パレードの通り道で子どもがケガ、「驚きの対策法」を編み出したディズニーランドの問題解決フレームワークとは

ソコリキ教育研究所 代表 大住力氏(撮影:木賣美紀) 

ソコリキ教育研究所 代表 大住力氏(撮影:木賣美紀) 

 人間には、誰にでも隠れた力や数値化できない力が備わっている――。そう話すのは、東京ディズニーリゾートの運営会社であるオリエンタルランドで20年間人材育成を行ってきた、ソコリキ教育研究所代表の大住力(おおすみ・りき)氏だ。同氏はオリエンタルランドでの経験を踏まえ、組織作りや人材育成における「ディズニーの強さ」をまとめた一冊、『どんな人も活躍できる ディズニーのしくみ大全』(あさ出版)を出版した。前編に続き、同氏にディズニーの人材教育の根幹をなす考え方や、人材育成の方法論について聞いた。(後編/全2回)

【前編】オリエンタルランドの新人教育で「ディズニーランド日本誘致の秘話」が教えられる納得の理由
■【後編】パレードの通り道で子どもがケガ、「驚きの対策法」を編み出したディズニーランドの問題解決フレームワークとは(今回)

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やりがいを生み出す「3つのGIVE」

――前編では、従業員の熱意を引き出し、個を生かすためのアプローチについて聞きました。オリエンタルランドでは「キャストが働きがいを感じられる取り組み」を重要視しているとのことですが、具体的にどのようなことを実施しているのでしょうか。

大住 力/ソコリキ教育研究所 代表

Hope&Wish公益社団法人 難病の子どもとその家族へ夢を代表。大学卒業後、株式会社オリエンタルランドに入社。約20年間、人材教育、東京ディズニーシー、イクスピアリなどのプロジェクト推進、運営、マネジメントに携わったのち退職。その後、「Hope&Wish公益社団法人 難病の子どもとその家族へ夢を」を創設。2020年に同法人は日本における「働きがいのある会社ランキング小規模部門第3位」、アジア地域における「働きがいのある会社ランキング中小企業部門第17位」を受賞。東京2020オリンピック・パラリンピックのボランティア人材育成統括も務める。これまでに業種業態を超えた行政、企業、団体に講演、人材教育指導、コンサルティングをおこなっている。『一度しかない人生を「どう生きるか」がわかる100年カレンダー』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『マンガでよくわかる ディズニーのすごい仕組み』(かんき出版)など、著書多数。

大住力氏(以下、敬称略) 取り組んでいる内容はさまざまですが、例えば、ディズニーランドの創設者であるウォルト・ディズニー本人が「働きがい」を生むために従業員に求めた「3つのGIVE」を実践しています。

 それは、「Give your a step for picking up trash ahead.(目の前のゴミを拾うために、あなたの一歩をください)」「Give your one finger for taking pictures.(写真を撮るために、あなたの指を1本ください)」「Give your a call for your happiness.(あなたの幸せのためにも、一声かけてください)」というものです。

 私が新入社員の頃、これから配属先が決まるという時に人事の方から「配属先が経理部になる人もいれば、人事部、パークの現場になる人もいます。でも、全ての仕事のゴールは同じ。この3つだけは守ってください」と言われました。それが3つのGIVEです。ゴミを拾う、写真を撮る、一声かけるという内容ですから、新入社員の私も「これだけなら俺だってできる」と思いました。

 それから数年後、フロリダのディズニーで仕事をした際、ウォルト・ディズニーと一緒に仕事をしたベテラン社員から「3つのGIVEは、ウォルト・ディズニーが働きがいを生み出すために立てた戦術なんだよ」と聞いて驚きました。1つの言葉が海を渡り、長い間社員の働きがいを生み出していたのです。

 人は、褒められたり感謝されたりするとうれしくなり、同時に「自分はここにいていいのだ」と居場所を感じられます。それを促すのが「3つのGIVE」だと考えています。

失敗を責めるのではなく、フレームワークで「検証し、改善する」

――著書では、パーク内でトラブルやミスが発生した際に用いる「リフレクション」という手法について解説しています。具体的にどのような手順で解決まで導くのでしょうか。

大住 失敗や課題を生んだ犯人探しをしてしまうと、チームは悪い方向に向かっていきます。だからこそ、人を責めるのではなく、事実に基づいて客観的に検証し、改善することが大切です。その手順をフレームワークにしたのが「リフレクション」です。ディズニーの中では、この考え方に沿って、課題を細分化して解決を目指します。

