雇用は700万人の純増、サーキュラーエコノミー化による業種・産業への影響とは?

かつて鉱石採掘が行われていた土地に設置された太陽光パネル(江蘇省徐州市)。
写真提供:新華社/共同通信イメージズ

 格差や分断、気候変動、環境破壊、人口減少…。さまざまな問題が山積する中、「サステナビリティ=人類社会の存続」の実現に向け、エネルギー革命やサーキュラーエコノミー、AIの活用など「新たな産業革命」の兆しが見え始めている。その大波が産業や雇用、社会や教育のあり方を激変させることは間違いない。本連載では、『データでわかる2030年 雇用の未来』(夫馬賢治著/日経BP 日本経済新聞出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。データをもとに将来の社会を展望しつつ、来たるべき変化にどう備えるべきかを考える。

 第5回は、サーキュラーエコノミー化による業種・業界への雇用の影響を考察する。

<連載ラインアップ>
第1回 各国政府や企業も注目する課題解決のための概念、「ウェディングケーキ・モデル」とは?
第2回 Off-JT投資額は主要国最低、日本企業は「21世紀の産業革命」をリードできるのか?
第3回 生態系破壊による経済損失は世界GDP過半の44兆ドル、影響が甚大な8業種とは?
第4回 アパレルブランド「パタゴニア」も注目する「リジェネラティブ農業」とは?
■第5回 雇用は700万人の純増、サーキュラーエコノミー化による業種・産業への影響とは?(本稿)
第6回 経済損失は年12兆円、大企業や行政は「2025年の崖」問題にどう対処すべきか?

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大きな影響を受けるのは建設・不動産業界と製造業

データでわかる2030年 雇用の未来』(日経BP 日本経済新聞出版)

「サーキュラーエコノミー」によって大きな雇用影響を受ける業種は、天然資源を最も消費しており、かつ土地や海洋を大規模に利用する「まちづくり」に係る建設・不動産業界と、同じく天然資源の消費量が伸びている「ものづくり」に係る製造業の2つだ。

 日本の雇用数では、まず建設関連業種の状況をみると、エンジニア職(専門的・技術的職業従事者)が38万人、建設作業員(建設・採掘従事者)が251万人、生産工程従事者が38万人いる。不動産業にもエンジニア職(専門的・技術的職業従事者)が2万人いる。また製造業では、エンジニア職(専門的・技術的職業従事者)が103万人、生産工程従事者が622万人いる。資源革命の影響を受ける雇用数は合計で1054万人にも上る。

 その他、資源採掘業も同様に大きな影響を受けるが、鉱物資源が少ない日本では鉱物資源企業に勤務している人は2万人にとどまる。そして、そのうちの半数以上が資源革命による雇用影響を直接受けないトラック運転手の職に就いている人たちだ15

 建設関連業種では、天然資源を極力消費せず、さらに建築物を建設するうえでの生態系破壊を最小限に抑える建築設計や都市空間設計、インフラ設計が必須になる。そのためには、コンパクトシティの実現、災害レジリエンスの向上、再生素材やリサイクルしやすい素材の使用率を上げるための資材調達や建築手法開発、人口動態の変化を見据えた柔軟性の高い空間設計、耐用年数の長期化、建築物の再利用等のスキルが不可欠になる。すなわち、建築士や施工管理技士が考慮する範囲が、建築物の周辺の生態系から、建材や設備のライフサイクル全体がもたらす「環境層」への影響にまで拡大していく。

 それに伴い、建築物の建設や解体を担う作業員に求められるスキルも、いかに速く正確かつ安全に建設・解体するかから、いかに「環境層」への影響を抑えながら建設・解体するかにまで広がっていく。

 同様に「ものづくり」の業界でも、再生素材やリサイクルしやすい素材の使用率を上げるための製品設計や素材選定までがエンジニアには求められるようになる。さらに修理や再利用の需要の高まりに対応できる人も育成しなければならない。これらを実現するために、デジタルツインなどの新たな研究開発も重要になっていく。

15 総務省(2024)「労働力調査(基本集計)2023年(令和5年)平均結果」

サーキュラーエコノミー化で雇用は700万人純増

 その反面、天然資源の需要が減れば、天然資源の採掘・採取に関する雇用は減る。国際労働機関(ILO)は、銅、鉄鉱石、石炭、ニッケルの採掘労働者が2030年までに2520万人減少し、鉄鋼や合金を鉄鉱石から一次生産する労働者も1560万人減少すると試算している。使い捨て製品が減ることで、木材や食器の製造に係る労働者も1100万人減少していく見通しだ。

 反対に、サーキュラーエコノミー化による新規雇用創出効果は、リサイクルによる鉄鋼の二次生産で1750万人増、家具や家電の修理や中古販売で1670万人増、中古品の卸売流通で770万人増、再生木材加工で300万人増、自動車修理及び中古販売で430万人増と見積もられている16。これらの雇用減と雇用増の双方を合算すると、700万人から800万人の純増効果が得られるという。

