特別モデル「F80」とは次元が違う! フェラーリの伝統を継承する「ドーディチ チリンドリ」は“新V12エンジンの恩恵”で快適性も抜群
“スペアチーレ”の新たな頂点「F80」を発表したばかりのフェラーリですが、絶滅危惧種であった自然吸気V12エンジンを新開発し、フロントミッドに搭載したフェラーリ“ストラダーレ”の新フラッグシップ「ドーディチ チリンドリ」の存在感が薄れることはありません。何しろフェラーリブランドの伝統の系譜という点において、「ドーディチ チリンドリ」は完膚なきクラシックだからです。
ふたつのフラッグシップを同タイミングで世に放ったフェラーリ
先日、フェラーリが新しい限定モデル「F80」を発表したのをご存じの方もいらっしゃると思います。
799台の限定数はすでに完売とされるコレ、車名の由来は彼らにとって創業80周年となる2027年に生産の最終段階を迎えるということで、要は自ら誕生日の先祝いというわけです。こういうシャレを笑ってもらえるのもフェラーリの“人徳”なのかもしれません。
1984年、WRC(世界ラリー選手権)のグループBレギュレーションに合致する排気量を携えたホモロゲーションモデル(市販車ベースのマシンで争われるレースやラリーに参戦すべく開発・販売された車両)として、272台が発売された「288GTO」の知見を元に、フェラーリの創業40周年を記念するモデルとして発売された「F40」。
当初の予定を大幅に上回る1300台あまりがつくられたこのモデルは、創業者のエンツォ・フェラーリが発表を最後に見届けたモデルとなったこともあり、以降、フェラーリの限定車は、市中でも特別=スペチアーレと呼ばれるようになります。
以降、1995年には、F1直系のV12エンジンをカーボンモノコックにリジットマウントした最もスパルタンなスペチアーレの「F50」、2002年にはま全く新しい設計のV12エンジンを搭載した「エンツォ」、そして2013年にはそのV12エンジンをハイブリッド化した「ラ・フェラーリ」が発表されました。
今回の「F80」は、この流れの延長線にあるスペチアーレに位置づけられます。これが発表されるということは、例えるなら善光寺よりも頻度の低い“フェラーリの御開帳”的なメモリアルイベントというわけです。
と、フェラーリにとっては御開帳クラスの儀礼となるスペチアーレの発表ともろかぶりの今春に発表されたのが「ドーディチ チリンドリ」。「F80」はスペチアーレですが、「ドーディチ チリンドリ」はカタログモデル的な位置づけとなるストラダーレのフラッグシップです。
いってみれば、ふたつの頂点が間髪入れず、ほとんど同じタイミングで世に現れる。過去を振り返ってみても、こういう前例はありませんでした。
いってみれば、ふたつの大花火がポンポーンと相次いで打ち上がったわけですが、その理由は、双方のキャラクターがともにフェラーリにとって大切なものであるからだと推すことができます。
「F80」は、現在フェラーリが戦っているレーシングフィールドに最も近いモデルです。カスタマーレーシングのゲートウェイでもある「296GT3」も、WEC(FIA世界耐久選手権)のトップカテゴリーマシンである「499P」も、そのパワートレインの基礎は「296GTB」が搭載するF163型、つまり120度バンクの3リッターV6ツインターボにあります。しかも「296GTB」は、パフォーマンス&プラグインとふたつの意味を持つ“P”HEVの体を採っていますから、環境性能的にも丸腰というわけではありません。
いってみれば、フェラーリは彼らにとっての最量販帯である「296GTB」の企画の傍らで、バキバキの最前線を戦うパワーユニット開発を並走させていたわけです。当初は、幅的にFR=フロントエンジン/リアドライブの「ローマ」にも収まらない120度V6エンジンなんてつくってモト取れるのかね? と思ってましたが、お金のかかる骨格設計をきっちりレーシングの側と共有していたわけですから、さすがの巧者ですよね。
さらにいえば、V6はいまやF1も採用するエンジン形式ですから、「F80」は現代のフェラーリが表現するにふさわしいロードゴーイングレーサーともいえます。スペチアーレがここまでレーシングの側に寄ったコンセプトを打ち出してくるのは、F1仕様のV12エンジンをリファインして搭載した「F50」以来ではないでしょうか。
