北陸新幹線の延伸、「小浜ルート反対」でも5兆円の投資は本当に妥当なのか?
新幹線の負担、どこまで?
筆者(北村幸太郎、鉄道ジャーナリスト)は先日、当媒体に「北陸新幹線「米原ルート」、運行管理システム問題はもはや解決済みだったのか?」(2024年10月13日配信)という記事を書いた。
同記事では、北陸新幹線「米原ルート」の東海道新幹線直通について、運行管理システムの課題について検討した。多くの資料や専門家の意見を交えて実現可能性を示したところ、ヤフーニュースのコメントなどの反応からも、おおむね納得してもらえたと感じている。今回はさらに、多くの声が寄せられた次の2点
・自治体の負担について
・山陰新幹線決起大会での与党整備委員長、西田議員の発言に基づく「小浜ルート反対でも新幹線に5兆円かけること自体は問題ない」という点について
について考えてみたい。
自治体負担を小浜と米原で比較
建設費の各府県の負担を考えるにあたって、まずは自治体負担の総額を求めてみる。新幹線の建設費は、小浜ルートと京都駅南北案の場合で5.2兆円、米原ルートの場合は敦賀~米原間の1兆円、プラス米原駅の車両基地費用が2000億円、プラス新大阪~鳥飼間の10km複々線化費用が6000億円で、合計は1.8兆円となる。
しかし、その全額が国や自治体の負担になるわけではない。この建設費の合計から、今後30年間でJRから入ってくる新幹線貸付料収入を充て、残った金額のうち、国が3分の2、自治体が3分の1を負担することになる。
また、自治体負担分はその9割を地方債で賄うことが認められており、元利償還金の標準財政規模に占める割合(1%~4.2%)に応じて、元利合計の50~70%に対して地方交付税の措置がなされる。そのため、自治体の実質負担は12~18%程度になると考えられている。
この制度は国家プロジェクトにしては、かなり細かいものであり、日本特有のように思える。自治体負担を下げることが目的なら、本線の整備費用(ダイヤ上の都合で設置する待避線と車両基地費用を含む)は全額国家負担とし、駅設置費用は全額自治体が負担するというシンプルな制度にできないだろうか。
この仕組みを考えると、石破首相が「地方交付税倍増」を掲げている背景には、小浜ルート沿線の自治体救済があるのではないかと感じる。
さて、貸付料収入の見積もりについてだが、国土交通省鉄道局の資料によれば、2015年からの25年間で約1兆円、年400億円の収入が見込まれる。この年400億円のなかから北海道や西九州に回す分を除いた場合、特にキロ単価が高い北陸に、仮に年300億円を充てられるとすると、30年分で9000億円が使える。
そうなると、小浜ルートの場合は差し引きで4.3兆円となり、そのうち自治体負担は約1.4兆円になる。この金額は福井県、京都府、大阪府で分担することになるが、分担のルールは特に明記されていない。
属地負担の原則に基づくと、各府県の距離に応じて分担されることが考えられる。米原ルートの場合は差し引き9000億円で、そのうち自治体負担は3000億円になる。この場合、福井県、滋賀県、大阪府で負担することになり、京都府は「負担ゼロ」となる。しかし、京都府も受益が全くないわけではないので、他の3府県とともにある程度の負担は求められるだろう。
距離分担の基準として、駅から県境までの正確な距離は公表されていないため、在来線の県境に近い駅を境にした営業キロの比率なども参考にして計算していくことにする。
小浜・米原ルートでの試算
小浜ルートでの距離案分は、京都駅南北ルートの144kmのうち、
・大阪府分は北新地~松井山手間の31.4km(21.8%)
・福井県分は小浜~敦賀間の49.5km(34.4%)
・京都府分は残りの63km(43.8%)
の配分で試算する。
小浜ルートの新幹線貸付料収入を差し引いた建設費は4.3兆円となり、地方交付税処置により、3府県とも実質負担は最も少ない12%と計算される。これに基づき、5160億円を距離案分の比率で分配すると、次のようになる。
・大阪府分は21.8%で1125億円
・福井県分は34.4%で1775億円
