首都高トラックの「車線ふさぎ」動画炎上! ドライバーの勤務先を激しく罵る「正義の味方」は、中小企業のSNS被害を想像できないのか?

SNSが変える企業運命

物流トラック。画像はイメージ(画像:写真AC)

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 先日、トラックドライバーがあおり運転を繰り返し、首都高速道路上で車線をふさいで、わざわざトラックから降りて乗用車に詰め寄る姿が話題になった。この様子は複数の動画で記録され、SNSで広まり、ニュースでも報道されたことで、多くの人の注目を集めた。

 この暴発ドライバーに対する批判は当然のことだ。しかしなかには、彼が所属する会社を特定し、社名を公表する報道もあり、SNSでは運送会社への責任追及の声も多く上がっている。

 これは運送会社に限ったことではないが、従業員が不祥事を起こすと、

「その会社に対する責任を問う声」

がSNSで必ずといっていいほど上がる。その結果、企業は社名変更を余儀なくされたり、廃業や倒産といった最悪の事態に陥ったりすることもある。

 過去にも、所属するドライバーが重大な交通事故を起こした運送会社が、その後経営が立ち行かなくなり倒産した例が存在する。また、従業員からの労働争議がSNSやネットを通じて広く報じられた結果、廃業に追い込まれたケースもある。

不祥事で倒産の恐怖

物流トラック。画像はイメージ(画像:写真AC)

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 当然ながら、会社には従業員に対する監督責任があり、不祥事に対する責任もある。しかし、倒産や廃業に追い込まれるのは行き過ぎではないだろうか。今回のあおり運転の事案では、SNSで加害者のドライバーが所属する運送会社を名指しし、

「こんな会社はつぶれればいい」

といったような発言があった。

 しかし、その会社には約200人の従業員がいる。このような乱暴な発言をする人たちは、たったひとりの暴発ドライバーの行動が、

「真面目に働いている他の従業員」

の生活を奪うことになると考えていないのだろうか。

 東京2020オリンピック競技大会で談合が発覚し、逮捕者まで出た大手広告代理店は、今も経営を続けている。過去にも何人も逮捕者を出しているが、経営には影響がない。

 一方で、ひとりの従業員の不祥事によってバッシングを受け、経営が危うくなる中小運送会社と比べると、これは理不尽だと思うのは、筆者(坂田良平、物流ジャーナリスト)だけだろうか。

ドライバー採用の難題

物流トラック。画像はイメージ(画像:写真AC)

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 運送会社は、あおり運転のような問題に対してどのような対策を講じることができるのだろうか。

 まず考えられるのは、問題行動を起こしそうなトラックドライバーを採用しないという対策だ。採用時にしっかりと応募者の人柄を見極め、倫理観や道徳観に欠ける人や感情の制御が苦手な人を避けるという考え方だ。しかし、これは

「ふたつの観点」

で難しい。第一に、採用時にどれだけ応募者の本質を見抜けるかという問題がある。現在の採用活動の基本ポリシーでは、

・家族関係
・交友関係
・趣味嗜好

など、職務内容に関係のない質問はNGとされている。そのため、仕事の話だけで応募者の人柄を見極めるのは難しい。

 第二に、トラックドライバー不足が影響する運送会社の採用事情がある。驚くべきことに、いくつかの就職情報サイトによると、

「応募があった時点で即採用」

してしまう運送会社が少なからず存在するという。具体的には、ドライバー応募の電話を受けたら、「◯月◯日に免許証を持参して来社してください。問題がなければ翌日から働いてもらいます」と応じるそうだ。

 このような極端なケースではないにしても、ある就職情報サイトの担当者によれば、ドライバー採用のポイントは次の通りだ。

・複数回の面接はNG。
・採用の返事は長くとも3日以内。できれば面接当日に伝えるべし。

これはドライバーの採用が競争状態にあるため、即断即決をしないと他社に取られてしまうからだ。このような状況では、応募してきたドライバーの人柄を見極めるのは到底無理だろう。

組織行動の複雑性

物流トラック。画像はイメージ(画像:写真AC)

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 次に、採用後の就労状況がドライバーの暴発や暴走につながるかどうかを考えたい。

 人気漫画「キングダム」では、始皇帝の中華統一をテーマに、正義を貫く主人公・李信(りしん)の対極として、戦場で残虐な行為を繰り返す桓騎(かんき)とその軍隊員が描かれている。物語のなかで、桓騎軍に一時移籍した古参キャラクター・尾平(びへい)が次のように語るシーンがある。

「桓騎軍と違って、飛信隊(※李信の軍)は乾いてねェんだ。心が乾いてねえから、略奪も凌辱も必要ねェんだ」

 今回のあおり運転の事案について、運送会社側の責任を問う人々は、基本的にこのような論法で運送会社を批判している。つまり、ドライバーにストレスを与える働き方をしているから、ドライバーが暴発するのだ――という理屈だ。しかし、筆者は

