マンネリ化し始めた「観光列車」 似たようなデザイン&サービスで本当にいいのか? 現代人を魅了するための「三つの逆転策」を考える
観光列車の飽和状態と課題
観光列車はその名のとおり、観光を目的とした特別な列車だ。通常の通勤や輸送用の列車とは異なり、風景や地域の魅力を楽しむことを目的としており、車両のデザインや内装、サービスに工夫がされている。その多くでは、地域の食材を使った料理や地域の文化を体験できるイベントも提供されている。特に、風光明媚(めいび)な地域を走ることが多く、車窓からの景色が魅力となっている。
そんな観光列車だが、
・地域活性化
・鉄道事業者の収益改善
を目的に運行されるようになって久しい。JR各社だけでなく、
・えちごトキめき鉄道(新潟県上越市)「雪月花(せつげっか)」
・あいの風とやま鉄道(富山県富山市)「一万三千尺物語」
など、他の鉄道会社でも観光列車の運行が増えている。
しかし、完全に新しい車両を使った観光列車の導入事例は少なく、最近では
「似たようなデザインやサービス」
が多く、一度は話題になるものの、次第に飽きられてしまうことが多い。多くの観光列車は、古い車両や既存の車両をリニューアルしてコストを抑えた運営が主流となっており、その結果として個性が薄れ、特別感が失われていることも少なくない。
また、和モダンな内装や地域料理を提供するサービスは一定の評価を得ているが、これも多くの観光列車で似たような傾向が見られ、利用者に新鮮さを感じさせることが難しくなっているのが現実だ。鉄道事業者のコンテンツマーケティング力も十分とはいえず、利用者のニーズやトレンドを反映しきれていない。こうした背景を踏まえ、観光列車が飽きられないためにはどうすればよいのかを考えてみたい。
筆者の意見
鉄道事業者は、既存の車両の内装を地域の素材(例えば木材)でデザインし、外観を地域に合わせたカラーリングにする方法をよく採用している。
しかし、筆者(高山麻里、鉄道政策リサーチャー)がさまざまな利用者にヒアリングした結果、鉄道愛好者を含む多くの人が次のように感じていることがわかった。
・多くの観光列車を乗り歩いている
・同じような外装デザインや内装デザインが多く、飽きている
・乗車賃が高いと感じている
そのため、彼らが求めているのは、
・地域らしさを感じられる
・地域の人々とコミュニケーションを取れる
ことだ。観光列車が飽きられないためには、車両自体の魅力だけでなく、地域との動的な連携、利用者の多様なニーズへの対策が不可欠なのだ。具体的には、
・地域の「旬」を取り入れる柔軟な仕組み
・ターゲット層ごとの体験を重視したサービス展開
・利用者の声を反映させた改善とマーケティング活動
のような「逆転策」が重要である。
求められる「三つの逆転策」
それぞれについて、詳しく説明していこう。
●地域の「旬」を取り入れる柔軟な仕組み
季節ごとに内装や食事メニュー、イベントを更新し、その時期にしか体験できないことを提供することで、リピーターを増やせる。筆者は、特別な車両を導入する必要はないと考えている。
既存の車両を活用し、季節ごとに装飾を変更し、食事やイベントを適宜入れ替えることで、低コストで観光支援ができると感じている。価値のある車両を生かして、車内で楽しい時間を過ごせるように、旬の要素を柔軟に取り入れることが重要だ。また、最近のデジタルトランスフォーメーション(DX)技術の進化により、プロジェクション技術を使って従来の車両のインテリアを柔軟に変えることもできる。特別な車両を使うとサービスが固定化される可能性もあるため、柔軟に対策することが求められる。
●ターゲット層ごとの体験を重視したサービス展開
季節や路線によって、鉄道の利用者層は異なる。例えば、若年層のグループ、カップル、家族連れ、シニア層など、それぞれの特性に合った体験を提供する必要がある。具体的には、
・若年層:SNS映えするフォトスポット
・家族連れ:子ども向けのプログラム
など、ターゲットに合わせたサービスが効果的だ。しかし、鉄道事業者の多くは、利用者エクスペリエンス(UX)の重要性に十分に気づいていない。
UXとは、サービスを利用したときに利用者が感じる体験全体のことだ。使いやすさだけでなく、その過程での感情や印象、満足度も含まれる。UXは、利用者がサービスを利用することで得られる体験をよいものにし、ウェルビーイングを高めることが求められている。ウェルビーイングとは身体的、精神的、社会的な健康や幸福の状態を指す。単に病気がないことだけでなく、生活全体の質や満足度を含む広い概念だ。ターゲット層を明確にし、彼らのウェルビーイングを高めるサービスを柔軟に考えることが大切だ。
