社員ファースト?「部下が上司選択」アリかナシか

上司たち

社員ファーストのため「部下が上司を選べる?」(写真:takeuchi masato / PIXTA)

働き方改革が進み「社員ファースト」を掲げる会社が増えている。そのような中、部下が上司を選択できる制度を取り入れている会社があるという。

「果たしてこのような制度は本当に機能するのか?」「若者の自主性を促す画期的な取り組みなのか、それとも若者に媚びるための制度なのか?」、さまざまな疑問が頭に浮かんだ。

「上司選択制度」とは何か? 3つのメリット

実際に、ある企業が導入している「上司選択制度」は、上司の「能力・性格・特徴」や「得意分野・技術」をまとめた情報をもとに、社員が上司を選択できる仕組み。

社員は「この人のもとで働きたい」という希望を叶えられ、上司のミスマッチによる離職率が低下、社員の成長も促進されるという。

このような「上司選択制度」を導入して得られるメリットについては、以下の3つがあると思う。

(1)エンゲージメント向上

信頼のおける上司を自ら選ぶことにより、意見や提案をしやすい環境を手に入れることができる。部下のやる気や責任感が高まる。

(2)成長促進

自分のキャリアや専門分野に合った上司を選ぶことで、高度なスキルや知識を吸収しやすくなる。部下の成長を促すことにつながる。

(3)生産性アップ

上司とのコミュニケーションにストレスを感じなくなり、業務に集中しやすい環境を手に入れられる。クリエイティブな思考や問題解決能力が発揮され、生産性がアップする。

このように考えれば、いいことばかりであり、この制度は組織を活性化するうえで素晴らしい打ち手だと思えてくる。

上司に対する不満についてのアンケート結果

上司がいる、もしくは上司がいた経験のある男女1,656人を対象として、上司に対する不満やコミュニケーションにおける課題を調査したアンケート結果(出所:ベンナビ労働問題/株式会社アシロ)

実際に導入した会社では離職率低下、社員のスキル向上など成果が出ている、と報道されている。だが、いろいろな前提条件がそろっていないと、期待した効果を得られないのではないか。私はそう考えている。

会社にとっての「上司選択制度」2つのデメリット

上司選択制度を導入した結果、期待通りの効果があればいいが、リスクもあるだろう。特に問題だと感じられるデメリットを2つ紹介したい。

(1)上司の負担増加とモチベーション低下

最大のデメリットはもちろんコレだ。人気の上司には部下が集まり、負担が増加する。そして選ばれなかった上司たちは複雑な感情を抱くだろう。

人気のなかった上司は自身のモチベーションを保つことが難しい。上司のパフォーマンスが落ちることで、組織の成果そのものに悪影響が出ることは大いにあり得る。

(2)組織の不安定化

人気のある上司に部下が集中する一方で、不人気な上司のチームが縮小または消滅するリスクがある。当然組織のバランスが崩れ、業務運営が不安定になるだろう。

野球でたとえればわかりやすい。多くの人が「内野を守りたい」「外野は守りたくない」「キャッチャーはムリ」など言い始めたら、強いチームを維持できなくなるのと同じだ。

また、上司を部下が選択することで、本当に部下はやる気をアップさせられるのか? 成長するのか? 生産性を上げられるのか?という疑問もある。

ある部下のやる気が上司のせいで落ちていたのであれば、上司が変わることでストレスが減り、仕事に意欲的にもなるだろう。

一方、もともと仕事にそれほどやる気がなく、単に「今の上司が厳しいから違う上司のほうがいい」という理由であれば、当然上司が変わったところでやる気が高まるはずはない。ただ、部下のストレスが減るだけだ。

成長促進も同じである。部下自身に成長したい意欲があり、それに伴うテーマ、分野があれば、それに合った上司を選ぶことで成長促進につなげられるだろう。

生産性アップは典型的な例だ。現場で支援をしていると「たられば」を口にする社員によく遭遇する。

過去、「情報システムに入力する時間を減らしてくれれば、お客様との接点が増える」と言い張る営業に、入力作業を任せられるアシスタントをつけたことがある。しかし結果は同じ。また別の理由を持ち出して「時間がないからお客様との接点を増やせない」と言い訳をする。

反対の例もある。ある会社で「DXを推進してくれたら、もっと残業を減らせる」と問題提起した総務のメンバーたちがいた。そこで社長は大枚をはたいてDXを進めたが、いっこうに残業が減らず、それどころか生産性は落ちた。

これらは問題の箇所を正しく特定しなければ、生産性はアップできない、という典型例だ。

同様に、「上司を変えたら生産性が上がる」と考えるのは安易すぎる。生産性が上がらない原因が上司以外の要因なのに、それを特定せずに上司を変えてしまったら、単に部下のストレスが減るだけという結果になる。

リーダーとは何か? マネジャーとは何か?

