「じゃらんnet」はAI機能を搭載し、「顧客の悩み」をどう解消したのか?

写真提供:共同通信社

AIドリブン経営』 (日経BP 日本経済新聞出版)

 ChatGPTをはじめ、世界にさまざまな衝撃を与えている生成AI。すでに業務やサービスへの実装が始まっており、今やその活用が経営のトップアジェンダになりつつある。生成AIの導入にあたり、事業や組織をどう変革していけば、生き残ることができるのか。本連載では、生成AIが巻き起こす市場の大変化とその対応策を経営者目線で解説した『AIドリブン経営 人を活かしてDXを加速する』(須藤憲司著/日経BP、日本経済新聞発行)から、内容の一部を抜粋・再編集。

 第3回は、AI活用によって顧客体験の最適化を実現するための「ユースケース発想法」について解説する。

<連載ラインアップ>
第1回 DX推進によって、なぜリクルートのP/L構造は大きく変化したのか?
第2回 「現代のアインシュタインやダ・ヴィンチを手助けする」エヌビディアCEOの発言の真意とは?
■第3回 「じゃらんnet」はAI機能を搭載し、「顧客の悩み」をどう解消したのか?(本稿) 
■第4回 実例で解説、Salesforce、EvenUP、Notta…先進企業のAI活用戦略とは?(8月27日公開)

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■ ドメイン知識を活用したAIによるUX提供

 ドメイン知識を活用し、AIを導入したUX(顧客体験)を提供しようとする場合、どのようなアプローチを取ればよいのでしょうか。ここで、3つの「ユースケース発想法」をご紹介します(下図)。

 1つ目は「AI活用タイミング(When)」、2つ目は「AI活用目的(Why)」、そして3つ目は「AI活用プロセス(How)」です。発想するにあたっては、これら3つのどこからアプローチしても問題ありません。具体的に見ていきましょう。

1. AI活用タイミング(When)――いつ使うとよいか?

 AIを活用するタイミングは、カスタマージャーニーなどで網羅的に洗い出すことにより、発想が広がります。旅行を例に挙げて説明しましょう。

「認知→比較検討→旅行先決定・手配→訪問→共有」という情報があったとして、これを基に、カスタマージャーニーのどの部分にAIが活用できるのかを考えていきます。

 旅行予約サイト「じゃらんnet」が2023年5月に発表した「AIチャットでご提案」機能は、「認知→比較検討→旅行先決定・手配」の部分にAIを導入しました。AIチャットに「来週末、家族3人で温泉宿に1泊したい。東京から車で2時間、海鮮が美味しいところ」と入力すると、宿の候補をいくつか出してくれ、そのまま予約することができます。

 しかし、「認知→比較検討→旅行先決定・手配」は「じゃらんnet」がもともと提供していた領域なので、そこにAIを導入したということになります。確かにAIの導入はしたものの、これだけでは、本質的な顧客のお悩みを解消していることにはなりません。より大切になってくるのは、プロダクトやサービスの前後の体験をカバーすることです

 例えば、「訪問」の部分を考えてみましょう。すでに把握している予約情報からLINEで交通情報と天気を案内したり、到着時間から近隣のランチ、観光、特産品、イベント情報を案内したりといったことが、AIを旅のコンシェルジュとして導入することで可能になるのではないでしょうか。

 このように、自分たちのプロダクトやサービスのカスタマージャーニーを拡張するという発想も大切です。

2. AI活用目的(Why)――何を解決したいか?

 AIで解決する課題は、市場・データ・顧客の事象の要因・仮説を観察したり、調べたりすることでインサイトを掘り下げると発想が広がります。

 例えば、旅行時に、本当にサポートが必要なのはどこでしょうか。グーグル・ジャパンが公開した2023年の旅行動向に関する記事によると、国内1人旅では、「サポートが充実した環境で旅を満喫したい」というニーズが高いそうです。

 こういった人に対して、観光スポット巡りのモデルコースや所要時間を案内すれば、満足度が上がります。しかし、その案内を人間のツアーガイドなどが担えば、調査時間を含め、かなりのコストがかかってしまいます。

 調査・案内にAIを活用すれば、これまではコストが理由で実現できなかったことも、低コストで実現できます。これにより、サービス体験の向上をさらに補完できる可能性があります。

3. AI活用プロセス(How)――どのように使うか?

 AIをどのようなプロセスで活用するかを考える際には、ケーススタディや事例をたくさん知っておくと発想が広がります。

 観光業界でのAI活用を例に説明しましょう。

 石川県小松市では、訪日外国人観光客の増加と、2024年3月の北陸新幹線小松駅の開業に向けて、チャットボットを活用してきました。このチャットボットは、小松空港に設置されたデジタルサイネージを通じて、観光客にサービスを提供しています。

 観光客からのアンケートを基に、おすすめの観光地や交通情報などを案内しています。ここでのアンケートのデータは小松市が集計しており、これを使って観光の推進策を考えています。

 こうした具体例を少しでも知っていると、旅行サービス提供時のAI活用について、「到着予定時間を基に、近くのランチスポットや観光地、地域の特産品、イベントの情報を提供する」「その地域の歴史や文化についての情報を提供し、観光ガイドのようにサポートする」といった活用例が考えられるようになります。

■ AIによるサービス改善と顧客体験の最適化

 現在、多数のAI機能を搭載したサービスがリリースされています。その中でも参考となるUX事例を紹介します。

 2023年5月に集英社「少年ジャンプ+」編集部とアル株式会社が共同でリリースした、「Comic-Copilot(コミック・コパイロット)」という、漫画制作サポートAIサービスがあります。

 このサービスは、「テーマを一緒に考えたい」「キャラクター名を考えて」などの漫画制作において必要なメニューの中から使いたい機能を選ぶだけで、漫画制作で滞りがちなアイデア出しなどに際し、AIが壁打ち相手になってサポートしてくれるものです。

 これは、漫画を描きたいと思った人の抱える「漫画制作でつまずくポイントをサポートしてほしい」というペイン(悩み)を解消しています。

 2023年7月にハイクラス層向けの転職スカウトサービス「ビズリーチ」がリリースした、生成AIによる職務経歴書の作成機能も好事例として挙げられます。読者も経験があると思いますが、職務経歴書の作成は時間がかかる作業です。

 しかし、チャットGPTと連携したこの機能は、最短30秒で情報が網羅された質の良い職務経歴書を自動作成することができます。これは「面倒くさい」「何を書いていいかわからない」というユーザーのペインを解消しました。

 それだけではありません。これは投資対効果を最大化させた事例でもあります。ビズリーチは、エージェントからの紹介成果報酬が収益を生み出すキャッシュポイントの1つです。

 つまり、スカウト数が伸びると儲かるのですが、そのためには良質な職務経歴書が増えることが重要です。AIによってユーザーのペインを解消するだけでなく、結果的に利益を生むこともできたのです

 AIを本質的な意味で使いこなすためには、ユーザーの内側に隠れている本音と、自社のビジネスに対する理解、その接点に当てはまるサービスを提供することが極めて大事なのです。

<連載ラインアップ>
第1回 DX推進によって、なぜリクルートのP/L構造は大きく変化したのか?
第2回 「現代のアインシュタインやダ・ヴィンチを手助けする」エヌビディアCEOの発言の真意とは?
■第3回 「じゃらんnet」はAI機能を搭載し、「顧客の悩み」をどう解消したのか?(本稿) 
■第4回 実例で解説、Salesforce、EvenUP、Notta…先進企業のAI活用戦略とは?(8月27日公開)

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