社員が異動希望先に“応募”する、パーソルグループの「キャリアチャレンジ」が組織を強くする理由

写真提供:日刊工業新聞/共同通信イメージズ

 近年、人的資本経営の考え方が浸透してきているように、各企業において、「ヒト」という資本に対する価値が見直され始めている。企業価値向上にもつながる従業員エクスペリエンス(EX: Employee Experience)とは何か。本連載では『EX従業員エクスペリエンス 会社への求心力を強くする人事戦略』(加藤守和・土橋 隼人著/日本能率協会マネジメントセンター)から、内容の一部を抜粋・再編集。企業経営においてEXを高めていくことの必要性を考える。

 第3回は、人材派遣サービスや転職サービスなどを展開するパーソルグループが、自社で実践しているデータドリブンな人事施策に着目。エンゲージメントの高い組織づくりにつながるキャリア形成施策などを紹介する。

<連載ラインアップ>
第1回 高報酬だから人材が集まるわけではない、「ヒト」の資本価値を見極める難しさとは?
第2回 社員誰もが会社に対し自由に声を上げられる、メルカリの独自施策「オープンドア」とは?
■第3回 社員が異動希望先に“応募”する、パーソルグループの「キャリアチャレンジ」が組織を強くする理由(本稿) 
第4回 コロナ禍前から場所や時間に縛られない働き方を実践、ユニリーバ・ジャパンが目指すEXとは?
第5回 社会のDXを支援する富士通は、なぜ全社DX「フジトラ」において従業員とカルチャーの変革を重視するのか
■第6回 全社員の声で組織を動かす、富士通の「VOICEプログラム」が変えた従業員の働き方とは?(10月8日公開)

※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。

<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

はたらくことの喜びを生み出す仕組み
パーソルグループ

EX従業員エクスペリエンス』(日本能率協会マネジメントセンター)

■ グループビジョン「はたらいて、笑おう。」

 パーソルグループは、人材派遣サービス、転職サービス、BPOや設計・開発など、人と組織にかかわる多様な事業を展開し、多くのサービスラインナップによって1人ひとりの「はたらく」をサポートしています。近年ではアジア・パシフィック地域におけるサービス拡大に取り組み、グループ全体で710拠点(2024年2月時点国内:523 海外:187)、従業員数は6万6944名(2023年3月31日時点)にのぼります。

 社名の「パーソル(PERSOL)」は、“人”の成長を通じて(PERSON)社会の課題を“解決”する(SOLUTION)ことを標榜する造語です。人は仕事を通じて成長し、社会の課題を解決していく。だからこそ、はたらく人の成長を支援し、輝く未来を目指したいという想いが込められています。

 それを実践するために「はたらいて、笑おう。」をグループビジョンに据え、「はたらく個人」に目を向け、その多様な価値観を尊重し、「自分の“はたらく”は自分で決める」ことで「すべての“はたらく”が、笑顔につながる」社会の実現を目指しています。これにより、はたらく人の輝きや可能性を尊重する姿勢をグループ全体に浸透させています。

「はたらく個人」には、自社ではたらく社員と派遣スタッフも含まれます。2016年に策定されたグループ共通人事ポリシー「Advanced HR Showcase」には、「はたらく個人」を重視する企業だからこそ、自社の社員1人ひとりにも先進的な人材マネジメントを提供したいという想いが反映されています。

 業界の先駆者として自社の顧客にも紹介できるような誠実で科学的な人事を目指し、先進的・実験的な取り組みが行われています。

 同社人事部山崎涼子氏によると、人事部門では「Advanced HR Showcase」のもと、派遣スタッフを含む多様な人材が“はたらくWellbeing”を体現し、価値創造を推進する組織を目指していくためのさまざまな施策が展開されているとのこと。

 そのうちの「エンゲージメント向上の仕組み」「キャリアオーナーシップ」「管理職のタレントマネジメント」の3点についての具体的な取り組みは次のとおりです。

■ エンゲージメントサーベイを中心としたデータドリブンな施策検討

 パーソルグループでは、エンゲージメントや“はたらくWell-being”を高めるために、「健康ではたらく」「関係性」「自律性」「自己効力感」「グループビジョンへの共感」という5つのキードライバーを設定しています。そしてこれらの状態を測定するためのエンゲージメントサーベイを年1回実施しているとのことです。