・京都府分は43.8%で2260億円
米原ルートでの距離案分は、
・敦賀~米原間の45.9km(1.2兆円)
・新大阪~鳥飼間線増分の10km(0.6兆円)
を、
・大阪府分は新大阪~鳥飼間の10km
・京都府分はゼロ
・滋賀県分は米原~近江塩津間の31.4km(68.4%)
・福井県分は近江塩津~敦賀間の14.5km(31.6%)
の配分で試算する。米原ルートの場合、単純に計算すると、新幹線貸付料収入を差し引いた建設費は9000億円になる。しかし、新大阪~鳥飼間の複々線化費用6000億円は全区間が大阪府に属しているため、この分は別に計算することになる。
まず、新幹線貸付料の充当については、次のように計算する。
・敦賀~米原間と米原車両基地代は1.2兆円
・新大阪~鳥飼間の複々線化費用は6000億円
この割合はちょうど2対1なので、敦賀~米原間には6000億円、新大阪~鳥飼間には3000億円を割り当てる。これにより、国と自治体の負担額は次のようになる。
・敦賀~米原間と米原車両基地代:6000億円
・新大阪~鳥飼間の複々線化費用:3000億円
この結果、地方交付税措置により、自治体の実質負担は3府県とも最も少ない12%の水準になると仮定して計算する。敦賀~米原間については720億円を2県で距離に応じて分配し、新大阪~鳥飼間は大阪府単独で360億円とする。すると、次のようになる。
・大阪府分:360億円
・京都府分:0円
・滋賀県分:68.4%で492.5億円
・福井県分:31.6%で227.5億円
小浜ルートに比べると、自治体ごとの費用負担は非常に軽く、どの府県も地下鉄を1km作る程度のコストになる。しかも、この負担は10年や20年かけて行うため、単年度で見ればさらに安くなる。福井県の負担は1775億円から227.5億円へと、87%も減少する。
滋賀県に中京圏の便益を
これで、米原ルートの場合の現行制度に基づく自治体の費用負担が明らかになった。金額がわかれば、次の点について議論できる。
・滋賀県は便益がないのに500億円近い負担を強いられている。
・京都府は便益があるのに負担はゼロである。
滋賀県にとっては、米原から北陸への新幹線が開通しても、時間短縮効果はほぼない。米原から新大阪へ向かう新幹線の本数が増えるメリットはあるものの、長浜から特急が消えるといったデメリットも存在し、滋賀県としては到底承服できる状況ではない。並行在来線についてはほとんど心配はいらないので、いったん考えなくてもいい。要するに、大きなメリットもデメリットもないなかで、金だけがかかるというのが現状だ。
このため、誰かが滋賀県の負担を肩代わりする必要がある。負担がないのに多少の便益がある京都府には、ある程度の負担を求めるべきだ。小浜ルートの場合、2260億円もの負担がゼロになるのだから、その1割くらいは負担してもよいはずだ。
そして米原ルートなら関西だけにメリットがあるわけではない。逆に小浜ルートならメリットを受けられない、中京圏にメリットがある話である。そこで、愛知県やその市町村、特に名古屋市にも協力してもらおうと思う。
米原ルートが開通すれば、金沢から名古屋までの所要時間は、筆者の想定では米原駅での乗り換え時間(9分)を含めて1時間15分になる。実質的には毎時2~3本の利用が可能になり、もしかするとJR東海が早朝や深夜の時間帯に名古屋への乗り入れを認めてくれれば、最速で1時間10分を切ることも可能だろう。
これは名古屋にとって大きなメリットになるはずだ。そこで、滋賀県の約500億円を京都府と愛知県で折半して負担するのはどうだろうか。愛知県の負担分250億円を県と名古屋市で折半すれば、自治体ごとの負担はさらに軽くなるだろう。
国債発行の是非を再考
ここまで米原ルートを支持してきた筆者だが、単に建設費が高いからという理由や緊縮財政論を振りかざして小浜ルートに反対しているわけではない。米原ルート支持によって新幹線に予算を付けることが悪とされる風潮が生まれないか――という懸念があるのだ。
筆者は新幹線に5兆円をかけること自体は悪いことではないと考えている。
