なんとなくオンライン販売を開始、そこそこ成功した企業がよくぶつかってしまう「課題」とは?

Gorodenkoff - stock.adobe.com

10年後に勝ち残るEC戦略』(プチ・レトル)

 BtoCはもちろん、BtoBにおいてもEC(電子商取引)が当たり前となり、流通や小売を介さない「DtoC(Direct to Consumer)」メーカーの台頭も著しい現在。もはや「EC化」なくして将来を展望することはできない。一方で、会社の仕組みや商習慣、企業文化といった要因により、EC化できていない企業もいまだに多数存在する。本連載では、元アマゾンジャパン創業メンバーの林部健二氏が現実的な視点からEC構築のポイントを説いた『10年後に勝ち残るEC戦略』(林部健二著/プチ・レトル発行)から、内容の一部を抜粋・再編集。

 第5回は、自社直販サイト運用後に直面する課題と解決法について、家電メーカーの事例を基に紹介する。

<連載ラインアップ>
第1回 『SPY×FAMILY』が大ヒット、集英社の電子コミックサービス「少年ジャンプ+」は、なぜ人気なのか?
第2回 クラリオン、日立マクセル…日立製作所はなぜ黒字の優良企業・事業を売却したのか?
第3回 メルカリはなぜ「アマゾン一強時代」に終止符を打つことができたのか?
第4回 BtoBのEC市場で、イオンなどの大企業が導入している「EDI取引」とは?
■第5回 なんとなくオンライン販売を開始、そこそこ成功した企業がよくぶつかってしまう「課題」とは?(本稿)
第6回 1億円かかるECのシステム開発…予算はどこから・どう捻出すべきか?

※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。

<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

家電メーカーC社の課題と解決策

【背景】
 企業向けと一般向けの販売を行っている家電メーカーC社。もともとは製造に特化し、小売店を通した販売を行っていた。2000年代初頭、楽天が台頭しはじめるとオンラインモールを通じてECを開始。その流れで自社オンラインサイトを作成し、ダイレクト販売も始めた。  特に大きな施策を打たずとも、オンラインでの売上が右肩上がりで増加している現状から、今後も総売上に占める比率が拡大していくと予想。ダイレクトECに力を入れていきたいが、今後どのようにECを管理し、戦略を立てていくべきかを見出せずにいる。

 このような経緯で、なんとなくダイレクトECを始めたメーカーは非常に多く見受けられます。そして、もともと少ない予算でスタートしたオンライン販売が少しずつ伸びてきて、気づけば10億円くらいの売上になっていたとか、全売上の1割を超えるようになってきたという話をよく聞きます。

 さて、C社のように「なんとなくやってきた」オンライン販売が、無視できないサイズ感になってきたとき、企業は次のような課題にぶつかります。

  • そもそもオンライン販売に関する全体像が把握できていない。
  •  将来を考えてECサイトを構築してこなかったので、仕組みが増築・改築のくり返しになっている。

 その都度、少ない予算で単発の施策を重ねてきたメーカーが多いので、「成長分野に投資しよう」と思っても、実態をつかめないのが現状です。

 C社も同様の課題を持っていました。現在のC社の主な販売チャネルは次の3つです。

① 卸や代理店を通した流通販売

② コールセンターなどでのダイレクト販売

③ ECによる販売(アマゾンなど既存のモール型ECでの販売と、自社サイトによるダイレクト販売)

 現在一番売上が大きいのは、①の流通販売で、③のEC販売は全体の売上の1割ほどです。しかし、EC販売は特別な施策をせずとも売上がどんどん増えているので、今後も売上に占める割合が増えていくと予想されます。このダイレクトECにもっと力を入れたいとのことで、コンサルティングすることになりました。

 C社の現状をヒアリングすると、ビジネス面に関する課題とバリューチェーンにおける課題に大きく分けられました。

● ビジネス面での課題

  • 流通販売とEC販売の利益相反
  • オンラインビジネス運営におけるリソース不足
  • オンライン事業の方向性や目標が定まっていない
  • システムインフラの制約があり、老朽化も進んでいる

● バリューチェーンの課題

  • オンライン集客施策に限界がきている
  • システムの老朽化や陳腐化における、買い物途中での顧客離脱
  • 販促や顧客との関係構築活動に手が回っていない

 このように課題がいくつもある場合は、取り組むべき課題について、選択と集中をする必要があります。今回ダイレクトECを進めるにあたっては、まず「流通販売とEC販売の利益相反」に焦点を当てて戦略を練ることから始めました。

