「東九州新幹線」は結局実現するのか? TSMC進出で変わる九州の産業構造、3つのルートが示す地域経済発展のカギとは

半世紀待望の東九州新幹線

東九州新幹線(画像:大分県)

東九州新幹線(画像:大分県)

 西九州新幹線の佐賀県区間を巡る問題は、全国的に注目されている。一方で、東九州新幹線の実現に向けた動きも活発になってきた。

 この路線は、

・大分県
・宮崎県

が期待しているもので、1973(昭和48)年に基本計画路線として位置づけられたが、半世紀近く具体的な進展がなかった。しかし、近年、この構想に新たな展開が見られるようになった。

 同年の基本計画によれば、東九州新幹線は福岡県福岡市から、大分県大分市、宮崎県宮崎市を経て、鹿児島県鹿児島市に至ることになっている。しかし、基本計画が示されて以来、ほとんど動きがなかった。

 沿線自治体では1971年に東九州新幹線鉄道建設促進期成会が結成されたが、活動は停滞し、国への要望以外の動きは見られなかった。毎年の総会は書面で済ませるだけになり、目立った活動は行われなかった。そのため、沿線では東九州新幹線は“夢物語”のように見られていた。

 変化の兆しが見えたのは2010年代に入ってからだ。北海道新幹線や西九州新幹線の整備が進むなか、新幹線空白地帯となる地域での危機感が強まっていた。そんななか、2012(平成24)年11月に九州地方知事会が東九州新幹線の実現を国に求める方針を決めたことから、大分県と宮崎県での活動が活発化した。

TSMC進出で変わる九州産業

新八代駅は、宮崎県南部から福岡市への最短ルートとして機能している。高速バスの到着時には少しにぎわいを見せる(画像:昼間たかし)

新八代駅は、宮崎県南部から福岡市への最短ルートとして機能している。高速バスの到着時には少しにぎわいを見せる(画像:昼間たかし)

 熊本県へのTSMCの進出は、実現に向けた強い意識を生み出す決定的な出来事となった。これが、東九州新幹線への熱意が高まった理由だ。『宮崎日日新聞』2024年8月17日付朝刊では、

「東九州新幹線を巡る議論が活発化した背景には、半導体受託生産の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)の熊本工場(熊本県菊陽町)建設が呼び水となり、九州内の人流や物流が今後増えるとの見通しがある」

と報じられている。九州山地を挟んで熊本県とは分断されているように見える大分県と宮崎県だが、TSMCの進出に対する動きは活発だ。

 大分県では、すでに多くの半導体工場が立地しているほか、熊本市と大分市を結ぶ

「中九州自動車道」

の工事も進んでいる。これにより、今後は半導体を軸にした交流が深まることが期待されている。宮崎県でも、TSMCの進出に対応して国内企業による半導体工場の新設が始まっている。

 つまり、TSMCの進出は一企業の立地にとどまらず、

「九州全体の産業構造」

を変える可能性を秘めている。このようななかで、現在の交通インフラでは不十分だとの認識が広がっている。そうして、東九州新幹線の構想は現実味を帯びてきたのだ。

所要時間短縮の可能性

新八代駅から離れた市街地には城跡などの名所が多いが、人の流れは郊外のショッピングモールに取られていて、閑散としている(画像:昼間たかし)

新八代駅から離れた市街地には城跡などの名所が多いが、人の流れは郊外のショッピングモールに取られていて、閑散としている(画像:昼間たかし)

 最近の動きで注目すべき点は、東九州新幹線の

「新たな想定ルート」

が登場していることだ。これまで、東九州新幹線の想定ルートは「日豊本線ルート」と呼ばれていた。このルートは福岡市から大分・宮崎両市を経由し、鹿児島市に至るものだ。具体的には、博多駅から小倉駅間は山陽新幹線と線路を共有し、小倉駅から分岐して鹿児島中央駅まで南下する構想となっている。しかし、2023年に大分県が

「久大本線ルート」

の調査を始めたのに続き、宮崎県でも「新八代ルート」という新しいルート案が示された。この新たなルート案は次のようなものだ。

・久大本線ルート:大分市から九州を横断して佐賀県鳥栖市をつなぐルート
・新八代ルート:宮崎県が2024年度から調査に着手したルート

新たに提案されたふたつのルート案は、現在の東九州新幹線が従来の構想とは異なる方向に進んでいることを示している。

 まず、従来の日豊本線ルートと久大本線ルートについて説明する。大分県の資料によると、日豊本線ルートは大阪など本州方面への速達性に優れ、一方、久大本線ルートは西九州新幹線や九州新幹線と鳥栖で接続できるため、九州内のアクセス改善に効果的だ。所要時間は次のとおりとなっている。

●博多~大分間
・現行:93分(乗り換え含め129分)
・日豊本線ルート:47分
・久大本線ルート:46分

●熊本~大分間
・現行:127分(乗り換え含め193分)
・日豊本線ルート:79分(乗り換え含め132分)
・久大本線ルート:56分(乗り換え含め89分)

●長崎~大分間
・現行:173分(乗り換え含め218分)
・日豊本線ルート:127分(乗り換え含め151分)
・久大本線ルート:89分(乗り換え含め107分)

●新大阪~大分間
・現行:203分(乗り換え含め271分)
・日豊本線ルート:156分(乗り換え含め219分)
・久大本線ルート:187分(乗り換え含め253分)

なお、括弧内の数字は、乗り換えにかかる時間や運行状況を考慮した所要時間の平均値だ。

九州内移動、時間短縮の波

宮崎市から新八代駅へ向かうバスが停車する人吉市の高速バス停では、市街地へ行くために路線バスに乗り継ぐ必要がある(画像:昼間たかし)