「5兆円かけてでも作ってやる」
「B/Cが1を切ったからやめるなんて国はない」
と強調する与党整備委員長の西田議員の姿勢は、今後の新幹線整備を促進する上で非常に頼もしい。鉄道関連の予算は道路に比べてずっと少なかったことを考えると、こうした「線路族」議員が増えてほしいと思う。
ここで、2019年10月6日に開催された「山陰新幹線の早期実現を求める舞鶴大会」での西田氏の発言を基に、国家による新幹線建設費の負担について考えてみたい。発言は要約して掲載し解説を加えるが、詳細については「山陰新幹線 西田」と検索し、鳥取県公式ウェブサイトの「山陰新幹線の早期実現を求める舞鶴大会(報告書)」の13~15ページを参照してほしい。西田氏は、
「昭和48年に計画されて以来手付かずの新幹線計画がまだ10路線もある。もしこれを全部やるならいくらになるのか国交省に試算させたら30兆円でできると。もし10年でやるなら毎年3兆円、20年なら1.5兆円です。北陸山陰はもちろん四国も含めたすべての新幹線が10年から20年の間にできてしまうのです。たかだかこれくらいのことがなぜできないのか」
といった趣旨の発言をしており、新幹線整備に対して積極的な姿勢を持っている。西田氏の財源に関する主張には主にふたつの重要な点がある。新幹線の予算を増やすために、次のように提案している。
1.国債をもっと発行すべきだ
2.ただし無限に発行してよいとはいっていない
特に2番目の点は重要なので、部分的にではなく全体を読み通して、西田氏の主張について考えてほしい。
「新幹線を作るため毎年1兆、2兆円を増やすのには国債を発行しないといけない。そんなことはけしからんという世論を財務省が作ってきたが、今一度冷静に国債とは何かを考えていただきたい。結論からいうと、国債発行をすることによって政府は負債を抱えます。しかしそのメリットとして、すべて国民が民間側の財産、預貯金をはじめ、財産を殖やしているのです。これは理屈ではなくて、事実なのです。事実として1000兆円の国債の残高をゼロにするということは、国民側から1000兆円の財産を取り上げて、国家の負債はゼロになる。そんなことをして何かいいことありますか。それでも借金なくなってよかったと?何も良くないのです。そんなことしたらほんとに国家自身がつぶれてしまうことになるのです。ではどちらがいいのかをよく考えてみれば、それは当然国民側に財産を渡すほうがいいに決まっているじゃないですか。そして、これから30兆円の新幹線建設費はじめ、どんどん国債の残高を増やしていいのか、いいのです」
この理屈は会計学を学んだ人にはわかりやすい。国が初めて貨幣を発行したとき、その根拠についてMMT(現代貨幣理論。国家が自国の通貨を自由に発行できるという考え)に反対する人たちからは、明確な説明を見たことがない。
無からお金を創造するのだから、会計帳簿上で発行者の負債として計上されるのは当然のことだ。そして、これは国にしかできないことだ。
5兆円投資の是非
この辺りのわかりやすい解説は、経済評論家・ムギタロー氏による記事「「税は財源じゃない?」 100人の島に例えて解説」(東洋経済オンライン、2023年8月18日配信)を参照するとよい。この記事では、
「最初の段階で、「さあ、今年度の予算が欲しいから、税収だ!円を渡せ」といわれたら、どうでしょうか?もちろん渡せません。誰も円を持っていないからです。だからまず「円を作る」のが先です」
と説明されている。さらに、
「誰かの負債は誰かの資産」
というのが世の常であり、国が抱える負債はすべて国民や民間の資産になる。国家全体のバランスシート上では、これらは均衡するものだ。それでも「そんなに借金が増えて大丈夫なのか」と心配する人は、「外国格付け会社宛意見書要旨」と検索して、財務省の同名のページを見てほしい。そこには
「日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない」
と書かれているので、安心してほしい。国債残高を
「国民の借金、増えたら財政破綻」