●利用者の声を反映させた改善とマーケティング活動
SNSやアンケートを通じて利用者の意見を集め、それをもとにサービスやコンテンツを柔軟に改善することが必要だ。筆者が鉄道事業者に、マーケティング調査を継続的に行うべきだと指摘したところ、次のような理由でその重要性が“後回しにされがち”だと話していた。
・人手が不足している
・専門人材の雇用が難しい
また、地域の産学官との連携で、マーケティングや社会調査に強い人材を探す努力も足りていない場合が多い。鉄道事業者と観光列車を運行する人材との連携が薄いことも、予想以上に多い現状だ。
※ ※ ※
観光列車は単なる移動手段ではなく、
「地域文化を体験する場」
であるべきだ。利用者がまた乗りたいと思えるような仕掛けが必要である。しかし、特別な車両を使うという固定観念が、柔軟なコンテンツの企画やサービス提供の妨げになっているように感じる。
地域文化の体験価値を高めることが求められており、前述したように
「従来の車両 + コンテンツ」
での取り組みも十分に試す価値がある。なぜかそれを試す鉄道事業者がほとんどいないのは、非常に残念だ。
筆者への反対意見
こうした筆者の意見に対して、次のような反対意見も考えられる。
・動的で柔軟なサービス更新にはコストがかかる
・利用者が求める非日常感にどう答えるか
・地域との連携が地域側に負担をかける可能性がある
これらについても詳しく説明する。
●動的で柔軟なサービス更新にはコストがかかる
季節ごとに内容を更新するためには、追加の資金や人員が必要になる。そのため、中小規模の鉄道事業者にとっては、現実的ではない場合もある。また、地域との連携にも限界があるとの指摘があり、マーケティングの専門的人材を探すためのコストも問題となっている。
●利用者が求める非日常感にどう答えるか
特別感や非日常感を重視する利用者も少なからず存在しており、リピーターを意識せず、1回限りの訪問者を増やすマーケティング戦略が有効だと考える人も多い。具体的には、特別車両を客引きのために使えばよいという意見だ。固定されたコンセプトやデザインの方が魅力的で、目立つことで広報効果も高まるという考え方も根強い。そして、沿線地域も目立つ車両に期待している。
●地域との連携が地域側に負担をかける可能性がある
地域の農産物や特産品を活用する試みは魅力的だが、供給体制や人手不足などの問題から、地域側に負担がかかるリスクがある。持続可能性について不安を感じる声も多く、人口減少や人手不足の観点からも懸念されている。
以上のような意見もあり、動的で柔軟なサービス展開や多様性の追求が必ずしも正解とは限らない。
柔軟対策で観光列車を進化
筆者の意見と反対意見を整理すると、観光列車が飽きられないためには、「固定要素」と「変動要素」をうまくバランスを取ることが重要だと考えられる。
・固定要素:一定のテーマやデザインを維持することで、利用者や沿線地域に安心感を与える。これにより、変動要素を減らし、過剰なコスト負担を抑えることができる。
・変動要素:季節限定の食事メニューやイベントを、規模を大きくしすぎず、過剰に行わないことで、リピーターが飽きないようにし、獲得していく。
地域との連携については、地域に過剰な負担をかけないシステムを作ることが求められる。例えば、
・地域の青果物の生産者と連携した短期イベント
・地域資源を活用した低コスト施策
が現実的だ。また、SNSを活用して利用者の声を柔軟に反映させたり、ターゲット層に特化したりした広告戦略を取ることも重要である。
観光列車の車両はリニューアルされることが多く、意外にも老朽化が早い。コスト面を考えると、既存の車両を観光用途にも使えるように兼用車両として活用することで、柔軟な対策が可能になる。また、前述のプロジェクション技術を使って車両の雰囲気を変える方法もある。柔軟性や可変性は情報技術で実現できる。
運賃が安い観光列車を求める声も多いため、既存の車両を活用した戦略を試してみる価値がある。その結果を見て、観光列車をより良くするために収束させることも戦略として重要である。
観光列車は地域や利用者とともに成長するべき存在であり、特別感を保ちながらも柔軟性や持続可能性を備えた運営が成功の鍵となるだろう。
11/24 12:11
Merkmal