欠かせないのは短期・長期の視点、現代の企業経営に重大な影響を及ぼす3つの気候変動リスクとは?

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 現代のビジネスにおいて、気候変動を含む環境リスクに対応した「環境経営」が業界問わず注目されている。世界的トレンドであるこうした企業行動は、企業規模、上場・非上場を問わず、今や逃れられない課題と言えよう。本連載では『環境とビジネス──世界で進む「環境経営」を知ろう』(白井さゆり著/岩波新書)から、内容の一部を抜粋・再編集し、気候変動リスクをチャンスに変えるサステナブル経営のあり方について考える。

 第3回では、気候変動が企業経営に及ぼすリスクを3つのタイプに分けて分析。ビジネスを持続していくため、企業がなすべきことは何かを考察する。

<連載ラインアップ>
第1回 気候変動対策として、各国はなぜ温室効果ガス排出量「正味ゼロ」を目指すのか?
第2回 世界三大格付け会社が警告、気候変動への対応力が「企業の信用」に直結する理由とは?
■第3回 欠かせないのは短期・長期の視点、現代の企業経営に重大な影響を及ぼす3つの気候変動リスクとは?(本稿)
第4回 企業はなぜ、「バリューチェーン全体」の温室効果ガス排出量に目を配る必要があるのか
第5回 温室効果ガス排出削減の新たな指標「削減貢献量」に企業が注目する理由とは?
■第6回 企業の環境経営を促す「カーボンプライシング」、今から検討すべきビジネスモデルの変革とは?(10月11日公開)

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 気候変動がビジネスにとって大きなリスクとなりつつあることを説明してきたが、ここで気候変動のリスクについて世界共通の考え方を説明しておこう。

 気候変動が及ぼすリスクは、「物理的リスク」と「移行リスク」に大別されている。これらのリスクのなかに「訴訟・責任リスク」を含めることも多いが、あえて3つ目のリスクとして分類することもある。

 物理的リスクは、「急性」または「慢性」に分類できる。急性の物理的リスクは、気候変動に関連する極端な事象によって引き起こされるもので、極端なサイクロン・ハリケーン・台風、大洪水・集中豪雨、山火事等が含まれている。一方、慢性の物理的リスクは、気候変動の長期的な変化によって引き起こされるもので、地球温暖化をはじめ、海水の温度上昇や海面上昇、頻発する熱波、変化する降雨パターンが含まれる。

 こうした物理的リスクが企業に及ぼす影響としては、工場や建物等の固定資産の損害・破壊、サプライチェーンの混乱、原材料の調達難や価格の高騰、従業員の労働生産性の低下等が考えられる。

 とりわけ農業・畜産業やレジャー・観光等の産業は物理的な気候リスクに脆弱で、食料・家畜生産の変動が激しくなったり食料・原材料不足に陥ったり、リゾートが運営できなくなって収入が減少することが既に世界中で起きている。

 移行リスクは、気候変動に対処するために導入されるカーボンプライシングやその他の規制強化によって温室効果ガス排出量の多い事業の生産コストが増加し、売上高や利益が減少することから生じる。

 また移行リスクは、技術の変化や消費者、投資家の選好がより環境に配慮したものへと変わることから生じると考えられている。例えば、低炭素な技術やエネルギー効率を改善する技術の開発が進めば経済の低炭素化が加速するが、それにより石炭火力発電所を運営する企業は競争力を失う。

 温室効果ガス排出量の多い資産を持つ企業は、カーボンプライシングにより採算がとれなくなって投資資金が回収できないまま資産価値が低下する、いわゆる「座礁資産」化のリスクを意識しておくべきである。

 消費者がより低炭素な商品・サービスを選択したり、排出の多い企業への投融資を減らす投資家が増えると、企業と産業の新陳代謝が進むが、その過程で勝者と敗者が生まれることが想定される。

 訴訟・責任リスクは、物理的リスクと移行リスクとも関係する。とくに、低炭素経済への移行過程において法規制が強化される中で、それに違反する場合に発生することが多い。また、排出の多い企業は、温暖化によって打撃を受ける市民や企業から起こされる訴訟の対象になる事例も増えている。適切な対応をしなかった政府が訴訟の対象になることもある。