対して、本記事の主役である「ドーディチ チリンドリ」です。こちらが搭載するのは、2002年の「エンツォ」登場とともに生産が開始されたF140型。65度バンクのV12エンジンは21世紀のフェラーリの象徴ともいえる存在です。
が、さすがに四半世紀近くもつくり続けていると、環境性能への適合などで難しい局面にも出くわします。そんなこんなもあって、「812スーパーファスト」の後継となるモデルをもって、いよいよフェラーリの12気筒もハイブリッド化されるのではないか……と、ここ1~2年はクルマ好きの間でささやかれていたわけです。
しかし、我々の前に現れた「ドーディチ チリンドリ」は、1970年代前後のノスタルジーをチラチラと感じさせるエクステリアとともに、駆動モーターやスタータージェネレーターのような仕かけもない無添加のV12を積んだモデルとして登場しました。
多くのカスタマーにとっては肩透かしを食らった格好ですが、怒れないのは「ドーディチ チリンドリ」が単なる「812スーパーファスト」のスキンチェンジではなく、車台からきっちり手を加えたスーパースポーツに仕立てられていたからです。
その多くのノウハウは、先に限定発売された「812コンペティツィオーネ」から導かれているというところも、フェラーリの常套というわけです。
速さとゆるやかさ、快適性と運動性など相反する要素を高次元で融合
「ドーディチ チリンドリ」の「812スーパーファスト」からの進化点として最も注目されるのは、物理的に20mm短縮されたホイールベースに重ねて、彼らがいうところのバーチャルショートホイールベース=後輪操舵が加えられたことでしょう。
いわずもがな、運動性能の向上をねらったものですが、一方で搭載されるF140HD型ユニットは830馬力のアウトプットがありますから、スタビリティの側が心配になってきます。
が、「458イタリア」辺りからのフェラーリは、eデフ+サイドスリップコントロールに代表されるボディコントロールデバイスの統合制御がとても上手になりました。「ドーディチ チリンドリ」はその最新世代ということもあって、クローズドコースでも不安なくそのパワーを扱うことができます。
もちろん、思慮なく踏めば簡単にクルクル回ることは自明ですが、ヒューマンエラーを可能な限り軽減しつつ、ドライビングプレジャーを際のキワまで引き出す味つけはさすがといえます。
一方で、「812スーパーファスト」を大きくしのぐのは乗り心地のよさでしょう。高速域では操舵と同位相で連動する4輪操舵のおかげもあってサス設定の自由度が高まった、そこを快適性の側にもしっかり振り分けている、そんな印象です。
そしてあろうことか、この快適性に一助しているのが件のV12ユニットです。低中回転域のしなやかな摺動感はさながら高級サルーンの趣きながら、高回転域に向けての無尽蔵にわき立つかのごときパワーと、シンクロするハイトーンなエキゾーストサウンドは、フェラーリ以外の何物でもないことを乗る者に焼きつけてくれます。
速さとゆるやかさ、快適性と運動性といった相反する要素を高次元でまとめ上げる、そんなクルマは世にGTと称されてきました。そしてそのコンセプトが生まれた欧州の地で、GTの最高峰と称されてきたのが実はフェラーリです。
アストン マーティンやマセラティやとGTの名門は数あれど、フェラーリにはレーシングフィールドから降りてきた12気筒ユニットがありまして、それを搭載した「250GT」シリーズが1960年代を相前後して一世を風靡したことで、フェラーリのポジションは決定的なものとなったわけです。
その「250GT」シリーズの中からは、「250GT SWB」や「GTO」といったスーパースポーツの流れも派生します。「ドーディチ チリンドリ」はいってみれば「250GT」シリーズのふたつの文脈を併せ持ったオーセンティックなフェラーリの最高峰といえるでしょう。
価格差だけでみれば「F80」とは次元が違う存在に見えるかもしれませんが、ブランドの伝統の系譜という点においては、「F80」とは一線を画する完膚なきクラシックという見え方もするわけです。
11/09 21:10
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