 5つのキードライバーは当初、パーソルグループが大切にする人事に関する要素と、エンゲージメントに関する一般的な理論などを参考にしながら定義された仮説でした。

 そして、サーベイの実施とその検証を繰り返しながらエンゲージメントとの関係性を分析していったそうです。サーベイ結果のレポートでは各設問のスコアを報告するだけでなく、「はたらいて、笑おう。」指標と5つのキードライバーの関係性を分析しています。

 毎年、サーベイ結果を踏まえて、経営陣、人事、現場のそれぞれがエンゲージメント向上のための具体的なアクションを策定・実行しています。グループの重要な人事事項を議論する人事委員会では、担当役員自らが管掌組織の具体的なアクションプランを提示し、議論を深めるなどグループ全体でPDCAサイクルを回しています。

「経営と方針や施策を議論する際にデータはよりどころとなるため、人事は社員に関するデータに最も詳しい存在であるべき」(山崎氏)としています。

■ キャリアオーナーシップの醸成と社内労働市場の活性化

 パーソルグループでは、「キャリアオーナーシップ」の考え方を重視しています。「キャリアオーナーシップ」とは、社員1人ひとりが主体的にキャリアを形成する意向と行動のことです。同社ではこの考え方に基づき、社員が自身のキャリアについて考える機会(=意向の醸成)とキャリアの選択肢(=行動の支援)それぞれの施策を豊富に用意しています。

 なかでも特徴的な取り組みが、「キャリアチャレンジ」です。これはグループ横断の公募型異動制度で、所属会社や職種の枠を超えてグループ内のオープンポジションに応募でき、選考に合格すれば転籍が実現します。2017年の開始後その数は年々増加しており、2023年は111名が異動を果たしています。

 制度導入当初、現場からは「異動が増えると組織運営が立ちいかなくなる」と懸念する声が上がりました。しかし運用を始めてみると、異動希望先は思っていた以上に多岐にわたり、うまくバランスが取れていたのです。数年間のモニタリングの結果、特段の懸念はないということで同制度は定着しています。

 そして、異動などにより人材が抜けることはどの組織にも起こり得ることであり、むしろ人材を自チームに惹きつけるにはエンゲージメントの高い組織づくりが必要とする考え方が浸透してきているそうです。旧来型のジョブローテーションといった組織運営上必要な仕組みを残しつつも、社員の異動希望にポジティブに応えていく姿勢は今後も重視していくとのことです。

 これ以外にも、社員にキャリアデザインの機会を提供する公募型研修制度「Smyle(スマイル)」、グループ内の別部署の仕事が体験できる月最大8時間×3カ月の社内インターン「ジョブトライアル」、社内システムに登録されている社員の経歴や異動意向をもとにグループ内の募集部署が直接社員をスカウトする「キャリアスカウト制度」など、社員の多様なニーズに応える仕組みが用意されています。

 また、施策の効率や効果を高めるためのシステムも独自に構築されています。研修のワークシート登録や「キャリアチャレンジ」のエントリーなどキャリアに関連する情報を同一システムに集約することで、社員の1人ひとりの意向を尊重したキャリア開発がスムーズに実現できる仕組みが構築されています。

 そして、このシステムは人事部の業務の効率性にも寄与しています。施策を充実させつつ、人事部門の業務が逼迫しないようシステムを活用することで業務の効率化を実現し、以降、人事部門のエクスペリエンス向上も図っているとのことです。

■ 管理職育成・タレントマネジメント:管理職を「最高のリーダー」に

 同社では、管理職をエンゲージメントや顧客満足度を高めるためのキーパーソンとして捉え、次世代経営人材の育成と全管理職の「最高のリーダー」化を目的とするプログラムを推進しています。

「最高のリーダー」とは、「成果を最大化し、力強くビジネスを開拓しながらも、組織のエンゲージメントを高める」リーダーを想定しています。現場の状況に応じて適切にリーダーシップを使い分けることができる「最高のリーダー」に求められる能力開発の機会として、階層別のプログラムが設計されています。

 まず、グループ横断の新任管理者研修として、マネジメント業務に必要な知識やスキル、マインドを学ぶ1年間の合同プログラムを実施しています。新任管理者研修は3段階で行われることになります。マネジメント着任時の「スタートアップ研修」では日常的に必要なマネジメントの知識・スキル・考え方について学びます。