 また、企業が脱炭素・低炭素化を進めていると宣伝しつつも、実態が大きく異なっている場合も、虚偽の情報開示として訴訟の対象になることも起きている。こうした誇大広告や虚偽の情報開示等をする行為は、「グリーン・ウォッシング」と呼ばれている。

 このような行為に歯止めをかけないと、努力している企業が報われないため、排出削減を進めていくことはできない。根拠のない宣伝に規制をかける動きが、欧州や豪州を中心に世界で始まっている。訴訟対象になれば、企業は評判・名声を落とし、訴訟により罰金を払うことになる可能性が高まる。

「グリーン・ウォッシング」の行為を減らしていくには、企業の情報開示を任意ではなく、法律で義務づけ、かつ第三者保証を義務づけることが望ましいとされている。

ビジネスの環境持続性を高めるために何から始めたらよいのか

 気候変動に対して企業がなすべきことは、明確である。まずは前述した3つの気候変動リスクそれぞれが自社のビジネスにどのような具体的な損失や資産価値の減少をもたらしうるのか検討することである。そして、想定しうる大きなリスクを洗い出した後、それへの対応力をどう高めていくかを考えることである。

 セクターによって企業が直面する3つのリスクの相対的な大きさは異なるであろう。例えば、食品・飲料業界では新興国・途上国からの原材料の調達が多く、これらは気候変動の影響を受けやすいので大きな物理的リスクに直面している。

 電力、自動車、鉄鋼・セメント・肥料といった業界では、温室効果ガス排出量が多いので気候政策の強化にともない大幅に排出削減できる生産方法や商品・サービスの提供へと転換していく必要があるため、移行リスクが大きいとみられている。

 また、CO2等を大量に排出しているセクターや森林破壊につながる原材料を使って商品を生産している企業は、訴訟の対象になって評判・名声等が低下するリスクも考えられる。

 今からできるだけ排出の少ない生産方法に切り替えていく、あるいは適切に森林管理を行っているプランテーションで栽培された原材料を購入するといった対応をとっていくことを始めたほうがよい。上場企業であれば、既に実践している日本企業も多い。

 排出量の少ない商品・サービスは、現在は販売価格が高かったとしても、将来もっと新しい顧客や市場を開拓できれば規模の経済性が働いて価格が低下することが期待できる。

 例えば、太陽光発電や風力発電のような再生可能エネルギーの発電コストは、当初は高額で政府の補助金が必要であった。自然条件や国による違いはあるが、現在では機器の製造費用の削減や生産技術の開発によって発電コストが大きく低下しており、補助金がなくても採算がとれる業者も増えている。

 気候変動リスクは企業にとって重大なリスクであるが、短期的な視点と長期の時間軸の両方で戦略を練ることが望ましい。気候変動リスクは今後もっと顕在化していくことが予想されているが、それがいつどのように顕在化していくのかを正確に予想するのが難しい。

 リスクの性質や大きさも変わりやすいため、定期的に物理的リスク、移行リスク、訴訟・責任リスクについて企業の財務に重大な影響を及ぼしうるものを洗い出す作業をするのがよい。

 リスク分析によって、現在のビジネスモデルの対応力や強靭性を確認することが、新しいソリューションとなるような商品開発、イノベーション、ビジネス機会を見出すきっかけになるかもしれない。

「環境とビジネス」は両立しうるものであり、環境対応に費用がかかるといった後ろ向きの発想をしていると、新しいビジネスの機会を見つけるチャンスを逃してしまうであろう。

<連載ラインアップ>
第1回 気候変動対策として、各国はなぜ温室効果ガス排出量「正味ゼロ」を目指すのか?
第2回 世界三大格付け会社が警告、気候変動への対応力が「企業の信用」に直結する理由とは?
■第3回 欠かせないのは短期・長期の視点、現代の企業経営に重大な影響を及ぼす3つの気候変動リスクとは?(本稿)
第4回 企業はなぜ、「バリューチェーン全体」の温室効果ガス排出量に目を配る必要があるのか
第5回 温室効果ガス排出削減の新たな指標「削減貢献量」に企業が注目する理由とは?
■第6回 企業の環境経営を促す「カーボンプライシング」、今から検討すべきビジネスモデルの変革とは?(10月11日公開)

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