率直に言う トラックドライバーの収入さえ上げれば「人材不足が解決する」なんて“甘ちゃん”の発想だ

労働条件の正常化が急務

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

 誤解のないように最初にいっておくが、筆者(坂田良平、物流ジャーナリスト)はトラックドライバーの収入アップに反対しているわけではない。収入を上げることは急務であり、必然的に必要だ。

 もともとドライバーの収入は安すぎた。2022年の全産業平均の年間所得額は497万円だったが、大型トラックドライバーの平均は477万円(96%)、中小型トラックドライバーは438万円(88%)にすぎなかった。

 2007(平成19)年までは、トラックを運転するための免許は普通免許と大型免許のふたつだけだった(けん引免許などは除く)。しかし、その後中型免許が新設され、2017年3月には準中型免許もできたため、今では普通免許ではごく一部の小型トラックしか運転できなくなった。有資格職のドライバーが全産業の平均所得を下回っているのは明らかにおかしい。

 つまり、ドライバーの収入アップは、ドライバーが正当な対価を得られる労働条件を正常化するために必要な施策のひとつだ。しかし、トラックドライバー不足対策には、ドライバーの収入アップが

「必須だ」

と主張する人は、現役ドライバーから有識者まで多く存在する。筆者は、この考え方が間違っている理由がふたつあると考えている。

理由1「就労可能人口の減少」

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

 ひとつ目の理由は、日本社会が直面している少子高齢化と就労可能人口の減少にある。要するに、就労可能人口が急速に減少している日本社会で、トラックドライバーだけを増やそうとすると、他の産業にひずみが生じ、人手不足がさらに加速する。

 2020年の国勢調査によると、日本の総人口は1億2615万人だったが、2070年には8700万人まで減少すると予測されている。このなかで、就労可能人口(生産年齢人口)は、2020年の7509万人から2032年には7000万人、2043年には6000万人と減少し、2062年には5000万人を下回り、2070年には

「4535万人」(36%)

まで減少すると見込まれている。

 人手不足は運送業界だけの問題ではなく、建築業、医療、介護など、あらゆる産業で深刻な課題となっている。限られた労働者をどう産業ごとに、かつ全体最適を考慮しながら効率的に配分するかが、今後の労働政策で求められる。単に「ドライバーだけを増やしたい」という利己的な考えでは、他の産業にしわ寄せが生じてしまうのだ。

 したがって、人手不足の解決は「人をどう集めるか」ではなく、

「限られた人手でどう生産性を高めるか」

という省人化対策を重視すべきだ。そもそも、人手不足が深刻な日本社会でドライバー不足を収入アップだけで解決しようとすれば、ドライバーの収入は驚くほど高くなるだろう。

 私たちの周りにあるさまざまな物は、物流の力を借りて私たちの手元に届く。そのなかで、約90%(重量ベース)はトラックで輸送されている。そうなると、生産性向上をともなわないドライバーの人件費高騰は物価上昇を引き起こし、私たちの生活を苦しめる結果になる。

理由2「必要なのは待遇の改善」

輸送・機械運転従事者における、年齢階級別構成比と人数。(画像: 『日本のトラック輸送産業-現状と課題-2024』(全日本トラック協会)のデータを再構成)

輸送・機械運転従事者における、年齢階級別構成比と人数。(画像: 『日本のトラック輸送産業-現状と課題-2024』(全日本トラック協会)のデータを再構成)

 ふたつ目の理由は、20代・30代の若手トラックドライバーを増やすためには、収入アップだけでなく、

・待遇の改善
・キャリアプランの整備

が必要だからだ。この理由を説明するためには、まず現在のドライバーの年齢比を見てみる必要がある。2022年における道路貨物運送業の輸送・機械運転従事者数は86万人で、そのうち

・50代:29.9%
・60代以上:18.9%

を占めている。つまり、ほぼ半数が高齢者ということだ。

 この高齢化問題は非常に深刻だ。現在60代のドライバーは約16万人強いるが、10年後にはほぼ全員が年齢を理由に職を辞めることになるだろう。もし今後10年の間にトラック輸送産業の生産性向上や省人化が進まなければ、現在とほぼ同数のドライバーを確保することはできず、業界は成り立たなくなる。そうなると、16万人もの新しいドライバーを雇用することは業界全体として不可能になってしまう。

 以前、筆者は当媒体に「トラック運転手は中高年「第二の人生」にベストな職業か? 部長職からドライバーに転身「収入減ったが、楽になった」という現実、若手確保が無理なら逆転発想だ」(2024年7月5日配信)という記事を書いた。

