「職場のパワハラ人材」容易に解雇できないワケ

サラリーマン

「パワハラ」と断定するのが難しいケースが増えています(写真:zhengqiang / PIXTA)
組織をより良くするための“黒子”として暗躍している、企業の人事担当にフォーカスする連載『「人事の裏側、明かします」人事担当マル秘ノート』。現役の人事部長である筆者が実体験をもとに、知られざる苦労や人間模様をお伝えしています。
連載5回目は、職場で起きる「パワハラ」について、人事はどう捉え、どう対処しているのか、その実態と本音を明かします。
【続きの記事】「隠れパワハラ人材」見抜く採用担当あの手この手

職場のパワハラを見過ごせないワケ

職場でのパワーハラスメント……。それは社員個人の心身や尊厳を傷つけるだけでなく、職場全体の雰囲気を悪化させ、働く意欲や生産性の低下を招く。さらに、社内でのパワハラが明るみに出れば、SNSやメディアで悪評が広がる可能性はゼロではなく、企業イメージが大幅にダウンしかねない。

人材不足の日本。ただでさえ、若い人材が採りにくいのに、ひとたび「ブラック企業」などのマイナスイメージがつけば、若手人材の獲得は絶望的になる。それゆえ、職場のパワハラ問題は、人事としても決して見過ごすことのできない重要マターなのだ。

従業員向けのハラスメント相談窓口の設置や、管理職向けのハラスメント研修の実施など、パワハラ対策を講じる企業は増えている。

その動きは、2020年6月1日に施行された、「労働施策総合推進法」の改正によって、一気に加速。大企業でのパワハラ防止対策が義務化されたことにより(中小企業は2022年4月1日より施行)、職場のハラスメントへの意識はますます高まったように見える。

だが、実際はどうだろうか。確かに社会の目が厳しくなったことで、暴言や暴力などの悪質なパワハラは減ったかもしれないが、他者の目が届きにくいところで、パワハラ未満の圧に悩まされている社員は少なくないかもしれない。

「パワハラか、パワハラ未満か」

厚生労働省によれば、職場でのパワハラは、以下のように定義されると言う。

職場における「パワーハラスメント」とは、職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①~③までの要素を全て満たすものをいいます。
※客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、該当しません。(厚生労働省資料より抜粋)

上記にある、「業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導」とは、いったいどこまでなのか。それぞれの組織の判断に委ねられているように思えてならない。

人事の立場から正直に話すと、「あなた、パワハラしましたよね」と、明確にパワハラ認定するのは非常に難しいのが実情だ。

これは自身が勤務していた会社での基本的な流れだが、社員から「上司にパワハラをされた」もしくは「上司からの圧に悩んでいる」などの相談があった場合は、まずは相談者本人にヒアリングを実施する。

これまでの経緯や具体的な言動を事細かに聞き出すとともに、同じ部署内のほかのスタッフにも、パワハラの事実がなかったか、ヒアリングを行う。

上司と同年代のスタッフに聞いてみると、「若手を厳しく叱るのも指導のうちだ」と上司の肩を持つことも多い。そのため、なるべく見方が偏らないよう、さまざまな年代・属性のスタッフに聞くことも心がけている。

そのうえで、上司の側に明らかに部下を傷つけるパワハラ発言・行為があれば(上司との会話を記録した音声データやメール、チャットがあれば動かぬ証拠になる)、懲戒処分を下すこともある。

ちなみに、懲戒処分は最も軽い1から最も重い6まである。

<懲戒処分とは>
1:戒告・けん責(始末書の提出など)
2:減給
3:出勤停止
4:降格
5:諭旨解雇・諭旨退職
6:懲戒解雇

パワハラ「グレーゾーン」が圧倒的

でも、実際はパワハラと断定できない、つまり懲戒処分の対象に当たらない、「グレーゾーン」であるケースが圧倒的だ。

「部下が立て続けにミスをしたため、耐えかねて強い口調で叱ってしまった」「部下からの報告が少ないので、進捗を細かく尋ねてしまった」など、客観的に見ても、業務内での強めの指導やミスコミュニケーションであることも少なくない。

また、こんなケースもある。「上司がずば抜けて仕事がデキるために、部下がプレッシャーを感じてメンタルがやられてしまった」などだ。そうした本人が意図していないところで、部下に圧力がかかってしまうケースもある。

もうこうなってくると、双方の相性や業務の適性の問題も絡んでくるため、本人たちの意向も踏まえ、上司、部下どちらかの配置転換を試みる。それに一度、問題となった以上、双方がそのまま同じ部署で働くのも気まずいため、「異動」は有効な手段となる。

一方、ヒアリングの結果、「パワハラとは言い切れないものの、上司の態度や言動に問題が見られる」場合もある。その場合はさらに上役の部長や役員に登場してもらい、注意・指導をしてもらう。

ときに、上層部からの注意・指導は、パワハラや問題行動への抑止力にもなる。

部下を潰していても解雇はできない

このように、悪質なパワハラ行為があったと断定できない限り、基本的に「本人への注意・指導」や「配置転換」という形で“経過観察”することになり、懲戒処分まで至らないケースがほとんどだ。

私自身が見聞きした中での話だが、これまで20年以上、複数の会社で人事を経験してきて、パワハラが理由で懲戒解雇になった社員は、一人もいなかった。

懲戒解雇とは、従業員を一方的に解雇する処分のこと。退職金も出ない、懲戒処分の中で最も重たい処分だ。悪質なパワハラを何度も繰り返し、そのたびに厳重注意や減給、出勤停止などの懲戒処分をしてもまったく改善が見られない場合に、初めて検討されるべきものである。

懲戒解雇に至るまでには段階とそれ相当の事由が必要であり、パワハラをしたから即辞めさせる、というわけにもいかないのだ。

ある上司の下だけ、なぜか部下が何人も辞めていたり、休職したりしている……。そうしたケースも、本人たちからのパワハラの訴えや明らかなパワハラの事実がない限り、当該上司に懲戒処分を下すことはできない。

もちろん、部下が何人も潰れているのであれば、マネジメントに不向き、あるいは人間性にも問題があるとして、部下をつけない形での配置転換を行うなど何らかの対処が必要だ。

だが、解雇までは容易にできないため、ある種、“厄介な問題社員”として会社に残り続けることになる。人事が言っちゃいけないが、そういう人物に限って会社にしぶとく居座り、定年まで辞めてくれないのである。

「パワハラ人材は採用しない」が鉄則

たった一人のパワハラ人材が、職場環境をたちまち悪化させ、良貨を駆逐してしまうことがある。

だからこそ、そもそもパワハラ人材は、組織に入れないのが鉄則だ。私自身は、「少しでも“パワハラ臭”がしたら採用しない」ことをポリシーとしている。

とはいえ、限られた選考プロセスで、パワハラ人材を見抜くのは至難の業だ。

たとえば、応募者の中には、目標達成のために“強いリーダーシップ”で部下を導くタイプの人もいる。ときに部下を鼓舞し、ときにフォローしながらも、力強い推進力で瞬く間に結果を出していく。

こうしたデキる管理職は、即採用レベルなのだが、「強いリーダー」と「パワハラ上司」は似て非なるものであり、紙一重でもある。

一見、見分けがつかない、「隠れパワハラ人材」を見抜くべく、日々目を皿のようにして採用活動を行っているのが現状だ。次回は、パワハラ人材を見抜くために採用時に心がけているポイントについて、お伝えしたいと思う。

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(萬屋 たくみ : 会社員(人事部長))

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