 半年後の「フォローアップ研修」では半年間の振り返りと目指すべき管理者像を具体化します。そして1年後の「ステップアップ研修」では部下のキャリアデザインに必要なトレーニングや360度サーベイによる自らの行動の振り返りなどを行います。社内で重要度が高いとするこの研修には、CEOやCHROも登壇します。

 課長層以上には、チームの関係性を強くするリーダーを育成する「チームパフォーマンスプログラム」や、次世代経営人材としての視座を養う選抜型研修「未来義塾」などの機会が提供されています。

「チームパフォーマンスプログラム」は、チームの心理的安全性を高め、自律性を引き出すことを目的とするアクションラーニング型の研修です。

 主な対象者は組織開発をリードする課長層で、社内の組織開発ファシリテーターがマネジメント業務について実践的な支援を行います。チーム単位での参加が条件であり、各チームは6カ月にわたりリフレクションやチームメンバー同士の対話を通じた組織開発に取り組みます。

 半期に数チームの参加ですが、2030年をめどに全管理職の受講が完了することを目標にしています。

未来義塾」は、課長から部長層を対象に組織のエンゲージメントを高めるマネジメントの要諦や、社会課題解決に向けたリーダーシップを学習するためのプログラムです。

 また「未来義塾」のほかに、経営幹部としての考え方や人間関係の構築を目的とした「未来志塾」があります。「未来志塾」はリベラルアーツとリーダーシップをテーマに、グループの経営や外部環境の課題などについてディスカッションするアクティブラーニング形式の研修です。

 講師からの問いかけや参加者同士が対話を行いながら、日常的に取り組んでいるビジネスとは異なる分野に対する思考のトレーニングを行っています。

■ 施策推進の秘訣

 これらの施策は人事部門と現場の連携により実行力が発揮されるものです。パーソルグループには、グループ横断の人事施策を担う「グループ人事」、各SBU(Strategic Business Unit)とFU(Functional Unit)の人事施策を担う「SBU/FU人事」、グループ各社ごとに設置されている「各社人事」の3つの人事部門があります。

 このうち、グループ人事とSBU/ FU人事の上級管理職が月に1度集まり、グループ横断の人事の課題や施策などを討議する会合が行われています。ここでの決定事項は速やかに現場に展開されます。

 その際に重視することは、「新たな制度の導入などの場合、リスクや懸念点を洗い出し、曖昧な部分を残さないように努めています。どのような狙いにもとづく制度なのか、社員に何を提供したいのかという根幹の部分から経営も含めてしっかりすり合わせ、やり切る覚悟をもって進めていくことが重要だと考えています」(山崎氏)とのことです。

 パーソルグループでは人と組織を大切にする「パーソルグループらしい施策」を社員目線で各所に展開することで、会社と社員の対等な関係の構築に努めています。そのため、リーダーたちは社員に選ばれる組織をつくらねばならないという使命感のもと、エンゲージメントやウェルビーイングを高め合う環境づくりに注力しています。

 この活動を根底から支えるのが、グループビジョン「はたらいて、笑おう。」です。はたらくことの喜びや楽しさを生み出す仕組みを会社として企画し、推進していく。それを社員が自分ごととして受け入れ、より社員にとって働きやすい環境づくりに結びつく施策を展開する。この循環が、より充実した従業員体験につながっていくのかもしれません。

●取材協力
山崎涼子氏(パーソルホールディングス株式会社 グループ人事本部 人事企画部 部長)

<連載ラインアップ>
第1回 高報酬だから人材が集まるわけではない、「ヒト」の資本価値を見極める難しさとは?
第2回 社員誰もが会社に対し自由に声を上げられる、メルカリの独自施策「オープンドア」とは?
■第3回 社員が異動希望先に“応募”する、パーソルグループの「キャリアチャレンジ」が組織を強くする理由(本稿) 
第4回 コロナ禍前から場所や時間に縛られない働き方を実践、ユニリーバ・ジャパンが目指すEXとは?
第5回 社会のDXを支援する富士通は、なぜ全社DX「フジトラ」において従業員とカルチャーの変革を重視するのか
■第6回 全社員の声で組織を動かす、富士通の「VOICEプログラム」が変えた従業員の働き方とは?(10月8日公開)

※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。

<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

ジャンルで探す