コロナ禍前から場所や時間に縛られない働き方を実践、ユニリーバ・ジャパンが目指すEXとは?

写真提供:Abaca Press/共同通信イメージズ

 近年、人的資本経営の考え方が浸透してきているように、各企業において、「ヒト」という資本に対する価値が見直され始めている。企業価値向上にもつながる従業員エクスペリエンス(EX: Employee Experience)とは何か。本連載では『EX従業員エクスペリエンス 会社への求心力を強くする人事戦略』(加藤守和・土橋 隼人著/日本能率協会マネジメントセンター)から、内容の一部を抜粋・再編集。企業経営においてEXを高めていくことの必要性を考える。

 第4回は、コロナ禍でリモートワークが広がる2年以上前から、場所や時間に縛られない働き方を実践してきたユニリーバ・ジャパンの事例を紹介。従業員の「自分らしさ」を追求する同社の環境整備について見ていく。

<連載ラインアップ>
第1回 高報酬だから人材が集まるわけではない、「ヒト」の資本価値を見極める難しさとは?
第2回 社員誰もが会社に対し自由に声を上げられる、メルカリの独自施策「オープンドア」とは?
第3回 社員が異動希望先に“応募”する、パーソルグループの「キャリアチャレンジ」が組織を強くする理由
■第4回 コロナ禍前から場所や時間に縛られない働き方を実践、ユニリーバ・ジャパンが目指すEXとは?(本稿) 
第5回 社会のDXを支援する富士通は、なぜ全社DX「フジトラ」において従業員とカルチャーの変革を重視するのか
■第6回 全社員の声で組織を動かす、富士通の「VOICEプログラム」が変えた従業員の働き方とは?(10月8日公開)

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働き⽅の自己決定を尊重する会社
ユニリーバ・ジャパン

■『Be Yourself(あなたらしさ)』

EX従業員エクスペリエンス』(日本能率協会マネジメントセンター)

「サステナビリティを暮らしの“あたりまえ”に」すること。それがユニリーバのパーパスです。

 ユニリーバは2010年に成長とサステナビリティを両立するビジネスプランとして、約50の数値目標を含む「ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン(USLP)」を導入。これは、国連でSDGs(持続可能な開発目標)が定められる5年程前のことです。

 USLPとSDGsには密接な関係があり、USLPはSDGsの14の目標には直接的に、残りの3項目には間接的に貢献するようデザインされていました。2021年にはUSLPの後継プラン「ユニリーバ・コンパス」を導入し、さらに取り組みを進化させています。

 ユニリーバは創業当時から先駆的かつ革新的な存在であり続けています。1884年、まだ、衛生的な生活習慣が根付いておらず、多くの人々が不衛生を原因として命を落としていたなかで、同社石鹸製品は発売されました。まさに、「清潔さ」を暮らしの“あたりまえ”にすることで、社会・環境問題を解決したのです。

 世界が直面している社会・環境問題に対してアクションを起こし、製品・ブランドを通して人々の暮らしをより豊かにしていきたいという考え方が、同社の根底にあります。また、会社として社会・環境を豊かにすると同様に、従業員も豊かに生きることができることを重視しており、EXにも積極的に取り組んでいます。

「ユニリーバが大切にしているのは、『Be Yourself(あなたらしさ)』です。従業員が自分らしくあるときにこそ、本来の力を発揮することができると考えているからです。これは、EXを重視する理由でもあります。

 従業員の誰もが自分らしくいきいきと働くことができるような環境の整備に取り組んでいます」と、同社People Experience & Operations Manager登野城昌和氏はEXへの取り組み姿勢を述べます。なお、People Experience & Operationsは、社員の従業員体験を目的に、データやテクノロジーを重要視したプロセス改善や社内全体のエンゲージメントを高める制度設計などに取り組むことが主な役割の組織のことです。

 そして、ユニリーバでは大きく2つの点を中心に、EXの充実を図っているとのことです。それが次の2つです。

  • パフォーマンスにフォーカスした働き⽅の自己決定の尊重
  • 人事部によるサステナブルオペレーション・リライアブルサービスの実現

■ 働き方の自己決定の尊重

 パフォーマンスベースのカルチャーがあるユニリーバ・ジャパンでは、チームとしてのパフォーマンス、クリエイティビティ、生産性が高まる働き方の追求を常に考えているとのことです。

 この考えに基づいて、オフィスで就業することの意義を4C(Connect, Collaborate, Create, Celebrate)で表し、東京・目黒の本社をこの働き方が実現できるレイアウトに変更したのが2020年12月のことでした。

 ワークプレイスを自律的に選べる同社では、このオフィスをはじめ2024年現在、週に2日から3日の出社を奨励しています。オフィス外での働き方については、上司の承認のもと、自律的に決定することができます。これは「Work from Anywhere and Anytime(WAA)」という制度として運用されています。

 その名称のとおり、従業員が働く場所や時間を自由に選ぶことができるこの制度が導入されたのは、新型コロナウイルス感染症の拡大でリモートワークが広がる2年以上前の2016年7月であり、当時としてはユニークな働き方であったことから注目を集めました。そのとき、社員に次のような運用ルールが示されました。