「甘い」

と思う。確かに、与えられた環境がストレスを生むことで、非道徳的・非倫理的な行動の遠因になることもある。しかし、もし直接的な因果関係があるのなら、この暴発したドライバーが所属する運送会社の全ドライバーが日常的にあおり運転を行っているはずだ。

 どんなによい職場環境であっても、不満を抱える人は存在する。漫画のように、人の感情や組織行動は単純ではない。

荷主を巻き込む責任問題

物流トラック。画像はイメージ(画像:写真AC)

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 では、今回の事案のようにドライバーが不祥事を起こした際、運送会社は信頼回復に向けた取り組みを行うことができるだろうか。

 結論からいうと、中小の運送会社では難しい。

 不祥事が発生した際の対応は、今やリスクマネジメントの重要事項になっている。リスクマネジメントが重要視されるのは、SNSが普及した現代において、対応を間違えると謝罪自体が新たな炎上の火種となるからだ。実際、過去には多くの大手企業が謝罪対応の不手際でさらなる窮地に追い込まれている。大企業ですら失敗しがちな謝罪対応を、中小運送会社が適切に行うのはほぼ不可能に近い。

 ドライバーが引き起こした不祥事は、ときには

「荷主」

にも影響を与える。失点を恐れる荷主の物流担当者は、問題のある運送会社との取引を解消しがちだ。

「代わりの運送会社なんていくらでもいるから」

と考える荷主もいる。たとえ「物流の2024年問題」によって荷主の立場が弱くなっているとしても、このような考えを持つ荷主はまだ存在する。

 さらにいえば、SNSでは運送会社の取引先を特定し、荷主の責任を問う投稿が行われることもある。少し話がそれるが、ドライバーから労働争議を相談されたユニオン系労働組合が、運送会社ではなく荷主の営業所に出向いて抗議活動を行った事例もあった。

 このような状況になると、よほど腹の据わった荷主でない限り、面倒事を避けるために問題のある運送会社との取引を再考することになる。取引が切られれば、運送会社の経営にも大きなダメージを与えることになる。

不寛容なSNSが生んだ悲劇

物流トラック。画像はイメージ(画像:写真AC)

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 情報拡散手段が新聞や雑誌、ラジオ、テレビなどのメディア中心だった時代には、ある程度のルールが存在していた。しかし、今やSNSが普及したことで、「言論の自由」が悪く解釈され、暴力的な発言が氾濫している。

 SNS論について語り始めるとキリがないが、筆者が考える最大の課題は、他者の発言や考え方への敬意が欠けており、

「自分の主張を絶対的なものとみなす」

ことだ。他者とのコミュニケーションには、常に

・認知限界
・限定合理性

の壁が立ちはだかる。人それぞれ知識や理解には差があり(認知限界)、また、立場や環境によって正しいと考える行動も異なる。残念なことに、人はすべての人の立場を公正に考慮することができず、自分自身にとっての最適解を世の中の最適解だと誤解しがちだ(限定合理性)。だからこそ、他者の意見にも耳を傾け、

「自分の考えには誤りや、誰かを傷つける要素があるかもしれない」

と慎重になることが大切だ。しかしSNSでは、こうした心理的安全装置が機能しない人が一定数存在する。「悪」と判断すれば、徹底的に攻撃する。他者と異なる考えを持つ人に対しては、どんな理由をつけてもたたく。自分の

・弱さ
・矛盾

を認められない人ほど、他者を攻撃する傾向が強いと感じるのは筆者だけだろうか。

 厄介なのは、こうした「尖った」や「偏った」人々にインフルエンサーとしての影響力が与えられてしまうSNSの特性だ。今回の事案では、

「だからトラックドライバーは……」
「やっぱり運送業界はダメだよね」

といった差別的な投稿をする人もいる。現在、ドライバーは約86万人いるが、もし今回の事件がドライバーという職業や運送業界が引き起こした必然であれば、同様の事案がもっと多く発生しているはずだ。そんな簡単なことに気づかず、

・暴力的
・差別的

な発言をSNSに垂れ流す人々の存在が、中小の運送会社にとって大きな経営リスクになっている。

「正義」の暴走が招く危機

物流トラック。画像はイメージ(画像:写真AC)

物流トラック。画像はイメージ(画像:写真AC)

 最後に、今回の事件を起こしたトラックドライバーについても触れたい。

 今回の事案は、間違いなく公序良俗(社会的に妥当とされる道徳観)に反する行為だった。しかし、当人が反省し、更生を望むのであれば、その人を特定してSNSや個人ブログでさらす行為は、デジタルタトゥーとなり、更生の妨げになる。

 さらし行為をする人は、「正義感」が強いのかもしれない。しかし、その「正義感」は果たして正しいのだろうか。法治国家において、懲罰を加えるかどうか、またその程度を決めるのは司法機関だ。懲罰行動のつもりでさらし行為をするのは、あなたが行うべきことではない。それは

「私的なリンチ」

に等しい。今や、SNSでの炎上が企業への攻撃に発展した場合、中小企業には有効な対策が難しい。

 自称「正義の味方」の暴走は、企業経営に回復困難なダメージを与えることがあるため、非常に恐ろしいのだ。

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