リアルとデジタルが融合、新生「渋谷PARCO」が目指したセレンディピティセンターとは?

写真提供:共同通信社

 複数の販売チャネルを統合し、シームレスなショッピング体験を提供する「オムニチャネル」。各チャネルで収集されたデータに基づき、顧客に最適化した購買体験を提供するマーケティング戦略として注目されている。本連載では、オムニチャネルを実践する国内企業8社の事例を解説した『ケースブック オムニチャネルと顧客戦略の現在』(近藤公彦、中見真也編著/千倉書房)から、内容の一部を抜粋・再編集。都市型ショッピングセンター(SC)のパイオニアであるパルコの施策を取り上げる。

 第4回は、旗艦店・渋谷PARCOリニューアルの狙いと、オムニチャネルを支えるバックヤードシステムについて解説する。

<連載ラインアップ>
第1回 ECサイト「PARCO-CITY」の開設で幕開け、パルコなぜオムニチャネルを目指したのか?
第2回 Webサービス「カエルパルコ」は、なぜ実店舗とECのカニバリゼーションを防げたのか?
第3回 5つの機能「CCWCS」を搭載、公式アプリ「POCKET PARCO」導入の目的と成果とは?
■第4回 リアルとデジタルが融合、新生「渋谷PARCO」が目指したセレンディピティセンターとは?(本稿)
第5回 顧客視点でデータをどう活用? パルコが構築したデータ&インフラマネジメント「DAPCサイクル」とは

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新生 渋谷PARCO

 2017年に打ち出されたデジタルショッピングセンタープラットフォームに向けた種々の試みは、「リアルとデジタルが融合した次世代型商業施設」をコンセプトに2019年11月、リニューアルオープンした渋谷PARCOに結実する。

 渋谷PARCOは、実店舗とEC、そして顧客、テナント、パルコを繋ぐPOCKET PARCOがデジタルを通じて三位一体となって顧客に「優れた購買体験を提供する場」として位置づけられる15

 これまでの渋谷PARCOが強みとしていたファッション、アート&カルチャー、エンタテインメントに加えて、食とテクノロジーという新たなテーマが追加された。

 パルコは、「新生渋谷PARCOの革新」として、次の6つを挙げている。

  • 感性で消費をするターゲット設定
  • ニーズを創造するアイテム構成
  • テクノロジーを用いた新たな購買体験
  • お客様にダイレクトに響く宣伝手法
  • 社会テーマへの取り組み
  • 装置充実による話題性・集客力

 デジタルショッピングセンタープラットフォームとして位置づけられる渋谷PARCOであるが、その本質はデジタルをツール(手段)として駆使しながら、パルコがセレンディピティセンター(Serendipity Center)と表現する「偶然の出会いによる幸福感を提供する場」という。林氏は次のように述べている。

これからのSCは、ファション、アート&カルチャー、エンターテインメント、食、テクノロジーといった様々な要素についてリアルとバーチャルを組み合わせることで、セレンディピティを提供していく。セレンディピティセンターと呼ばれる、例えばそういった出会いや感動をすでに実現されているディズニーランドのような場にしたいと思っています16

 林氏は、ショッピングセンターにおける購買行動を計画購買と非計画購買に分けて説明する17。事前に買うものを決めている計画購買では、いつでも、どこでも簡単に欲しい商品を検索し、注文できるECの方が便利である。これに対してPARCOのような実店舗での購買は、ECとは異なり、欲しいものが事前にはっきりとは決まっていない非計画購買が中心である。

 この非計画購買を考える上で重要なのが、店舗での商品探索時間である。欲しい商品にたどり着くまでの時間が長いと、顧客は離脱してしまう。

 そこで、これまで取り上げてきたようなデジタル技術を用いて種々の商品情報を顧客に提供することで探索時間を短縮するとともに、PARCO店内での偶発的な商品との出会い、すなわちセレンディピティが生まれる機会をつくり出す。