宮崎市から新八代駅へ向かうバスが停車する人吉市の高速バス停では、市街地へ行くために路線バスに乗り継ぐ必要がある(画像:昼間たかし)

 注目すべき点は、九州内の移動時間が大幅に短縮されることだ。従来の日豊本線ルートでは、新大阪へのアクセスが格段に早くなる。一方で、日豊本線ルートが新大阪へのアクセスには優れているが、九州内の移動では久大本線ルートの方が有利だ。

 この新たなルート提案は、九州の経済発展や地域間連携の強化を目指す新しい戦略の一環と見なせる。つまり、この案は半導体産業の集積などを考慮し、九州内での産業発展を促進し、人や物の流れを活性化させることを目指している。

 大分県の新しい提案に対し、宮崎県は新八代ルートを示した。久大本線ルートは1973年以来の計画に基づいているが、新八代ルートはこれまでの整備新幹線計画には存在しないまったく新しいルートだ。しかし、突拍子もない提案ではない。

 新八代駅と宮崎市の間には、現在JR九州の高速バス「B&Sみやざき」が運行されている。この路線は新八代駅で新幹線と高速バスの乗り換えを想定したもので、宮崎市から博多駅までは最速3時間11分で、宮崎県南部から福岡市へ向かう最短ルートとなっている。

 2023年度の利用者数は約19万人で、需要も多い。筆者(昼間たかし、ルポライター)も人吉市(熊本県)から八代方面に向かう際に利用したことがあるが、どの時間帯もほぼ満席で運行されており、驚いた経験がある。

TSMC効果と南北格差

運休が続く人吉駅周辺では、新幹線が実現すれば新しい駅ができるのだろうかという期待がある(画像:昼間たかし)

運休が続く人吉駅周辺では、新幹線が実現すれば新しい駅ができるのだろうかという期待がある(画像:昼間たかし)

 この路線は熊本県南部の経済活性化の起爆剤として期待されている。『宮崎日日新聞』2024年4月1日付の朝刊では、このルートが期待される理由が次のように説明されている。

「一方で南部地域の経済浮揚の起爆剤として新幹線に期待する向きもある。半導体受託生産の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)の工場進出など「半導体バブル」に沸くのは熊本県北部にとどまり、経済効果を享受できない八代や人吉市など南部との「南北格差」が広がりつつある」

 九州各地ではTSMC進出による経済活性化が進んでいるが、県南部の八代エリアはその恩恵をあまり受けていない。現在、港湾や新しい工業団地の開発を進めることで巻き返しを図っている最中だ。

 同じく県南部の人吉市周辺もTSMCの進出効果からは遠く離れた地域である。地域を結ぶ肥薩線(八代駅~隼人駅)は、2020年7月の豪雨で被災した。2024年4月に、JR九州と自治体は八代駅~人吉駅間の復旧に合意したが、残る不通区間の人吉駅~吉松駅間については今後の検討課題となっている。八代駅~人吉駅間の復旧も2033年度を目指しており、その間の経済停滞は避けられない。

 このため、新八代ルートは経済発展から取り残されつつある地域の活性化策として注目されているのだ。

新八代ルート懸念の声

肥薩線の多くの路線は運休状態で、沿線では早期の復旧が求められている(画像:昼間たかし)

肥薩線の多くの路線は運休状態で、沿線では早期の復旧が求められている(画像:昼間たかし)

 ただ、宮崎県が提唱した新八代ルートに対しては、懐疑的な見方が強い。例えば、県北の中心都市である延岡市では、新八代ルートの推進が日豊本線ルートや久大本線ルートの実現を停滞させるのではないかと懸念する声が上がっている。

『宮崎日日新聞』2023年12月8日付の朝刊には、延岡市の読谷山市長が

「あぶ蜂取らずになるのが県にとって損失。大分と連携する意味でも東九州新幹線に全力を注ぐべきだ」

とコメントしたことが報じられている。新八代ルートは、取り残される地域を生み出さないために魅力的だが、日豊本線ルートや久大本線ルートの実現と

「セット」

でなければ、その意義は薄れるだろう。いずれにしても、これまで夢物語にすぎなかった東九州新幹線の実現に向けて、各地域での動きが活発になっている。目的が

「九州内の移動の向上」

に置かれている点は評価できる。

 しかし、新八代ルートが通過予定の熊本県南部では、構想に対する反応が複雑だ。人口減少が著しいこの地域では、新幹線誘致が経済活性化の起爆剤になるとの期待がある一方で、2020年7月の豪雨で被災した

「肥薩線の復旧を優先すべきだ」

という意見も根強い。また、これまでの新幹線計画と同様に、都市間で経済効果の奪い合いや人口流出が懸念されている。

問われる50年後の価値

九州(画像:OpenStreetMap)

九州(画像:OpenStreetMap)

 このように、東九州新幹線構想は地域の期待と現実的な課題の間で揺れ動いているのが現状だ。それでも、今実現するには絶好の機会が訪れていることは確かだ。これまでも多くの報道で触れられているように、日本全体が低迷しているなか、九州だけは異なる動きを見せている。

 福岡市は、アジアの玄関口としての機能を強化する都市開発を進めている。熊本市も、TSMCの進出を契機に福岡市に次ぐ都市を目指して、交通インフラの整備や都市機能の充実に取り組んでいる。さらに、西九州新幹線の開業によって長崎市の再開発も加速している。

 九州全体を見渡すと、これまでの東京や大阪に依存した動きから脱却し、

「アジアを見据えた国際的な動き」

が本格化している。いわば、九州の発展は日本経済が低迷や衰退から脱却する起爆剤となりつつあると筆者は考えている。

 果たして50年後、100年後を見据えて多大な事業費を投じる価値があるのか。さらなる議論が求められている。

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