上司選択制度については、「上司」と「部下」の定義をはっきりさせてから導入すべきだろう。そうでなければ「上司選択制度」に慣れた部下が、他社へ転職した際、組織にうまく馴染めなくなる可能性がある。

「上司」と「部下」の定義の前に、まずは「リーダー」「マネジャー」「メンバー」の違いについて考えてみよう。ちなみに私はリーダーとマネジャーを次のように定義し、明確に線引きしている。

リーダーとは、「高い目標に向かってチャレンジしよう」「失敗してもいい、だけど最初から諦めずに挑戦しよう」など、部下のハートに火をつける役割を持っている人だ。

リード(誘導)する人だからリーダーと呼ばれる。だからリーダーにとって重要なのは、メンバーとの信頼関係である。信頼関係は情緒的なものだ。理屈ではない。これまで組織に貢献してきた実績も必要だろうし、人柄や共感力なども求められる。

いっぽうマネジャーの仕事は、目標を達成させるためにリソースを効果効率的に配分することだ。適切に調整することをマネジメントと呼ぶし、芸能タレントのマネジャーをイメージすればわかりやすい。

マネジャーは芸能タレントのような才能はなくていいし、実績も問われない。求められる役割は「リソース配分」「調整能力」である。だから適切に調整するための論理思考力が必要だ。ダンドリできる力が乏しい人はマネジャーに向かない。

上司とは何か? 部下とは何か?

実際の現場では、「リーダーとマネジャー」「上司と部下」との関係が、しばし混在する。たとえば次の例を見てもらいたい。

【コスト削減プロジェクトチーム】
・Aさん(経営企画部 課長):リーダー
・Bさん(専務取締役):副リーダー
・Cさん(製造部 部長):メンバー
・Dさん(営業部 課長):メンバー
・Eさん(総務部 副部長):メンバー兼マネジャー
・Fさん(総務部 課長):メンバー

このプロジェクトチームのリーダーはAさんだ。しかし役職は課長であり、メンバーたちの直属の上司ではない。Bさんは専務だから、部長であるCさんの直属の上司。EさんとFさんは同じメンバーでも、総務部では上司と部下の関係だ。

このように上司だからといってリーダー、マネジャーをやる必要はなく、チームの形態によって役割は変わってくる。

では、上司は部下の教育係なのかというと、そうとも限らない。「上司のほうが優れている」という時代は終わった。

たとえば大学時代に起業経験があるXさんは、AIエンジニアとして一流だ。SNSで情報発信を繰り返し、5万人のフォロワーがいる。マーケット感覚にも長けているXさんが、ある会社に入社。上司となったYさんは、「何一つ勝てるところがなかった」と言った。

しかし組織の論理からすると、たとえYさんよりXさんにリーダーシップがあり、マネジメントスキルもあり、実務能力が上であったとしても、上司と部下との関係は成立する。

また「上司=評価する人」「部下=評価される人」であり、どんなに優れた部下であっても、部下を評価するのは上司に違いない。大事なことは、上司には部下の成果に責任を持たなければならない、ということだ。責任があるからこそ、部下を評価できるのである。

そして何よりも忘れてはならないのは、「責任がある分、権限もある」と考える「責任と権限の一致の原則」である。この原則を前にすれば、「上司選択制度」には違和感を覚えてしまう。

部下に上司を選ぶ「権限」を与えるのであれば、その分部下にはその「責任」をとってもらわなければならないはずだ。

部下が上司を選んだ以上、その上司のもとでやる気を見せる「責任」があるし、期待通りに成長する「責任」があるし、生産性をアップする「責任」がある。

まずは「余裕のある経営」が大前提

繰り返すが「上司選択制度」を否定はしない。

しかし組織というのは、変わりゆく社会の中、何らかの事情で力を発揮できない人や部署を助け合える仕組みを構築している。毎年一定の利益を出すには、リソースマネジメントが必要であり、その意思決定を会社が下すのは当然だ。

社員ひとりひとりの都合で上司を選択してしまうとリソースマネジメントがうまくできず、生産性が落ちることは間違いない。まず余裕のある経営をしていない会社は真似できないだろう。

社員ファーストを考える前に、上司とは何か、部下とは何かを改めて考えてもらいたい。

(横山 信弘 : 経営コラムニスト)

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