「若手を叱るな」「本気ですか?」で組織崩壊の悲劇
「若手を叱るな」でベテラン社員が辞める
あるメーカーに勤務する30代男性からこんな話を聞きました。
「最近の若手は叱ったらすぐ辞めるから絶対に叱るなと会社から指示がありました。だから若手が遅刻しようがミスしようが叱らないようにしてます。
そしたら若手の勤務態度がどんどん悪くなってるんですが、上司はずっとこらえ続けてるわけですよ。
それで会社の雰囲気も悪くなって、変にギスギスし始めて。それを見るに見かねた部長が社長に直談判しに行ったんです。そしたら社長に『今、募集かけたって新人が採れないのに、叱って若手が辞めたらどうすんだ! お前責任とれんのか!』って言われて、聞く耳を持ってくれなかったらしいんです。
それを契機に何人かベテラン社員が辞めました。うちの会社、崩壊寸前ですよ」
私は経営心理士、公認会計士として経営心理学に基づいた経営改善の仕事をしていますが、その中で多くの経営相談を受けます。
その中には「若手を叱るなという指示を出したものの、それが原因で組織が乱れ始めた。どうすればよいか」という相談が何度かありました。
「若手を叱るな」といった指示を出す会社はありますが、それで若手社員が頻繁に問題行動を起こさなければ、その指示は問題なく運用できます。
しかし、若手社員が頻繁に問題行動を起こす場合、この指示は会社を崩壊に導きます。
ある建設関連の会社では、社長が離職防止のために、上司が部下を叱ることを禁じました。
そのため、若手社員が遅刻をしても上司は見て見ぬふり。それによってその若手社員は頻繁に遅刻をするようになり、その状況に他の社員は苛立ちを覚えます。こういった場合、その苛立ちは部下を叱ることを禁じた人に向かうようになります。
そして、あるベテラン社員が社長に抗議するかのように、わざと遅刻するようになりました。ただ、部下を叱るなと言った以上、社長もそのベテラン社員を叱れず、会社の空気は険悪になり、社員のモチベーションは大きく下がっている状況。
このままだと組織が崩壊しかねないという相談もありました。
叱らないということの弊害
募集をかけてもなかなか人が採れない会社は、やっとの思いで採用した新人が離職をすることを恐れ、腫れ物に触るように関わる会社も多いです。
そういう会社では「若手を叱るな」という指示を出すことも珍しくないのです。
たしかに今の若手社員は、叱るとすぐ辞めるというのは傾向としてあります。
それはストレスに弱い、学生時代に叱られたことがあまりないため叱られることの耐性がないということに加え、今は圧倒的な売り手市場のため、転職先は探せばすぐ見つかるという状況も影響しています。
しかし、ルールを破ったときなど、叱るべきときに叱らないと、部下は「これは叱られないんだ」と学習し、また同じことを繰り返します。
周囲も「あんなことしてるのに叱られないんだ。じゃ、自分もやっていいのかな」と思い、同様の行動を取るようになることがあります。
そうなると組織の規律が乱れ、雰囲気は悪くなり、士気も下がり、社員は大きなストレスを抱えるようになります。
その結果、若手社員のみならず、全社員の離職の可能性が高まるわけです。
部下を叱る際にはプライドを傷つけない
もちろん若手の離職を防ぐことは大事なことです。
ただ、それを重視するあまり、会社の規律や雰囲気、士気、そして他の社員を犠牲にしてよいかというと、決してそうではないでしょう。
そのため、叱るべきときに叱ることは必要だと考えます。ただし、離職されないように叱り方には細心の注意を払う必要があります。
まず、叱る際には絶対にプライドを傷つけないことです。
人にはプライドを守ろうとする本能があるため、プライドを傷つけられると心を閉ざし、その人と距離を取ろうとします。
そのため、プライドを傷つける叱り方をすると部下との関係が悪化し、離職に至るおそれもあります。
プライドを傷つけない叱り方の1つとして、大前提として相手を肯定したうえで部分的に叱る方法があります。例えばこんな叱り方です。
「君は仕事の上達が早いよね。やっぱりこういう能力が高いんだと思う。大したもんだ。ただ、この点はちょっとできていない。それはもったいないから、今のうちに直しておこう。とはいえその能力を伸ばしていけば今後が楽しみだ。期待してるよ」
こういった叱り方をすることで、部下のプライドが傷つく可能性を減らせます。
ただ、こういった叱り方をしたほうがいいと頭ではわかっていたとしても、怒りが生じるとそれが難しくなります。
怒りという感情は心拍数を上げ、戦闘態勢をとらせ、攻撃心を喚起し、「怒る」というコミュニケーションをとらせようとします。
部下を叱ることは必要ですが、部下を怒ってはいけません。そこで知っておいていただきたいのが、「叱る」と「怒る」の違いです。
「叱る」は相手や組織のために相手の行動を改善させるためのコミュニケーションであり、その目的は「行動変容」です。
一方、「怒る」は生じた怒りを相手にぶつけるコミュニケーションであり、その目的は「攻撃」です。その攻撃の効果を高める方法が「プライドを傷つける」という方法です。
そのため、怒りが生じるとわざとプライドを傷つけようとさえします。
叱る目的を常に意識する
そうならないためにも、怒りが生じているときは、部下を叱ろうとせず、一旦、怒りが収まるまで待つことです。
そして叱る際も、叱る目的は「攻撃」ではなく「行動変容」だということを常に意識してください。
叱り始めて言葉を発するにつれ、怒りがこみあげてくることもあります。その場合、攻撃心も芽生えます。
その攻撃心が大きくなる前に「今回の目的は攻撃ではない。行動変容だ」と目的に立ち返ることで、冷静になるきっかけが得られます。
また、どんな叱り方にせよ、叱ることで若手が離職するリスクはあります。
離職は会社にとっても大きな問題であるため、叱る前に上司や上層部に確認を取る、あるいは同席してもらうことも検討したほうがよいでしょう。
このようにして、離職のリスクを極力抑えながら、叱るべき点は叱ることで、組織の規律や雰囲気、士気を保ち、健全な組織運営を目指していただければと思います。
(藤田 耕司 : 経営心理士、税理士、心理カウンセラー)
09/12 07:30
東洋経済オンライン