  • 上司に申請すれば、理由を問わず、会社以外の場所(自宅、カフェ、図書館など)でも勤務可能
  • 平日の5時~22時の間で自由に勤務時間や休憩時間を決定可能(コアタイムなし)
  • 1日の就労時間を決めずに1カ月の所定労働時間を設ける。就労時間が足りない月があれば、翌月調整可能(最大2カ月間)
  • 原則全従業員が対象で、期間や日数の制限なし

 働く場所や時間の選択肢が広がったことで、従業員からはモチベーションの向上につながったなど、好意的な反応が寄せられました。実際、制度導入から10カ月後の2017年4月に行った従業員アンケートでは、一度でもWAAを利用した従業員が92%にのぼり、そのうち75%の人が「生産性が上がった」、33%の人が「幸福度が上がった」と回答しています。

 2019年7月には「地域 de WAA」と称する、自治体と連携した地域課題解決型のワーケーションが実施されました。これは、地域貢献によるEXの充実を図るとともに、イノベーションの創出を目的にする取り組みでした。そこでは、次のようなことが行われました。

  • 提携自治体内の施設を“コWAAキングスペース(コワーキングスペース)”として従業員が無料で利用可能
  • 提携自治体が地域課題の解決に関わる活動を指定。従業員がそれに参加すると、宿泊費が無料または割引
  • 現地までの交通費は自己負担、保険料は会社負担

 また、毎週金曜日の午後は「U-Time」という、会議は原則なしで自己成長に使える時間帯があります。

 社内でトレーニングを受ける、キャリアについて上司と話し合う、EDI(エクイティ、ダイバーシティ、インクルージョン)の推進といった経営課題についての勉強会グループに参加するなど、自分の学びやウェルビーイングのためにこの時間を使うことが推奨されています。従業員1人ひとりの成長が会社の成長につながるという考えが背景にあるからです。

 これ以外にも、自律的なキャリア形成の支援策として「パーパス・ワークショップ」があります。これは社員1人ひとりがあらためて見つめ直した自分の人生の目的を明文化し社内で共有する施策です。

 その一環として2019年、全従業員対象の「Future Fit Plan(FFP)」が行われています。FFPは、「パーパス・ワークショップ」で明文化したパーパスに加えて、リーダーシップの強み、開発向上させたいスキル、自分のウェルビーイングの状態などについて上司との対話を通じて、業務目標や能力開発目標、キャリアプランに結び付けます。

 自分と会社のパーパスが結びつくことで、働く意味や意義がよりはっきりと理解できるようになります。こうして社員が何を考え、何を目指しているのかを理解することによって、会社としての支援方法も具体化されていくことになります。

■ サステナブルオペレーション・リライアブルサービスの実現

 人事部門の大きな役割のひとつに、従業員が余計なことに煩わされることなく、会社と個人の成長およびパーパスの実現に集中できる環境を整備することがあります。そのために同社人事部門では「サステナブルオペレーション・リライアブルサービス(持続可能なオペレーション、頼りがいのあるサービス)」を目指しているとのことです。

 その根幹にあるのが、ユニリーバのフィードバックの文化です。同社のフィードバックは“双方向”という点にユニークさがあります。例えば、会社からの従業員への方針の発表や新制度の導入などがあれば、従業員はフィードバックする機会が設けられます。また、上司からメンバーへのフィードバックは必要の都度行われますし、メンバーが自分から上司にフィードバックを求めることも多いそうです。

 こうしたフィードバックカルチャーを背景として、人事部門がEXに関する従業員調査を実施するときなど、IT部門をはじめとした各部門と連携し、データの収集や分析をシステマティックに行う仕組みが整備されています。

 例えば、従業員の声の収集では人事部門が持つHR情報やエンゲージメントサーベイの結果などが使われますが、これらはIT部門や各事業部門などの協力により蓄積されたものです。2023年には従業員からの問い合わせメールをテキストマイニングにかけて課題抽出をする試みも始まっていますが、これもテクノロジーを活用したものです。

 このように、フィードバックに関する施策をはじめ、従業員の働きやすさにつながる取り組みをいち早く運用していくためにHRテックもどんどん先鋭化させています。

 従業員の働きやすさに向けた今後の取り組みについて、人事に関わる登野城氏は「これからの人事にはHR テクノロジーが切っても切り離せなくなると考えています。

 デジタル化の推進を通してデータ分析の精度向上に尽力し、その結果を反映した施策の立案と実施に取り組んでいきます。同時に、働きやすい環境を整備するための制度を拡充することも必要です。その両輪をバランス良く回していくことで、従業員ひいては会社の発展に寄与していきたい」との方針を示しています。

●取材協力
登野城昌和氏(ユニリーバ・ジャパン株式会社People Experience & Operations Manager)

<連載ラインアップ>
第1回 高報酬だから人材が集まるわけではない、「ヒト」の資本価値を見極める難しさとは?
第2回 社員誰もが会社に対し自由に声を上げられる、メルカリの独自施策「オープンドア」とは?
第3回 社員が異動希望先に“応募”する、パーソルグループの「キャリアチャレンジ」が組織を強くする理由
■第4回 コロナ禍前から場所や時間に縛られない働き方を実践、ユニリーバ・ジャパンが目指すEXとは?(本稿) 
第5回 社会のDXを支援する富士通は、なぜ全社DX「フジトラ」において従業員とカルチャーの変革を重視するのか
■第6回 全社員の声で組織を動かす、富士通の「VOICEプログラム」が変えた従業員の働き方とは?(10月8日公開)

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