 前述のPOCKET PARCOのウォーキング機能は、PARCO内での回遊をうながし、セレンディピティを誘発する有効な手段である。

15 パルコのオムニチャネルの取り組みが結実した渋谷PARCOは、コロナ禍の乗り切りにも大きな役割を果たしている。2020年4月の緊急事態宣言発出にともない、リニューアルオープン直後の渋谷PARCOも休業を余儀なくされたが、同店では「渋谷PARCO通販はじめました」と銘打った企画を行い、「ステイホーム」の要請のなか、PARCO ONLINE STOREの仕組みを活用してテナント経由で商品販売を強化したり、テナント各社がオンライン接客を始めたり、Instagram、LINE、Zoomなどのデジタルツールを使い、顧客とのコミュニケーションを絶やさない工夫がなされた。また、2020年9月から12月にかけては、オンライン接客によるライブコマース企画「パルコオンライン商店街」を開催し、テナント店頭からライブ配信を行うことで、テナントと顧客を繋ぐウィズ・コロナ時代に向けた新たな買い物の形を提供した(SC JAPAN TODAY(2020)、「座談会 デジタルトランスフォーメーション委員会の意義と役割、SCが取り組むべきDXの方向性とは」『SC JAPAN TODAY』2020年11月号、12-15ページ)。

16 TECHPLAY、「三越伊勢丹・良品計画・パルコ・アダストリアの事例を大公開—小売企業が取り組むプロダクト開発・改善の舞台裏とは?」、2021年6月30日。(https://techplay.jp/column/1505)

17 ビジネス+IT、「林直孝氏に聞く “パルコ流”デジタル戦略―『思わぬ出会い』波動生み出す?」、2018年11月12日。(https://www.sbbit.jp/article/sp/35562#continue_reading)

 新生渋谷PARCOには、最先端のデジタル技術を駆使したさまざまな仕掛けが施された。ここでとくに注目するのは、オムニチャネルショップ「PARCO CUBE」と電子レシートである。

 PARCO CUBEは渋谷PARCO5階に設けられた。ここに出店するテナントの売り場面積は平均の約半分30㎡であり、このため店頭在庫は戦略商品や限定商品に絞り込まれている。

 その他の商品については、フロア中央部に設置されたPARCO CUBEやテナント店頭のサイネージからPARCO ONLINE STOREを通じて検索・購入ができ、またスマホと連動させれば、商品情報をスマホに転送し、気に入れば購入することができる。

 これまでのPARCO ONLINE STOREではテナントの店舗在庫から販売してきたが、PARCO CUBEではテナントのECとPARCO ONLINE STOREの商品データを連携させ、テナントEC在庫をパルコECにより販売する。

 渋谷PARCOではまた、顧客の購買データを捕捉するための新たな取り組みが開始された。一部の店舗でPOCKET PARCOユーザー向けに試験的に導入された電子レシートである。

 これまでの顧客データの収集・分析から、PARCO店内の顧客行動を捉えるのに重要なのは、顧客が「いつ、どこで、何を購入したか」という購買データであることがわかっていたが、このデータはテナントが管理しており、パルコは「いつ、どこで」までしか把握することができなかった。

 そこでパルコが注目したのが、電子レシートである。POCKET PARCOユーザーは、電子レシートに表示されるバーコードをレジでスキャンすれば、購入商品のレシートがアプリ内で確認でき、また買い物金額を集計することもできる。一方、パルコは電子レシートにより「何を購入したか」がわかる購買データを収集・分析することが可能になった。

 この分析にはAIが活用され、テナントごとの顧客の購買特性だけでなく、パルコ全体での特性を明らかにすることができる。これにより、来店前・来店中・来店後という一連のカスタマージャーニーにわたって、最適なタイミングで、個客レベルでニーズに適合した商品、テナント、コンテンツなどの情報を発信する基盤が整備されたことになった18

 電子レシートは大いに期待された仕組みであったが、この試験的導入はその後、中止を余儀なくされる。電子レシートは、テナントの販売情報を吸い上げる仕組みであり、テナントからみれば販売を「丸裸」にされることになる。

 そうしたデータの提供に協力するテナントは十分に集まらなかったのである。このことは、「館」としてのパルコとテナント間のデータ共有の難しさを物語っている。

18 林直孝、「データ活用の取り組みに『失敗』はない パルコの執行役員、林直孝氏に聞く、「データドリブンなサービス開発」の舞台裏」、データの時間、2020年7月1日。(https://data.wingarc.com/parco-hayashi-26909)PRITIMES、「パルコがデジタルで描く商業施設の未来!渋谷PARCOで取り組むデジタル施策 唯一無二の次世代型商業施設 渋谷PARCO 11月22日(金)グランドオープン!」、2019年11月1日。(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001135.000003639.html)