と繰り返し伝えている財務省が、実はひそかに財政破綻を否定しているのだ。ただし、西田氏はこの後、さらに続ける。
「ただしいくらでも国債発行していいというつもりはない。例えば10年で1000兆円なんてペースで発行したら、それはとんでもないインフレになる。予算消化のために物価や人件費が高騰してしまう。だからそこまでしろとはいわないが、今、国内総生産(GDP)が530兆円くらいだからインフレ率2~3%を目安に毎年10兆円ほど発行額を増やす。当然ながらそれなりのインフレになるが、でもみんなそれを望んでいるでしょう?ところがみんな国会議員は私が出している本をお配りしても読みもしないで「何か西田君がいう話は、借金をどんどんして税金も無しでいいって事になるのではないか」といわれますが、私は全くそんなことをいっていないのです。税金は当然必要ですが、曲解をして、全く読まないまま、新聞にそのように書いてあった。MMT、あれは極論だなんて話をしてしまうのが、一番問題なのです」
この件については「国債発行 供給能力」と検索すると、れいわ新選組の「財源は?」ページに詳しい解説がある。要するに、生産供給能力の限界内であれば貨幣を刷って供給しても問題ないということだ。れいわ新選組によれば、年に100兆円単位で国債を発行してもインフレ率は約2%になるという。
この生産供給能力を考えると、結局は労働力という
「無」
から生まれる財である。工場で使う機械を作るのも人間だし、鉱物資源や食料資源を採掘するのも全て、最終的には労働者の力に対してお金を払っていることになる。
もちろん、労働者は食事をしてエネルギーを得ているので「無から生まれる」という反論があるかもしれない。しかし、漁師が魚を取るために海に札束を投げ込むわけではない。結局のところ、すべては労働力への支払いで成り立っているのだ。
この記事も、筆者が無から生み出しているものである。つまり、労働力という無から生まれる財に対する支払いのために、無からお金を生み出すことが何が悪いのだろうか。国債発行を完全に止めるなら、
「1億総プー太郎社会」
にでもしない限り、無理な話だと思う。ともあれ、
「国債発行額の限界 = 労働力」
と考えるなら、毎年生み出される労働価値の範囲内で国債残高を増やしても問題ない。しかし、だからといって小浜ルートに5兆円をかける理由にはならないのではないか。
今の人手不足の状況で、たった140kmの新幹線に四半世紀もかけて5兆円分の資材や労働力を投入するのが正しいのか疑問だ。金の問題ではなく、ここを論点にすべきだと思う。だったら、5兆円を刷れるのなら、その分の生産資源を本土で唯一新幹線がない四国などにも分けるべきだろう。小浜ルートの是非は、その観点で議論するのが適切であり、5兆円をかけるかどうかで判断するのは違うと筆者は考える。
また、小浜ルートは25年の工期が必要で、米原ルートは環境アセスを含め15年で完成するなら、その差分の10年間の機会損失やリダンダンシー機能の欠如についても重要な考慮が必要だ。
米原ルートの優位性
いかがだっただろうか。
改めていうが、新幹線にお金をかけたり、国債を発行して建設費を賄ったりすること自体は間違っていないと筆者は考えている。これからも西田整備委員長には、新幹線の整備を進めるために頑張ってほしい。しかし、米原ルートという
「安くて早く作れる代替ルート」
があるのに、わざわざ小浜ルートにこだわる必要があるのだろうか。
西田氏がいうように、国土強靭化や防災の観点から、毎年2~3兆円の予算を割いてB/Cが1を切ってでも作るべき新幹線は多い。むしろ、基本計画線だけでなく、常磐線や新潟~仙台、札幌から旭川、稚内、網走、釧路などへのルートも整備して、
・災害に弱く、廃駅が多くて駅間の距離はすでに新幹線並み
・新幹線が特急と貨物を取り上げたら誰も乗ってない普通列車しか残らない
のようなローカル在来線をどんどん置き換えていくべきだ。ただし、代替案を検討できる北陸・小浜ルートについては別の話である。
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Merkmal