戦略」だ。50年までに化学農薬の使用料を50%減、化学肥料の使用料を30%減にするとともに、有機農法の面積を日本の耕地面積全体の25%(100万ヘクタール)に拡大する政策目標を設定した。
すなわち、有機農法の目標を25%としながらも、それ以外の75%の農地でも持続可能な農法への転換を促していくということだ。さらに海外から輸入する食品原材料についても、30年までに「持続可能に配慮した」調達の実現を目指すと規定している。農林水産省が海外の農林水産業のあり方にまで踏み込んだのは、過去にはなかった新しい動きだ。
2022年には「みどりの食料システム法」が国会で成立しており、持続可能な農業に転換する農家に対する減税措置や補助金支給の制度もスタートしている。
さらに23年12月までに、全47都道府県が、すべての市町村の同意を取り付けたうえで、みどりの食料システム法に関する基本計画を策定し、みどりの食料システム戦略で掲げた目標を達成する道を自主的に選択した。こうして、日本でも持続可能な農業に向けた産業革命が始まろうとしている。
<連載ラインアップ>
■第1回 各国政府や企業も注目する課題解決のための概念、「ウェディングケーキ・モデル」とは?
■第2回 Off-JT投資額は主要国最低、日本企業は「21世紀の産業革命」をリードできるのか?
■第3回 生態系破壊による経済損失は世界GDP過半の44兆ドル、影響が甚大な8業種とは?
■第4回 アパレルブランド「パタゴニア」も注目する「リジェネラティブ農業」とは?(本稿)
■第5回 雇用は700万人の純増、サーキュラーエコノミー化による業種・産業への影響とは?
■第6回 経済損失は年12兆円、大企業や行政は「2025年の崖」問題にどう対処すべきか?
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10/01 06:00
JBpress