高報酬だから人材が集まるわけではない、「ヒト」の資本価値を見極める難しさとは?

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 近年、人的資本経営の考え方が浸透してきているように、各企業において、「ヒト」という資本に対する価値が見直され始めている。企業価値向上にもつながる従業員エクスペリエンス(EX: Employee Experience)とは何か。本連載では『EX従業員エクスペリエンス 会社への求心力を強くする人事戦略』(加藤守和・土橋隼人著/日本能率協会マネジメントセンター)から、内容の一部を抜粋・再編集。企業経営においてEXを高めていくことの必要性を考える。

 第1回は、「モノ・カネ」以上に「ヒト」が経営資源として重視されるようになってきた社会的背景について考察する。
 

<連載ラインアップ>
■第1回 高報酬だから人材が集まるわけではない、「ヒト」の資本価値を見極める難しさとは?(本稿) 
第2回 社員誰もが会社に対し自由に声を上げられる、メルカリの独自施策「オープンドア」とは?
第3回 社員が異動希望先に“応募”する、パーソルグループの「キャリアチャレンジ」が組織を強くする理由
■第4回 コロナ禍前から場所や時間に縛られない働き方を実践、ユニリーバ・ジャパンが目指すEXとは?(9月24日公開)
■第5回 社会のDXを支援する富士通は、なぜ全社DX「フジトラ」において従業員とカルチャーの変革を重視するのか(10月1日公開)
■第6回 全社員の声で組織を動かす、富士通の「VOICEプログラム」が変えた従業員の働き方とは?(10月8日公開)

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■ 大変革時代にある企業の最大の差別化資源とは

EX従業員エクスペリエンス』(日本能率協会マネジメントセンター)

 いま、企業を取り巻く環境は大きく変わろうとしています。世の中の不確実性は高まり、これまでの「勝ち筋」がそのまま通用しなくなってきています。

 国際紛争や政情不安による地政学的リスク、生成AIをはじめとした新たなテクノロジーによる破壊的イノベーション、環境負荷への関心の高まりや規制の強化、業界・産業の常識やルールをひっくり返す新たなプレイヤーの台頭。

 目まぐるしく変わる外部環境に対する対応を誤ると、一気に経営危機に陥りかねません。

 時代の移り変わりに伴い、経営資源の優先度も変わってきました。かつては「ヒト・モノ・カネ」のうち、「モノ・カネ」に優先度が置かれていました。大規模な設備や工場を持ち、グローバルに物流網や営業チャネルを張り巡らせ、大々的に広告・宣伝を展開する――。

 モノ・カネが大きければ、それだけ市場に対する影響力を持つことができ、参入障壁を高くすることができました。

 しかしいまは、「ヒト」に優先度が変わってきました。その背景には、世の中の価値のシフトがあります。世の中の価値はモノからサービスやコンテンツに移りつつあります。特に、革新的なサービスやコンテンツは、社会全体に大きな影響を及ぼすことも少なくありません。事実、私たちは短期間のうちに多くのイノベーションを目の当たりにしてきました。スマートフォンの世界的普及をはじめとして、音楽・動画プラットフォームやシェアリングサービス、メタバースや自動運転の登場。

 高品質で量産可能なプロダクトではなく、新たな価値を生み出すサービスやコンテンツが人々の生活や消費行動を変えていっています。

 これらのサービスやコンテンツを生み出すのは、「モノ・カネ」ではなく、「ヒト」です。高品質で大量の製品・サービスを世の中に提供することで勝てた時代は「モノ・カネ」を持つことで戦略的な優位性を持つことができました。

 しかし、ユニークで独創的なサービスやコンテンツが求められる時代では、「ヒト」が重要な差別化要因になります

■「ヒト」という資本の価値をどう見るか

 日本でも人的資本経営という考え方が広がってきました。既知のとおり、人的資本経営とは人材を「資本」と捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。

 人的資本経営に注目が集まるということは、日本企業において改めて「ヒト」という資本に対する価値の見直しが起きていることの表れです。

 1990年代後半に「War for talent(人材獲得・育成競争)」のもとに、米国を中心として企業の競争優位の源泉は人材にあるという議論が沸き起こりました。それからおよそ30年を経て、改めて「企業の価値を創造するのは従業員1人ひとりの『人材』である」という考え方が広がるのは、それだけ「ヒト」を資源として捉えることの難しさを表しています。

