全社員の声で組織を動かす、富士通の「VOICEプログラム」が変えた従業員の働き方とは?

写真提供:DPA/共同通信イメージズ

 近年、人的資本経営の考え方が浸透してきているように、各企業において、「ヒト」という資本に対する価値が見直され始めている。企業価値向上にもつながる従業員エクスペリエンス(EX: Employee Experience)とは何か。本連載では『EX従業員エクスペリエンス 会社への求心力を強くする人事戦略』(加藤守和・土橋 隼人著/日本能率協会マネジメントセンター)から、内容の一部を抜粋・再編集。企業経営においてEXを高めていくことの必要性を考える。

 第6回では、前回に引き続き富士通が進めるEX施策に注目する。全社員の声とデータ分析から社内変革を起こす「VOICEプログラム」は、従業員の働き方をどのようにアップデートしてきたのか。

■ 従業員の声(VoE:Voice of Employee)の収集と反映

EX従業員エクスペリエンス』(日本能率協会マネジメントセンター)

 EXの取り組みで最も重要となるデータは、従業員の声です。富士通ではさまざまなテーマで従業員調査を行っており、その中にはEXに関するものも含まれています。その充実度は日本企業の中でも極めて高いといえるでしょう。ただ、富士通にはこれらのサーベイ以外でも従業員の声が収集できる仕組みがあります。それは「フジトラ」の一環として実施している「VOICEプログラム」です。

「VOICEプログラム」は全社員を対象に特定のテーマに関して意見を収集し、業務データなどと組み合わせた分析から課題発見を行う施策です。「声を力に変えて、変革の風を起こす」というコンセプトのVOICEプログラムは、働き方改革(Work Life Shift)を推進することにも貢献しています。

 富士通は2020年からテレワークを原則とした勤務形態を採用しています。テレワーク制度自体はコロナ禍前からありましたが、あまり普及していませんでした。しかし、パンデミックの到来となり、全社員から働き方についての意識調査を行うことになりました。

 2020年5~6月に実施した富士通グループ内での社員調査では、回答者の半数以上から「勤務場所を含めた働き方を変えたい」との意見が上がるなど、社内の意識も変化してきていることがわかりました。

 このような調査結果も勘案し、業務やライフスタイルに応じて時間や場所をフレキシブルに選択できる働き方に舵を切りました。

「VOICEプログラム」ではテレワークの生産性や業務への影響だけでなく、働き方について広く意見を収集しています。そうした意見の中には、コアタイムなしのフレックス制度の適用拡大、在宅勤務環境整備の補助金の支給、単身赴任の解消、家族事情による遠隔勤務の許可など働き方の柔軟性を向上させる制度の実現に至ったものもあります。

 さらに、従業員の意見を踏まえ、オフィスのあり方の見直しが検討され、テレワークを前提としながら業務の目的やライフスタイルに合わせて自律的に働くことができる環境の整備が進んでいます。例えば、オフィス拠点を統合・集約することで半減させ、従業員同士のコラボレーションの活性化を図ったり、サテライトオフィスを用意して働く場所の選択肢を増やしたりするなど、従業員のウェルビーイングに資する施策を打ち出しています。

 コロナ禍が落ち着いてからオフィス勤務に回帰する風潮にある中、富士通はその流れに合わせるのではなく、生産性や従業員の声をデータから分析し、最適な働き方やオフィスのあり方を追求していくとのことです。

 働く人のEXが充実する多種多様なプログラムが展開されている富士通ですが、それを支えているのが経営陣のリーダーシップと専門組織の存在です。きっかけは2019年に代表取締役社長に就任した時田隆仁氏が、「IT企業からDX企業へ」と宣言し、「フジトラ」を開始したことでした。これにより、挑戦的な企業の姿勢へと変わることになったのです。また、CHRO(最高人事責任者)の平松浩樹氏が富士通に「変革の風を起こす」人事面での改革を推進しました。

 従業員のエンゲージメント向上とキャリアオーナーシップの支援を目的とした専任組織を設置している富士通では、経営陣のサポートを得ながら組織が全体の企画を担い、経営者や事業責任者の視点から組織の成長を促す人事のプロであるHRBP(Human Resource Business Partner)が現場視点でのフィードバックや施策展開を担っています。このように経営と現場の視点をしっかり組み合わせながら、従業員の働きがいを支援しています。

 富士通では社員の自律と挑戦による成長がパーパス経営の基盤になるとしています。EXの充実にも資する人事戦略を今後どのように展開させていくのか興味があるところではないでしょうか。

 同社Employee Success本部Engagement & Growth統括部の佐竹秀彦部長はこのことについて、「ジョブ型人事制度のフルモデルチェンジから3年が経過したものの、まだマネジメント層や従業員のマインドセットの変革、属人化している仕事の標準化が十分でないと感じています。制度の変革と従業員のマインドセットの変革をバランス良く進めなければ、変革は成功しないと考えています。これからも両者のバランスの実現に向けて、適所適材の推進に注力していきます」と“変革”をキーワードに、社員1人ひとりの適性が活かせる人事マネジメントの展開を示しています。

●取材協力
佐竹秀彦氏(富士通株式会社Employee Success本部Engagement & Growth統括部部長)    
伊藤正幸氏(富士通株式会社Engagement & Growth統括部キャリアオーナーシップ支援部部長)

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