Webサービス「カエルパルコ」は、なぜ実店舗とECのカニバリゼーションを防げたのか?

写真提供:共同通信社

 複数の販売チャネルを統合し、シームレスなショッピング体験を提供する「オムニチャネル」。各チャネルで収集されたデータに基づき、顧客に最適化した購買体験を提供するマーケティング戦略として注目されている。本連載では、オムニチャネルを実践する国内企業8社の事例を解説した『ケースブック オムニチャネルと顧客戦略の現在』(近藤公彦、中見真也編著/千倉書房)から、内容の一部を抜粋・再編集。都市型ショッピングセンター(SC)のパイオニアであるパルコの施策を取り上げる。

 第2回は、2013年に始まったパルコのデジタル改革の進展をたどる。

<連載ラインアップ>
第1回 ECサイト「PARCO-CITY」の開設で幕開け、パルコなぜオムニチャネルを目指したのか?
■第2回 Webサービス「カエルパルコ」は、なぜ実店舗とECのカニバリゼーションを防げたのか?(本稿)
第3回 5つの機能「CCWCS」を搭載、公式アプリ「POCKET PARCO」導入の目的と成果とは?
第4回 リアルとデジタルが融合、新生「渋谷PARCO」が目指したセレンディピティセンターとは?
第5回 顧客視点でデータをどう活用? パルコが構築したデータ&インフラマネジメント「DAPCサイクル」とは

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 2013年は、パルコのデジタル改革の嚆矢となる画期的な年となる。この時期、テナントが顧客に向けて商品・ブランドの情報を発信する手段として、ブログが一般的になってきていた。

 WEBコミュニケーション部は、そうした情報発信のプラットフォームをパルコが用意することで、ブログ上でのオンライン接客が成立し、結果としてテナントの売上げと顧客満足の向上につながるのではないか、という仮説を立てた。

 この仮説のもと2013年、約3000のテナントの情報や商品の特徴、アイテム写真などを掲載した「パルコショップブログ」を全国19(当時)のPARCOのウェブサイトに展開した。同時に、PARCOの店舗ごとにTwitter(現X)、Facebook、LINE、Google+の4つのSNSアカウントの運用を開始し(その後、Instagramが加わる)、PARCOのウェブサイトだけではなく、顧客のSNSにタッチポイントを拡大した。林氏は、このパルコショップブログの実装によって、PARCOの接客と顧客の買い物体験が変わったという。

 店員さんは、お客さまが「ブログを見てきました」と言った瞬間に、「商品を買いたい」という意思が強いことが分かるので、その商品についてしっかり説明するところから接客を始められるんです。これによって「接客の質が変わった」という声は多かったですね。ブログの実装は、来店してくださる方を増やすだけでなく、買上率の向上につながる取り組みにもなりました2

 パルコは2013年春から秋にかけて、全国のPARCO店舗のウェブサイトを順次リニューアルし、これに合わせて、「PARCO SHOW WINDOW」というオンラインサービスを導入した。ここにはパルコのECサイトPARCOCITYとテナントの自社ECの商品情報の一部が掲載されており、より詳細な情報が欲しい場合には、PARCO-CITYやテナントのECサイトに飛べるようにリンクが張られている。

 また、このサービスを通じて顧客が実際にECで購入に至った場合には、パルコにアフィリエイト収入が入る仕組みとなっている。ショッピングセンターが運営するウェブサイトからテナントのECサイトに送客するこうしたサービスは、「顧客がPARCOやテナントに来店する機会が減ってしまう」という店舗とECのカニバリゼーションのリスクを覆す画期的なものであった。

 パルコが重視したのは、そうしたリスクよりも「ウェブで多くの商品をよく知ってもらうことが、最終的には実際に店頭で見て、手で触れて、納得して購入するという行動を促進する効果が高いだろう3」と考えたからである。

2 林直孝、「データ活用の取り組みに『失敗』はない パルコの執行役員、林直孝氏に聞く、「データドリブンなサービス開発」の舞台裏」、データの時間、2020年7月1日。(https://data.wingarc.com/parco-hayashi-26909)

3 24hour IT People、「PARCOさん、スマホアプリって 本当に効果がありますか?」、2016年10月26日。(http://24houritpeople.com/app-051/)

 さらに、こうしたウェブサイト上の商品情報を実店舗でも提供するため、渋谷PARCOに双方向型デジタルサイネージ「P-WALL」が設置された。

 P-WALLでは、PARCO SHOW WINDOWと連携している渋谷PARCOのテナントの商品情報が一覧表示され、顧客が気になった商品をタッチすると、その商品が拡大表示されたり、その商品を取り扱うテナントの所在などが表示され、テナントへの誘導が図られた。

■ 24時間PARCOとカエルパルコ

 2013年、パルコは顧客とのタッチポイントを常時化する「24時間PARCO」を打ち出し、このコンセプトを具現化した新サービス「カエルパルコ」をリリースした。

 24時間PARCOは「店頭接客とウェブ接客に総合的に取り組み、新たなコミュニケーションや購入体験を提供する4」というコンセプトのもと、オムニチャネルの焦点を商品ではなく顧客を軸に捉えること、そしてデジタル技術を活用して販売環境の整備・拡大と接客の拡張をはかることを特長としている(下図参照)。

 誰が、いつ、どこで、何を買ったかは小売業にとって最重要の顧客・購買情報であるが、この情報の収集可能性がデジタル化によって飛躍的に高まり、個客レベルで商品・ブランドの購買行動を捕捉することができるようになった。