 当たり前ですが、「ヒト」は1人ひとり価値観が違い、働く動機もそれぞれ異なります。仕事の成功に重きを置く従業員もいれば、職場の人間関係を重視する従業員もいます。プライベートの充実を優先する従業員もいれば、報酬面での厚遇を熱望する従業員もいるでしょう。「ヒト」を資源として見ることが難しいのは、この「従業員それぞれが多様な物事の捉え方や感じ方をする」からです。

 高い報酬は誰にとっても嬉しいものです。しかし、報酬を引き上げれば、人は動機づけられるかというとそう簡単ではありません。もし、「ヒト」の動機が金銭報酬だけに惹きつけられるのであれば、高報酬の業界や会社に人材が集中します。

 しかし、実際はそうはなっていません。会社の社会的存在意義、経営者のポリシーや考え方、自分のやりがいを感じる業界や仕事、適度なワークライフバランス、上司や同僚との良好な人間関係、勤務地や報酬の納得感――。それぞれ自分なりの動機や価値観に基づき、それぞれが独自の魅力を見出しているのです。

 多様な人材を動機づけ、従業員としての人材価値を最大化するには、画一的な制度や仕組みでは1人ひとりを満足させることはできません

 社員研修や評価面談、評価基準や手当支給。これらはある人にとっては動機づけの要因であっても、他の人にとっては動機を損なう原因になるかもしれません。

 例えば、選抜型研修で、経営幹部の素養がある人を選んで教育投資をしたとします。出世意欲の強い人は選抜されたことで動機づけられるかもしれませんが、出世に関心のない人にはさほど効果はありません。「管理職になりたくない」という意識の人には、むしろ迷惑に感じられるでしょう。

 実際に厚生労働省の調査では、西暦2000年以降に成人を迎えたミレニアル世代の女性の21%、男性の15%は勤務時間の短縮と引き換えに給与の一部カットや昇進の遅れを受け入れる、という回答をしています。(出所:厚生労働省『平成30年若年者雇用実態調査の概況』2019)

■ EXを重要な経営課題として捉える

 多様な人材の貢献意欲や人材価値を引き出すためには「点」ではなく、「線」で捉えなければなりません。各社各様の個別の仕組みで「点」で対応していると、一定数の不満足・不活性人材を生み出しかねません。

 個別の「点」では不満足があっても、大きく満足する「点」をつくって「線」で捉えると、総体として満足に変わっていきます。

「線」で捉え、従業員の充実感の最大公約数を引き出すようにトータルでデザインする必要があるということです。

 本書のテーマである従業員エクスペリエンス(EX;Employee Experience)とは「社員が仕事を通して得られるすべての体験およびその質」のことをいい、この体験を通して働く人の意欲や満足度そして幸福度を高めることです

 つまりEXとは、社員のさまざまな仕事体験を捉え、それら1つ1つをポジティブに認識できるようにしていくことで、会社や仕事に対する求心力を高めていくことです。

「ヒト」が最も重要な経営資源となるなか、EXを高めていくことは重要な経営課題の1つともいえます。

 従業員が個々の体験に充実感を覚え、それによって存分に力を発揮することは、イノベーションや成長の推進力を生み出し、ひいては企業価値の向上という連鎖を組織内に生み出すことにつながります。

<連載ラインアップ>
■第1回 高報酬だから人材が集まるわけではない、「ヒト」の資本価値を見極める難しさとは?(本稿) 
第2回 社員誰もが会社に対し自由に声を上げられる、メルカリの独自施策「オープンドア」とは?
第3回 社員が異動希望先に“応募”する、パーソルグループの「キャリアチャレンジ」が組織を強くする理由
■第4回 コロナ禍前から場所や時間に縛られない働き方を実践、ユニリーバ・ジャパンが目指すEXとは?(9月24日公開)
■第5回 社会のDXを支援する富士通は、なぜ全社DX「フジトラ」において従業員とカルチャーの変革を重視するのか(10月1日公開)
■第6回 全社員の声で組織を動かす、富士通の「VOICEプログラム」が変えた従業員の働き方とは?(10月8日公開)

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