オリエンタルランドの新人教育で「ディズニーランド日本誘致の秘話」が教えられる納得の理由
開園から40年以上の間、人々を魅了し続ける「東京ディズニーリゾート」。キャストと呼ばれるパーク内スタッフの高いホスピタリティを生む教育法は、多くの企業から注目されている。その人材教育の秘訣(ひけつ)はどのような点にあるのか。東京ディズニーリゾートの運営会社であるオリエンタルランドで20年間人材育成を行い、2024年6月に書籍『どんな人も活躍できるディズニーのしくみ大全』(あさ出版)を出版した大住力(おおすみ りき)氏は「まずは理念を浸透させることが重要」と話す。同氏に、ディズニーの人材育成の仕組みや、従業員の熱意を引き出す方法論を聞いた。(前編/全2回)
■オリエンタルランドの新人教育で「ディズニーランド日本誘致の秘話」が教えられる納得の理由(今回)
■【後編】パレードの通り道で子どもがケガ、「驚きの対策法」を編み出したディズニーランドの問題解決フレームワークとは
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舞浜イクスピアリ開業に向けて必要になった「教育プログラム」
――著書『どんな人も活躍できるディズニーのしくみ大全』では、大住さんのオリエンタルランドの経験を基に、ディズニーの人材育成メソッドについて解説しています。大住さんは「東京ディズニーシー」「イクスピアリ」といった大規模プロジェクトの立ち上げや運営、人材教育に携わってきたとのことですが、どのような役割を担ってきたのでしょうか。
大住力氏(以下敬称略) オリエンタルランド入社後、アトラクションのキャストや清掃担当を経て、3年目に東京ディズニーシー開業に向けたプロジェクトチームに参画しました。
当初は、アメリカから届く新テーマパークについての資料を和訳したり、コピーを取ったりといった事務作業が中心でした。しかし、資料に書かれた図面を見るたびに、テーマパークの作り方が見えてくる刺激的な仕事だったことを覚えています。
その後、東京ディズニーリゾート内のショッピングモール「イクスピアリ」の開業に向けて、開発事業部に異動を命じられ、イクスピアリのプロジェクトリーダーを任されました。ここで特に重要視されたのが「人材教育」です。
人材教育を強化する理由は、オリエンタルランドの「第2テーマパーク」を核とした各新規施設オープンのプロジェクトにありました。2000年に入り、イクスピアリをはじめとする商業施設やホテル、モノレールなどを新設することになり、新たな教育プログラムを作る必要があったのです。
それまでは「東京ディズニーランド」という単体のテーマパークを運営していましたが、「東京ディズニーリゾート」という舞浜エリアをトータルで捉えた複合的な事業の展開に当たり、組織体制も大きく変わっていきました。そうした中、イクスピアリの事業計画を立てたり、ホテル事業のプロジェクトリーダーをしたりと、徹夜でいそしむ毎日でした。
会社のミッションを「徹底的に理解させる」
――人材教育について考える時、新入社員はバックグラウンドや価値観が様々だからこそ、難しさもあると思います。研修ではどのようなことを重視していましたか。
大住 新入社員は仕事へのやる気を持って入社してくることがほとんどですから「ゴールを明確に伝えること」が重要です。
例えば、ディズニーでよく使う言葉に「ファンクション」があります。会社という存在は、世間から「必要ない」と言われてしまえば、倒産してしまいます。一方で「あなたの会社が必要だ」と言ってもらえれば事業を継続できます。必要と言われるファンクション、つまり「社会的機能とは何なのか」を明確にすることが重要です。
多くの場合、その社会的機能を果たすことが会社のゴールとなるため、新入社員にはその前提を踏まえて教育を行っていました。
――お客さまに必要と言ってもらうために、さまざまなサービスを提供していくのですね。同時に、オリエンタルランドでは新入社員に「会社のミッションを徹底的に理解」させるための研修を実施するとのことですが、どのようなことを行っているのでしょうか。
大住 ディズニーの教育では、とにかく企業理念を組織内へ浸透させることに重きを置きます。「私たちはどこに向かっていくのか」ということを、現場を含め全ての従業員に伝えるのです。
ディズニーのミッションは「Give Happiness」(幸せの提供)です。しかし、「Give Happiness」という言葉の意味は分かっても、言葉自体が抽象的すぎて「何を、どのように提供すればいいのか分からない」ということを当時私自身が感じていました。