 また、店頭での接客は営業時間や商圏という時間的・地理的条件に制約されるが、オンライン接客は24時間いつでも、どこでも可能となる。パルコがオムニチャネルを実現するためには、テナントスタッフの接客を中心に置き、店舗とオンラインの双方で接客できる仕組みが必要と考えたのである5。林氏は当時、次のように述べている。

 我々が取り組みを始めた5年前(2013年―筆者注)は、オムニチャネルは、ネットとリアル(実店舗)をシームレスにつなぎ、どちらでもお客様が好きな場所とタイミングで商品を購入できることとされていました。我々のビジネスモデルは小売と不動産のハイブリッド。商品在庫を持って販売するビジネスモデルではありません。そこで我々は、テナントの販売スタッフの「接客」をオムニチャネルの中心に据えたのです6

 一方、ブログによるオンラインコミュニケーションが活発になるにつれて、ブログが来店のきっかけとなったり、ブログに掲載された商品・ブランドについての問い合わせや、店舗での取り置き、ECでの購入依頼が増え、ブログによる顧客への情報提供が購買につながることが明らかになった。

 これを受けてパルコは2014年5月、ショップブログにカートボタンによるウェブ注文機能やウェブ取り置き機能を新たに搭載した。この新機能の追加により、ショップブログはこれまでのコミュニケーションチャネルから、販売も含めたより多様な機能をもった販売/コミュニケーションチャネルに進化した。

4 林直孝、「パルコのDX戦略に見るリアル店舗に求められるデジタル化」、BiND CAMP、2020年4月2日。(https://bindup.jp/camp/marketing/26424)

5 林直孝、「パルコのデジタル戦略『24時間PARCO』 成功への着実ステップ」、日経クロストレンド、2019年02月21日。(https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00080/00010/)

6 ビジネス+IT、「林直孝氏に聞く“パルコ流”デジタル戦略―『思わぬ出会い』波動生み出す?」、2018年11月12日。(https://www.sbbit.jp/article/sp/35562#continue_reading)

 24時間PARCOのコンセプトを具現化したカエルパルコの誕生である。カエルパルコというネーミングには、ネットで「買える」、取り置いた商品を店頭で買って「持ち帰る」という2つの意味があるという7。 当時、林氏はカエルパルコの役割について次のように述べている。

 カエルパルコの役割というのは、店頭にあるたくさんの商品を多くの方に買っていただくための情報発信よりも、顔が見えている、もしくは見えていないけれど、シンプルに関心を持ってくださっている方に対して、店頭と同じように、個別で接客するのに使っていただくというもの。そうなると、やはり商品画像のサムネイルよりは、スタッフさんが実際に着用したコーディネイト画像で、コミュニケーションをとっていただくという使い方が適していると感じています8

 先にPARCO SHOW WINDOWの説明でも触れたように、店舗小売企業がECという新たなチャネルをつくる際、最も懸念されるのが、ECに顧客が流れ、結果として店舗の売上げが減少してしまうというカニバリゼーションである。しかし、カエルパルコの場合、両者は相関・補完関係にあるという。

 カエルパルコの購買データからは、PARCOの営業時間外の売上げは約40%と半分以下であり、一方、来店者が増える夕方以降の時間帯では、カエルパルコの売上げは落ちていることが示された。この点について林氏は、顧客は「店舗とECで売上げを取り合っているのではなく、顧客自身のライフスタイルに合わせて使い分けている」と解釈している9

 さらにショッピングセンターの場合、運営者の商業施設全体、すなわち「館」とテナントとの間で起こりうるカニバリゼーションがある。つまり、パルコが運営するカエルパルコのECの売上げが、出品するテナントの売上げを削いでしまうという可能性である。

 これについてカエルパルコは、受注した商品はテナントから発送され、その売上げをテナントに立たせる、いわゆる関与売上げによって、カニバリゼーションを回避している。またこの仕組みにより、パルコのECサイトにテナントが自社ブランドを進んで出品するように誘導することができる10

 また、カエルパルコでの取り組みの成功事例をテナント・スタッフに動画で説明してもらい、全国のPARCOで紹介することで、その効果をPARCOのテナント全体に浸透させていった。一方、2015年1月、カエルパルコにリソースを集中させるため、2007年に開設されたパルコのECサイト、PARCOCITYは発展的にサービスを終了した。

7 BiND CAMP、「パルコのDX戦略に見るリアル店舗に求められるデジタル化」、2020年4月2日。(https://bindup.jp/camp/marketing/26424)

8 川添隆(2018)、「パルコ 林直孝さんと アパレルにおける『実店舗』と『EC担当者』の役割」『「実店舗+EC」戦略、成功の法則』翔泳社、131ページ。

9 林直孝、「顧客との接点を拡張、可視化。Web接客の可能性に迫るパルコのデジタルマーケティング」『SC JAPAN TODAY』2017年4月号、21ページ。

10 その後、テナントとのデータ連携が行われるようになり、テナントによる商品登録や在庫更新の業務負担が軽減されるようになった。

<連載ラインアップ>
第1回 ECサイト「PARCO-CITY」の開設で幕開け、パルコなぜオムニチャネルを目指したのか?
■第2回 Webサービス「カエルパルコ」は、なぜ実店舗とECのカニバリゼーションを防げたのか?(本稿)
第3回 5つの機能「CCWCS」を搭載、公式アプリ「POCKET PARCO」導入の目的と成果とは?
第4回 リアルとデジタルが融合、新生「渋谷PARCO」が目指したセレンディピティセンターとは?
第5回 顧客視点でデータをどう活用? パルコが構築したデータ&インフラマネジメント「DAPCサイクル」とは

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