部下の「辞めます」で優秀な上司も降格になる時代

離職防止の教科書

「どんなに優秀な人でも、人を辞めさせる社員は、評価を下げざるを得ないです」そう語る社長が増えている理由を解説します(画像:tetsuro125/PIXTA)
今、多くの企業が人手不足に悩み、現場が回らず、事業縮小、あるいは廃業する事例が増えており、人手不足が原因の倒産は過去最多を更新しています。
人手不足の原因は、人が採れないことと、人が辞めることです。
この点、少子化などの影響により、採用が難しくなっている以上、まずは離職を防ぐことが求められます。
ただ、その意識を持てていない上司は複数の部下を辞めさせ、会社を衰退に導いています。それにより、部下の離職の原因となった上司に対する会社の対応が変わりつつあります。
そこで、経営心理士として1200件超の経営改善を行い、離職防止の指導も数多く行ってきた、一般社団法人日本経営心理士協会代表理事・藤田耕司氏の著書『離職防止の教科書――いま部下が辞めたらヤバいかも…と一度でも思ったら読む 人手不足対策の決定版』から一部を抜粋・再編集し、上司として知っておくべき人手不足、採用難の現状と会社の対応の動向についてお伝えします。

部下の離職によって降格となった人たち

「彼は、仕事はできる人間なんです。でも、今、これだけ人が足りてない中で人を辞めさせるようなことをされたら、厳しく対応せざるを得ないです」

離職防止の教科書: いま部下が辞めたらヤバいかも…と一度でも思ったら読む 人手不足対策の決定版

ある運送業の会社で、執行役員が降格となりました。

その理由は、部下がミスをするとかっとなって怒鳴りつけるなど、部下に対する当たりがきつく、それが原因で複数の部下が辞めたためです。

「昔は仕事を取りたかったから、仕事を取ってくる社員を高く評価してました。でも今は、仕事は取れるけど人が足りない。今うちに一番必要なのは人なんです。だから、仕事を取ってくる社員でも人を辞めさせる社員は、評価を下げざるを得ないです」

また、別の会社では営業部長が新人の身だしなみを改めるよう何度か指導したものの、一向に改めないため、きつく叱る必要があると判断し、新人を叱りました。

その結果、新人が出社しなくなり、そのまま退職しました。その責任を問われ、営業部長は降格となりました。

募集すれば人が採れる。

そういう時代であれば、部下が辞めたなら、また募集をかければよく、部下の離職の原因となった上司がきつく責任を問われることはあまりなかったかもしれません。

例えば、営業成績がトップのベテラン営業マンの部下に対する当たりがきつく、その人が原因で何人も部下が辞めている。でも会社はその営業マンを一向にとがめない。

そんなケースもたくさん見てきました。

でも今、そんな状況が変わりつつあります。

人が採れなくなるほど、離職の責任は重くなる

少子化などの影響により、多くの会社は募集しても思うように人が採れません。その状況で社員に辞められると辞めた穴を埋めることができず、社員が減っていくのです。

そのため、部下の離職によって現場が回らなくなり、事業縮小や廃業に至る会社が増え、人手不足が原因の倒産は過去最多を更新しています。

このように、離職がもたらす影響が深刻化するにつれ、企業の人事評価にも大きな変化が生じています。

冒頭の事例のように、部下の離職の原因となった上司に対し、その責任をきつく問うケースが増えているのです。

長年の努力と苦労によって手に入れた地位が、部下の離職によって瞬く間に失われるわけです。

今後、人手不足が深刻化するほど、社員の評価において「部下が辞めていないか」を重視する会社が増えていくでしょう。

しかし、「部下が辞めたなら、また採ればいい」という感覚のまま仕事をしている人は少なくありません。

そして、部下にきつく当たるなどして部下が辞め、責任を問われる。冒頭の話はその一例です。

そういったことのないように、まず現場の上司は、現代の採用事情を把握しておくことが必要です。

内閣府の「令和4年版高齢社会白書」によると、15~64歳の生産年齢人口(国内で行われている生産活動に就いている中核の労働力となる年齢の人口)は次のように推移すると見込まれています。

2010年:8152万人
2020年:7509万人
2030年:6875万人
2040年:5978万人
2050年:5275万人

『離職防止の教科書――いま部下が辞めたらヤバいかも…と一度でも思ったら読む 人手不足対策の決定版』より引用

このデータを見ると、10年で約1割のペースで生産年齢人口が減少しています。皆さんの会社の社員数が10年ごとに1割ずつ減っていく状況をイメージしてください。そうやって人が減り、多くの組織が深刻な人手不足に悩まされるおそれがあるのです。

急激に上昇している募集の際の提示年収

そのため、企業の動向も変化しています。

募集すれば人が採れた時代は、「人はいる。でも仕事が足りない」と、多くの会社が営業やマーケティングにコストをかけ、仕事の獲得に注力していました。

しかし、今は思うように人が採れず、「仕事はとれる。でも人が足りない」という会社が増えています。そういう会社は採用にコストをかけます。

それによって、募集の際に提示する金額もこの数年で急激に上がっています。

入社初年度の年収は募集の際に提示する年収と近似しますが、マイナビの調査によると、初年度の年収の平均額は次のように推移しています。

2018年:428.2万円
2019年:437.6万円
2020年:450.5万円
2021年:453.2万円
2022年:454.2万円
2023年:456.6万円

『離職防止の教科書――いま部下が辞めたらヤバいかも…と一度でも思ったら読む 人手不足対策の決定版』より引用

たった5年で28.4万円もの増額です。

今は売り手市場(求職者よりも企業の求人数のほうが多く、求職者に有利な状況)の状況にあり、生産年齢人口がさらに減少することを考えると、今後も売り手市場の状況は続き、募集の際の提示額は、さらに増加すると見込まれています。

また、募集の際の提示額を上げると先輩社員の年収を上回ってしまうため、先輩社員の給料を上げてから、募集の提示額を上げる会社も出てきています。 

そのため、今、社員に辞められた場合、その穴を埋めるためには、以前より高い年収を提示しなければ採用が難しくなっているのです。

また、募集の提示年収を上げるために、既存社員の給料も上げなければならなくなるおそれすらあるのです。

部下が辞めないマネジメントスキルを磨く

こういった背景から、部下の離職がもたらす会社へのダメージは、年々大きくなっています。そして、今後もさらに大きくなっていくでしょう。

そのため、会社としても「部下が辞めたなら、また採ればいい」という感覚で複数の部下を辞めさせてしまう社員を放置するわけにはいかなくなっているのです。

それはつまり、部下が辞めないマネジメントができるかどうかが、今後、評価に大きく影響するということでもあります。

(藤田 耕司 : 経営心理士、税理士、心理カウンセラー)

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