 例えば、パーク内でパレードが始まる前に「パレードルートのロープで遊んでいた男児がロープから転落して、出血するという事故」が起きたとします。この事故をなくす方法として、どのようなことが考えられるでしょうか。ここでは人を責めるのではなく、「どの段階で選択を間違えて、事故が起きたのか」というように、ミスを分析することから始めます。

 実際に議論をした際には、対策として「ロープに触らないようにゲストに注意する」「キャストが注意喚起を促すプラカードを持って立つ」などの意見が挙がったものの、どれも「ディズニーらしくない」という意見で一致しました。

 そして、最終的に出てきたのは「キャストがゲストに、拍手の練習を促す」というものです。子どもに「手を使った何か」をさせることで、ゲストがロープに手を触れることを防ぎ、事故のリスクを抑えながらパレードを楽しんでもらう、というわけです。

「ロープでの事故の再発防止策として、拍手の練習をさせる」と聞くと、解決策に結びつかないように見えるかもしれません。しかし、リフレクションの視点を取り入れ、「どこで選択を間違えたか」を見極めることで、ゲストにとっても最適な選択肢を選ぶことができます。

個を目立たせ、お互いに認識できるきっかけをつくる

――オリエンタルランドでも在宅勤務を交えたハイブリッドな働き方を取り入れているとのことですが、そうした環境下で従業員の定着率を高めるために有効な取り組みはありますか。

大住 今の時代でも、社内運動会や社内旅行など、リアルに顔を合わせる王道の取り組みは大事だと思います。メールやチャットによって一度で数百人、数千人にメッセージを伝えられる時代になりましたが、それで「心が通うかどうか」は別の話です。孤立感や疎外感を感じ、「自分はここにいていいのだろうか」と不安を抱く人もいるでしょう。

 オリエンタルランドでは、運動会や旅行といった「社員交流イベント」の他、「表彰イベント」「パーティー」などを実施しています。これらの機会を活用して、個を目立たせ、お互いに認識できるきっかけをつくることができます。

 例えば、普段の仕事ではなかなか目立つ機会がないものの、「抜群の身体能力を持った人」が社内運動会で大活躍したとしましょう。すると、次の出勤日から「あの人、実は足が速くてすごい」と話題になったりします。この他にも、誕生日であれば誰しも目立つことができます。お祝いの日には「今日、誕生日なんだって?」といった会話が生まれ、その後のコミュニケーションのきっかけになることもあるでしょう。

 実際のところ、こうしたイベントは準備から開催まで手間がかかるため、効率性とは対極にあります。しかし、フェイストゥフェイスのコミュニケーションをしつつ、笑い合い、お祭り感覚で楽しむことは、便利なものを作ること以上に価値があると考えています。

――働き方が多様化する時代だからこそ、そうした機会の重要性が高まっているのですね。他の企業がディズニーやオリエンタルランドから学ぶ際、どのような視点を持つべきでしょうか。

大住 私はディズニーで多くのことを学びました。まず、ディズニーが持つ「1人も取りこぼさない」という哲学は素晴らしいと思います。

 効率だけで考えていると「今成果が出せない人は排除して、能力ある新しい人を入れよう」という発想になってしまいます。しかし、人間には誰にでも隠れた力や数値化できない力が備わっています。私自身、ディズニーでそれを実感することが何度もありました。

 もちろん、ディズニーから何か学びを得たからと言って、他の企業がディズニーと同じような風土を目指す必要はないと思います。一人一人の個性を生かしながら、自社にあった仕組みをつくることが大切です。

 これまでもこれからも、人間が社会を作っていきます。本書を読んで、自身や他者のそれぞれの強みや得意なこと、隠された力などをぜひもう一度整理し、活用していただければと思います。

【前編】オリエンタルランドの新人教育で「ディズニーランド日本誘致の秘話」が教えられる納得の理由
■【後編】パレードの通り道で子どもがケガ、「驚きの対策法」を編み出したディズニーランドの問題解決フレームワークとは(今回)

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