【課題】既存パートナーとの間に軋轢(あつれき)が生じてしまう

 EC部門の立ち上げやECに注力しようというときには、ECでの売上が既存の流通チャネルの売上を奪うことにならないか、について考えなければなりません。利益相反することになると、これまで多くの売上を立ててくれていた卸や代理店などの協力パートナーとの間に軋轢が生じてしまいます。

 たとえばC社の例でいうと、BtoB向けに販売している業務用掃除機があります。これは、ほとんどを卸や代理店を通して販売している状況です。

 そこで、ECのダイレクト販売を強化するにあたり、業務用掃除機を主力製品として、自社ECサイトで積極的に販売するとどうなるでしょうか。デジタル志向の顧客は一定数ECサイトに流入してくるので、卸や代理店での同製品の売上が落ちます。これまでC社の売上を立ててくれた卸や代理店を傷つけることになってしまうのです。

 きちんと戦略を立てたうえで、「自分たちは、自社ECサイトでのダイレクト販売路線に完全に切り替える」というのであれば、それでも構いません。本書でも、特にBtoC企業については、この路線を目指すことを推奨してきました。

 しかしBtoBの場合、製品や顧客層によっては既存の流通チャネルが最も重要で、これからもその販売ルートに頼ったほうがよいケースも多いです。その際には、既存のパートナーとの関係を大切にし、お互い売上を伸ばしていくために協力姿勢をとることが必要です。

【解決策】

 C社は、流通販売と競合しない分野のダイレクト販売を強化することにしました。具体的には、個人向け家電の消耗品やバッテリー、オプションパーツなどの販売が考えられます。なかでも、定期的に交換が必要な掃除機の紙パックやフィルターのような商品は、自社ECサイトでサブスクリプション(定期購入サービス)を開始することで、顧客を固定会員化できて利益率を高めることができます。

 ほかにも、既存パートナーとの摩擦を避けつつできる、メーカーならではのマーケティング戦略には次のような方法があげられます。

 1つ目は、CMや広告の活用です。これは、最もわかりやすくて直接的な方法でしょう。テレビCMやオンライン広告によって商品の認知度が上がれば、小売店での売上増加につながります。

 オンラインの場合は、自社ウェブサイトで商品をどんどん紹介して、モールの販売サイトのリンクに飛ばしてあげるという方法もあります。また、自社ウェブサイト上に「あなたの家の近くで購入できる店舗」といった検索機能を設けて、店舗に誘導するやり方もよいでしょう。

 2つ目は、限定のオリジナル商品やサービスの提供です。「オンライン限定商品」というのを最近よく見かけるようになりました。店舗での販売を奪うことなく、独自の販路を確保できる方法です。

 また、掃除機で有名なダイソンでは、修理サービスの電話対応時に、メーカー直販ならではの特別割引を提供し、これによって顧客との直接取引を促進するという方法をとっています。

 なんとなくダイレクトECを始めてここまでやってきた企業にとっては、今が過渡期かもしれません。「これまでもダイレクト販売には、さほど予算をかけてこなかったのだから、このままでいいだろう」と思うか、「これほど伸び幅があるということは、投資をしたら今後のビジネスの主軸になるのでは」と考えられるかが、大きな分かれ道です。

 EC市場は、現在でも毎年5%ほど成長しています。現在の日本企業で、ここまでの割合で成長している部門はほとんどないはずです。なるべく早い段階で、自社のEC戦略を明確にし、今後10年を見据えたシステムやウェブサイトの再構築に手をつけましょう。

<連載ラインアップ>
第1回 『SPY×FAMILY』が大ヒット、集英社の電子コミックサービス「少年ジャンプ+」は、なぜ人気なのか?
第2回 クラリオン、日立マクセル…日立製作所はなぜ黒字の優良企業・事業を売却したのか?
第3回 メルカリはなぜ「アマゾン一強時代」に終止符を打つことができたのか?
第4回 BtoBのEC市場で、イオンなどの大企業が導入している「EDI取引」とは?
■第5回 なんとなくオンライン販売を開始、そこそこ成功した企業がよくぶつかってしまう「課題」とは?(本稿)
第6回 1億円かかるECのシステム開発…予算はどこから・どう捻出すべきか?

※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。

<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

ジャンルで探す