オムニチャネルを支えるバックヤードシステム

 オムニチャネルを成功裏に遂行するためには、その戦略を支える優れたバックヤードシステムの構築が不可欠である(近藤・中見, 2019)。ここでは、パルコのオムニチャネルを支えるバックヤードシステムについて、とくに重要なデータ統合と成果指標、ならびにオムニチャネル組織を取り上げる。

■ データ統合と成果指標

 2022年11月、 パルコはPARCOポイント、POCKET PARCO、そしてPARCO ONLINE STOREを発展的にリニューアルしたONLINE PARCOの顧客IDを一元化した会員Webサービス「PARCOメンバーズ」をリリースした19

 PARCO メンバーズの導入により、PARCOの店舗とONLINE PARCOのECとの間でシームレスな購買・利用体験を提供するとともに、PARCOポイント、店舗でQRコード決済として導入していたポケパル払いサービスとの共通利用が可能となった。

 PARCOメンバーズを通じて、パルコは顧客の購買データ、行動データを統合し、顧客を多面的に分析することができる。パルコはこの分析に基づいて、個客レベルでニーズに則した商品・サービスの提供やコミュニケーションの最適化をはかり、顧客ロイヤルティを醸成し、LTV(生涯顧客価値)の向上を目指していく方針である。

 さまざまなデジタル技術の導入によって、パルコは個客レベルの購買行動を捕捉できるようになった。これに伴って、その成果も「個客別売上げ」と「テナント別売上げ」という2つの指標から評価することが可能となった。

 パルコでは、個客別売上げは個客満足の総和であり、テナント別売上げは個客満足を生み出す接客の総和と捉えられる。テナントでの優れた接客により個客満足が上がり、その結果が購買につながる。パルコはそうした個客満足の総和を「館」として最大化することを成果目標においているのである。

 パルコはまた、「館」として個客満足の程度を測る指標として、次の2つを設定している。1つは「顧客維持率」、すなわち継続してPARCOで購買する顧客の比率である。パルコでは、LTV向上の観点から、1回の購買金額が大きい顧客よりも、長期間にわたってPARCOで買い物をする顧客を重視している。

 もう1つは「買い回り率」、すなわちPARCO店内の複数のテナントで買い物をした顧客の比率であり、複数のテナントを利用した顧客の方が継続して来店する可能性が高くなる。顧客・購買データの分析からは、特定のテナントでしか買い物しなかった顧客の維持率が34.5%であるのに対し、他店でも買い物をした顧客の維持率は65.5%と、31ポイントの差があることが明らかになっている20

19 正確には、ONLINE PARCOの2022年11月のリリースはプレオープンであり、グランドオープンは翌2023年3月となる。このグランドオープンまでの約4カ月間、PARCO ONLINE STOREは会員のスムーズな移行を図るため、ONLINE PARCOと平行して開設されていた。ONLINE PARCOでは、表示スピードや検索効率の向上などの基本機能の改善に加え、決済手段の多様化や、越境ECの強化などが大幅な刷新が行われた。

20 BiND CAMP、「パルコのDX戦略に見るリアル店舗に求められるデジタル化」、2020年4月2日。(https://bindup.jp/camp/marketing/26424)

<連載ラインアップ>
第1回 ECサイト「PARCO-CITY」の開設で幕開け、パルコなぜオムニチャネルを目指したのか?
第2回 Webサービス「カエルパルコ」は、なぜ実店舗とECのカニバリゼーションを防げたのか?
第3回 5つの機能「CCWCS」を搭載、公式アプリ「POCKET PARCO」導入の目的と成果とは?
■第4回 リアルとデジタルが融合、新生「渋谷PARCO」が目指したセレンディピティ・センターとは?(本稿)
第5回 顧客視点でデータをどう活用? パルコが構築したデータ&インフラマネジメント「DAPCサイクル」とは

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