1億円かかるECのシステム開発…予算はどこから・どう捻出すべきか?

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 BtoCはもちろん、BtoBにおいてもEC(電子商取引)が当たり前となり、流通や小売を介さない「DtoC(Direct to Consumer)」メーカーの台頭も著しい現在。もはや「EC化」なくして将来を展望することはできない。一方で、会社の仕組みや商習慣、企業文化といった要因により、EC化できていない企業もいまだに多数存在する。本連載では、元アマゾンジャパン創業メンバーの林部健二氏が現実的な視点からEC構築のポイントを説いた『10年後に勝ち残るEC戦略』(林部健二著/プチ・レトル発行)から、内容の一部を抜粋・再編集。

 第6回は、EC構築に関わる予算の問題をどうクリアすべきかについて解説する。

<連載ラインアップ>
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第2回 クラリオン、日立マクセル…日立製作所はなぜ黒字の優良企業・事業を売却したのか?
第3回 メルカリはなぜ「アマゾン一強時代」に終止符を打つことができたのか?
第4回 BtoBのEC市場で、イオンなどの大企業が導入している「EDI取引」とは?
第5回 なんとなくオンライン販売を開始、そこそこ成功した企業がよくぶつかってしまう「課題」とは?
■第6回 1億円かかるECのシステム開発…予算はどこから・どう捻出すべきか?(本稿)


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システム開発の予算はどこから捻出すべきか

10年後に勝ち残るEC戦略』(プチ・レトル)

 では、ECのシステム開発に1億円を投資するとなったとき、その予算はどこから捻出すべきでしょうか。ここでは、「プロジェクト予算」と「事業予算」の2つの方法を考えてみましょう。

「プロジェクト予算」は、ある特定の目標を達成することに焦点を当てた予算です。新しいECサイトを立ち上げるプロジェクトであれば、サイト設計から開発、テスト、そしてローンチまでに必要なすべての費用を計算したものがプロジェクト予算です。この予算は、プロジェクトの開始から完了までの期間にわたって適用され、その期間は数ヶ月から数年に及ぶことがあります。

 一方「事業予算」は、会社全体や特定の部門が日々の運営で必要とする費用と収益の見積りです。これは、給料や事務用品、電気代などの日常的な経費を含みます。事業予算は毎会計年度に作成され、会社の全体的な経済活動を管理するために使われます。

 ECシステム開発のようなプロジェクトであれば、「プロジェクト予算」を使うのが理想的です。

 ECシステム開発は、売上や利益を増やすことを目的としているわけですから、プロジェクトそれ自体で費用を回収し、さらに利益を出す必要があります。このように、明確な結果を出すことが期待されているときには、プロジェクト予算のほうが相性がよいのです。なぜなら、目標達成に必要なリソースや期間を明確に管理することができるからです。

 プロジェクト予算の場合は、予算を組む段階で、プロジェクトの目標を達成するために必要な人材、技術、設備、サービスなどを特定し、それらに対する予算を割り当てます。ある意味「なんとなく」で予算を組めないので大変ですが、これによりプロジェクトをスムーズに進行させるために必要なリソースを確保することができます。

 また、プロジェクトの開始から完了までの期間が設定されることにも意味があります。プロジェクトチームはスケジュールに沿って作業を進め、時間内に目標を達成することに注力するようになるからです。

 コスト管理がしやすい、というのもメリットでしょう。プロジェクトに関わるチームやそのリーダーは、各活動やリソースのコストを見積もり、それらが全体の予算を超えないように管理することで、予算内でプロジェクトを完了させる意識が高まります。

 プロジェクト予算を通じて右記のような事柄を明確に管理することで、目標達成のための道筋をはっきりとさせ、計画に沿ってプロジェクトを効率的に進めることができるのです。

 しかし実際には、特に日本の多くの企業では、大規模なプロジェクトの立ち上げ経験が少ないため、プロジェクト予算を最初から立てるのはあまり現実的ではないと思われます。そのため、まずは「事業予算」の枠組みを使用して予算を組むことをおすすめします。

 事業予算の場合は、会社の設備投資として予算を計上できるので、ECサイト単体ですぐに利益を出せなくても、長期的な視点での投資回収が可能になります。会社全体の売上規模が大きな会社であれば、システム償却費のような項目に入れ込むといった対応もできるでしょう。

 ただしこの方法では、プロジェクト予算と比べて投資回収への意識が低くなるリスクがあります。そのため、ECのシステム開発が単なる形式的なものにならないよう、初期段階から明確な目標設定をして管理体制を構築することが重要です。

新たなプロジェクトに投資しにくい予算の仕組み

 ECのシステム開発において、まずは「事業予算」の枠組みで予算を組むことを推奨しました。しかし、既存の予算体系では、新規プロジェクトのための予算を確保するのが難しいという課題があります。

 一般的に企業の予算は、売上予算、原価予算、経費予算、利益予算といったカテゴリに分けられ、それぞれに属する勘定科目があらかじめ定められています。これらのカテゴリに基づいて次年度の予算が計画されるのですが、既存の枠組み内で新しいプロジェクトに取り組もうとすると、すでに配分されている予算を再配分するかたちで資金を確保しようとしてしまいます。この方法では、新規プロジェクトへの十分な投資が難しくなります。

 先ほど事業予算では設備投資として予算を計上できるとお伝えしましたが、特に大企業では3年から5年の中期計画が定められており、この計画にはすでに設備投資の予算が配分されています。これらの予算は、既存の建物や機械設備への投資にあてられることが多く、ECシステム開発のような新規プロジェクトへの予算を確保する余地は少ないのが現状です。

 このような状況を打破するために考えられるのが、「プロジェクトファイナンス」という会計手法です。

 企業の信用や資産を基準にするコーポレートファイナンスと違って、プロジェクトファイナンスは、特定のプロジェクトが生み出す収益やキャッシュフローをもとに資金を調達する方法のことを指します。このアプローチでは、ECサイトのシステム開発プロジェクトを独立した事業体とみなし、その事業計画に基づいて投資を求めるのです。

 日本の企業は、特定の事業体を切り出して試算し、投資をするような方法に慣れていません。しかし、新規プロジェクトへの柔軟な資金調達のためには、今後プロジェクトファイナンスという手法についても考えていく必要があるかもしれません。

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■第6回 1億円かかるECのシステム開発…予算はどこから・どう捻出すべきか?(本稿)


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