そこで重要になるのが「ストーリー」や「エピソード」です。これは、聞く人の立場に立ち、絵本に描かれた物語のように伝える「ナラティブアプローチ」とも言い換えることができます。人は「本物」「本当の話」でなければ信じないし、「本気のサービス」でないと共感することはありません。だからこそ、様々な場面でナラティブアプローチを使うのです。
――ナラティブアプローチの手法を用いて、どのようなことを語ったのでしょうか。
大住 例えば、オリエンタルランドでは新入社員に対して「創設にまつわるエピソード」を語っています。創設者であるウォルト・ディズニーのエピソードはもちろんですが、同時に「なぜ、オリエンタルランドがディズニーランドを日本に誘致したのか」という話も伝えています。
オリエンタルランドは、そこに「オリエンタルランド」というテーマパークを作ろうとしていました。だからこそ、オリエンタルランドという社名が付けられています。しかし、ディズニーランドの日本誘致が進められる中で創設者が「パークの名前はディズニーランドでないとダメだ」と言い張り、自分の自宅を担保に入れて建設を実行しました。
そのようなエピソードを知ると「ディズニーランドに創設者のどれだけの熱意とこだわりが込められているのか」「創設者はどれほどの覚悟をしていたのか」が伝わり、そうした情熱と思い入れがあったからこそ今日のディズニーランドがあるのだと分かります。そして「自分たちがチームの一員となり、ディズニーランドを守っていくのだ」と、リアルな実感が育まれるのです。
人材育成では「個の能力開発」にフォーカスする
――著書では、「個の能力開発」に着目したオリエンタルランドの人材育成方法についても触れられています。これはどのような内容でしょうか。
大住 仕事は「量的な仕事」と「質的な仕事」に分けられます。初めは、量的な仕事を確実に行うことが大切です。
量的な仕事は、ディズニーでは「デューティー」(Duty)と呼ばれており、画一的な業務全般を指します。例えば、飲食店であれば「テーブルを拭き上げる」「注文されたメニューを提供する」「何分以内に提供する」など、個性や特色が必要ない仕事です。こうした業務は、全体の6割ほどを占めると考えています。
一方で、質的な仕事は「ミッション」と呼ばれます。一人ひとりの個性を生かすことで、サービスの深みが出てくる領域です。「お客さまが理解しやすいように工夫して案内する」というように、自分の頭で考えなければできないことを意味します。自分の頭で考えて行った仕事は、プロとしての仕事にもつながります。
このように考えると、一人一人の個性が出てくるのがミッション(質的な仕事)です。そのため各事業や現場のリーダーは、ミッションにおいて個性を生かし、個性を伸ばしてもらえるような環境づくりを進めていました。
――個性を生かして力を発揮してもらうためには、どのような育成ステップが必要でしょうか。
大住 育成における最初のステップは「とにかくハードルを下げること」です。まずは小さな成功体験をさせて、経験を積んでもらうことです。成功体験ができると人は自信を持てるようになり、「もっと動こう」と主体性が生まれてきます。
次のステップでは「クラス(階級)」をつくります。つまり、責任を伴うリーダー職に就いてもらうということです。人は教えられる側から教える側に移ると、見る景色が変わり、視野が広くなっていきます。
最後のステップは、現場の感覚と初心を取り戻せるように「現場に連れ出す」ことです。人はポジションが変わり高役職に就くと、そこにあぐらをかいて現場視点を忘れてしまうことがあります。オリエンタルランドでは、「従業員感謝デー」という名目で、マネジメント層の人を数日間、現場に戻す取り組みを行っています。
実際に現場に行くと「自分は以前こんなことをしていたな」「これが最前線の現場だな」ということが肌感覚で分かります。忘れてはいけない初心を取り戻すための場をつくることで、さらなる個の力の発揮につながるのです。
【後編に続く】パレードの通り道で子どもがケガ、「驚きの対策法」を編み出したディズニーランドの問題解決フレームワークとは
■オリエンタルランドの新人教育で「ディズニーランド日本誘致の秘話」が教えられる納得の理由(今回)
■【後編】パレードの通り道で子どもがケガ、「驚きの対策法」を編み出したディズニーランドの問題解決フレームワークとは
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08/27 06:00
JBpress