資源採掘イノベーションでは2800万人の新規雇用

 サーキュラーエコノミー化を可能な限り実現したとしても、UNEPの「サステナビリティ・シナリオ」が示すとおり、天然資源の新規採掘をゼロにすることは難しい。そのため、新規採掘に関しては、生態系を破壊しない技術開発やイノベーションが必要となる。

 具体的には、資源探査の段階では重要な生態系を保護するために、非侵襲的な探査を実行することや、資源採掘の段階では水銀、硝酸、鉛系のような毒性の高い化学物質の代わりに無害で非化学的なプロセスを用いる検討が進められている。採掘時に使用する水の節約や、廃水リサイクルのための技術開発も不可欠だ。

 資源開発に必要になる道路や送電線などのインフラ整備でも、設備を共同インフラ化することで必要最小限に抑えることもできる。鉱石から貴重な成分を抽出した後に残る一般的な副産物(鉱滓 こうさん)は、鉱山付近に設けられたダムに堆積・貯蔵されているが、決壊すると周辺地域に破滅的な打撃を与えるため、管理のための人員も必要となる。開発が終わった廃坑を修復していく工程も生まれてくる。これらによって2900万人の新規雇用が生まれるという17

16 International Labour Organization (2019) 「Skills For A Greener Future: A Global Review」

17 World Economic Forum (2020) 「New Nature Economy Report II: The Future Of Nature And Business」

 カーボンニュートラルとネイチャーポジティブの双方の観点から、生物資源を活用するバイオ産業も成長が見込まれる分野だ。具体的には、生産性の高い林業、持続可能な農林業で生産した生物を原料とするバイオマス燃料、生物由来の原料で生産した化学素材などがある。生物資源を活用して大気からの二酸化炭素を吸収する手法は最近「自然を軸としたソリューション(NbS;Nature-based Solutions)」と呼ばれており、世界的に注目度が高い。太陽光発電と風力発電についても、周辺の生態系を破壊しない手法の開発が切望されている。同時に廃棄された太陽光発電パネルや風力発電の再利用やリサイクルでも新規雇用需要が生まれる。これらにより2600万人の新規雇用創出が期待されている18

 最後の分野が、持続可能な資源サプライチェーンの管理だ。使用している資源が、再生素材なのか、あるいは持続可能な資源開発で採掘された素材なのかなどを適切に管理するために、RFIDタグ、ブロックチェーン、人工衛星モニタリング、デジタルパスポートなどの新たなデジタル技術の活用も始まっている。資源採掘や林業の分野には、中小零細企業も多いが、労働者搾取や児童労働といった違法行為に関与していることも少なくなく、こうした人権侵害を防ぐこともトレーサビリティの対象となる。こうした持続可能なサプライチェーンの分野だけでも300万人の新規雇用創出が想定されている19

ネイチャーポジティブ型まちづくりの秘訣は「ブラタモリ」に

 農林水産業、建設・インフラ業、製造業でネイチャーポジティブを実現していくための秘訣は、タモリ氏が司会を務めていたNHKの番組「ブラタモリ」にある。

「ブラタモリ」は、地質学や地理学の側面から地域資源を掘り下げ、街や名所、街道、特産品の成り立ちを紹介してきた。19世紀の産業革命がもたらした「工学アプローチ」では、各地に存在している自然環境の差異を人工的に均質化し、土地開発や製品の量産を効率よく実現することを追求してきた。しかしながら、自然環境の差異を均質化する過程で、生態系の破壊を引き起こしてきた。

 反対に、「ブラタモリ」は、人間社会がいかにして土地ごとの差異を尊重し、特徴ある街、名所、名産品を育んできたかを解き明かしてきた。これぞまさにネイチャーポジティブ型の経済と言える。「ブラタモリ」は残念ながら2024年3月に放送を終了してしまったが、「ブラタモリ」が紹介してきた人類の叡智は、これからの時代にこそ生きてくる。ぜひNHKには、ナレッジを継承する方法を考えていただきたいと思う。

18、19 前掲書

<連載ラインアップ>
第1回 各国政府や企業も注目する課題解決のための概念、「ウェディングケーキ・モデル」とは?
第2回 Off-JT投資額は主要国最低、日本企業は「21世紀の産業革命」をリードできるのか?
第3回 生態系破壊による経済損失は世界GDP過半の44兆ドル、影響が甚大な8業種とは?
第4回 アパレルブランド「パタゴニア」も注目する「リジェネラティブ農業」とは?
■第5回 雇用は700万人の純増、サーキュラーエコノミー化による業種・産業への影響とは?(本稿)
第6回 経済損失は年12兆円、大企業や行政は「2025年の崖」問題にどう対処すべきか?

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