なぜ鉄道の「車内販売」は次々廃止されるのか? コスト削減と利便性のジレンマ、狭間で揺れるサービスの行方とは
車内販売廃止で消える楽しみ
近年、鉄道車内での販売サービスが次々に廃止されている。特に、新幹線や特急列車などの長距離列車では、自動販売機すら設置されないケースが増えてきている。
これには、運営コストの削減や効率化を目指す企業側の意図があると考えられる。コストを抑えるため、車内でのワゴン販売や自販機の撤去が進み、鉄道業界の経済的な側面が色濃く反映されている。
しかし、その一方で、消費者からは
「車内での楽しみが減った」
「飲み物を買えなくて困った」
といった不満の声も広がっている。このような一斉廃止の流れに懸念を示す意見も少なくない。特に、長時間の移動中に飲料を確保できないことが、緊急時の対応に影響を与えるのではないかという指摘もある。
この現状において、車内販売の廃止が適切な流れなのか、社会的・経済的な観点から再考する必要がある。本稿では、その点について検討していきたい。
長距離列車の快適さ、消失の危機
筆者(高山麻里、鉄道政策リサーチャー)は、車内販売の廃止には
「経済的な正当性がある」
と考えている。確かに、昼間に長距離の優等列車に乗っても、1車両で誰も買わない場面を何度も見てきた。販売が多く見込めるのは、平日朝夕の通勤時間帯や休日の観光利用が多い時間帯に限られる。
・販売員の人件費
・商品の仕入れ
・ワゴンの購入/維持
など、さまざまなコストがかかる。一方で、車内販売や自動販売機の廃止は、消費者のニーズを無視しているようにも感じるため、望ましくない状況だ。鉄道会社や関連企業が経営効率を重視するのは理解できるが、サービスの質を維持しつつ
「消費者の利便性を損なわない方法」
を考えることも重要だ。特に長距離列車での車内販売や自動販売機の廃止は、
・車内での楽しみ
・移動の快適さ
を低下させる可能性がある。飲み物を確保する手段がなくなることは乗客にとって不便で、長時間の移動中に体調不良のリスクも増える。さらに、優等列車の多くは窓が開かないため、停電などの緊急時には
「暑さ対策」
として水分を確保する手段も必要となる。
このような状況では、鉄道会社は効率化とサービス維持のバランスを取るべきだ。鉄道ビジネスは、サービスを提供する側とそれを享受する生活者があって初めて成り立つものである。こうした視点から考えると、
・無人の販売機
・事前予約制の飲食物のサービス
など、別の形でのサービス提供が望ましいのではないか。
筆者の提案に反対する意見
車内販売の廃止に賛成する意見も多く存在する。その主な理由は以下の四つだ。
・コスト削減の観点
・流動性と利便性の観点
・ビジネス利用促進の観点
・その他の観点
ひとつずつ説明しよう。
●コスト削減の観点
車内販売を維持するためには、人件費や物流コストがかかる。近年ではどの業界も人手不足で、販売スタッフの人件費を削減することは難しい。また、物流コストも運転士の安定的な確保のために減らすことができない。
車内で販売される商品の価格が高くなることが多いため、わざわざ売りに来る必要はないと考える人も多い。駅で事前に購入すれば済むし、何度も音や声を出して販売を促す必要もないという意見がある。
特に乗車率が低い列車では、売り上げが安定せず、運営が非効率になることが多い。そのため、鉄道会社や販売担当の関係者は、経済的に車内販売を維持するのが難しいと感じており、車販準備室を座席や荷物スペースに転用すべきだという意見も出ている。
●流動性と利便性の観点
車内販売を廃止し、自動販売機も設置しないことで、かえって利便性が向上する場合もある。特に多客時には、乗客がスムーズに移動できることが重要だという意見がある。
近年では、鉄道駅やその周辺のショップで事前に飲料や食事を購入することが容易になっており、これを促進すれば車内の混雑を防ぎ、快適性を向上させることができるという声も多い。
さらに、ワゴンの音が気になる人もおり、車内販売を廃止することで静かな空間が保たれるというメリットがある。また、駅構内に多くの自動販売機が設置されているため、乗客は駅で飲み物を購入できる環境が整っており、車内で提供する必要はないとする意見もある。
グリーン車専用販売の格差論争
残りは「ビジネス利用促進の観点」「その他の観点」のふたつだ。説明を続けよう。
●ビジネス利用促進の観点
最近では、東海道・山陽新幹線のS-Work車両のように、車内で仕事ができる環境を提供する車両も登場している。新型コロナの影響でテレワークが普及し、インターネットの技術向上により車内でも快適に仕事ができるようになった。
そんななかで、車内販売のワゴンの音やスタッフのかけ声が気になるという意見もある。売り込み型の車内販売は、今や時代に合わないと考える人も増えている。
●その他の観点
東海道新幹線では現在、グリーン車で注文方式の車内販売が行われており、山陽新幹線ではグリーン車のみでワゴンによる車内販売が行われている。このように、新大阪駅を境に車内販売の方式が変わることがある。このグリーン車専用の販売方式を
「差別的だ」
「格差を感じさせる」
と感じる人もいれば、逆にグリーン車の静かな空間をお金で購入しているため、車内販売が廃止されても問題ないという声もある。
求められる「バランス」
車内販売の廃止に賛成する意見は意外にも多いが、乗客の健康や利便性も無視できない。
特に長時間の移動をともなう列車では、飲み物の確保や小さなサービスが移動の快適さに大きく影響し、場合によっては体調管理にも関わる。そのため、完全な廃止ではなく、代替案として自動販売機の設置や事前予約制(例:乗車時にホームなどで引き取る方法)を導入し、効率化を進めつつ消費者のニーズに応える方法を検討したらどうか。
また、ビジネス利用の促進も視野に入れるべきで、乗客が自動販売機に立ち寄りたいという需要に対応することも重要だ。例えば、近畿日本鉄道の「ひのとり」のように、ひきたて珈琲やソフトドリンク、軽食を提供する自動販売機を車内に設置する方法が効果的だろう。
鉄道会社は公共事業者として、サービスと経済性のバランスを取ることが求められる。今後、車内サービスの形態を見直し、自動販売を中心に柔軟に対応していくことが望ましい。
11/16 06:11
Merkmal