 この記事では、年齢を重ねるにつれて人事マネジメントを任されたり、責任が重くなったりすることを避けたい中高年が、ドライバーとして第二の人生を歩む事例を紹介している。しかし、こうしたキャリアパスを提供できる企業は限られており、このような特殊な対策だけでは、今後ますます人手不足が進むなかでのドライバーの補充には足りないと考えている。

 確かに、本年度から始まるトラックのレベル4自動運転(新東名・駿河湾沼津SA~浜松SA間)や、中継輸送・共同輸送、荷役・荷待ちの2時間以内ルールなどの輸送効率化策は、ドライバーの減少に大きな効果をもたらす可能性がある。

 しかし、それでもドライバーの人手不足を十分に解消できるかは不明だ。だからこそ、20代・30代の若手がドライバーという職業に魅力を感じられるような環境を作ることが必要なのだ。

若手トラック運転手が直面する未来

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

 もう30年前の話だが、筆者がトラックドライバーを辞めたときに、ハローワークの職員とこんな会話をした。

「ドライバーさんね…、ということは次もまた運送会社かな」
「いえ、腰痛がきついので、次はドライバー以外の職業を選びたいです」
「気持ちはわかるけど、それはとても厳しいよ。現実はちゃんと見つめたほうがいい」

この話を現役の若いドライバーにしたら、「それは今も変わらないですよ」といわれ、さらにこう聞かれた。

「自動運転が実現したら、僕たちどうなっちゃうんですか」

 断言するが、今の20代・30代の多くは「給料さえよければどんな仕事でもいい」とは思っていない。趣味や家庭との両立を考えれば、長時間労働は無理だし、もちろん「キツイ・汚い・危険」の3K仕事も避けたい。そして、キャリアプランが不明確で先が見えない仕事なんて、選びたくないのが本音だ。筆者が10代の頃、当時若手お笑いコンビで大人気だったとんねるずが

「俺たちは高卒だけど、東大出身者の数倍稼いでるんだ」

といっていた。実力主義がもてはやされ始めた時期でもあり、筆者も「そうだよな」と思い、頑張ればお金は稼げるものだと信じていた。

「仕事=お金」からの脱却と新たな価値観

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

 しかし、今は状況が違う。

 寝る間を惜しんで働けばその分だけ収入が増えた昭和から平成初期とは異なり、今の時代は「残業ができない働き方」が当たり前になっている。50代や60代の世代は「今の若者は残業しなくていいから楽だよな」と思うかもしれないが、今の若者はその環境でしか働けないのだ。

 だからこそ、職業選びはより慎重に考えざるを得ない。50代や60代のドライバーは「自動運転なんていつ実現するんだ」と思うかもしれないが、20代や30代の若手にとっては

「自動運転が実現したら自分たちはどうなるんだろう」

という不安が現実的な問題として常に付きまとっている。

 今の若者は賢い。だからこそ、彼らが納得し安心できる待遇や明確なキャリアプランを提供しなければ、ドライバーという仕事を選んでくれない。「給料を上げればドライバー不足は解決する」という考え方は、

「仕事 = お金」

という短絡的な発想に基づいているが、この古い考え方からはもう脱却すべきだ。

物流人材不足解消へ、CLO設置の鍵

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

「物流の2024年問題」などを背景に、物流が大きな注目を集めている。特に、現場を理解し、その知識を企業の物流戦略やサプライチェーンマネジメントに生かせる人材が「高度物流人材」として求められている。

 2024年春に改正された物流関連2法では、物流を軸に企業経営に関わる役員、

「CLO(Chief Logistics Officer、最高物流責任者)」

の設置を義務化しようとする動きがある(一定以上の貨物輸送を行っている企業に対してCLOの設置が義務化されるかどうかは、まだ決まっていない。近いうちに国土交通省か経済産業省が省令で明らかにする予定だが、現時点では役員クラスのCLO設置を義務化する方向が有力だ)。

 企業にとっては、ドライバーを出発点としたキャリアプランを築く絶好のタイミングだともいえる。だからこそ、

「給料を上げればドライバー不足は解消する」

という単純な発想ではなく、ドライバーという職業の価値を向上させるために、政府や業界全体で取り組むべき時期だ。

トラックドライバーは感謝の声をつなぐ仕事

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

 筆者はトラックドライバーを辞めて、営業会社に転職した。飛び込み営業やテレマーケティング営業を行う、完全な実力主義の会社だった。

 そこには佐川急便出身の同期がいて、同じドライバー経験者ということもあり、意気投合して仕事の愚痴をよく話していた。

 ある日、その同期がこういった。

「ドライバーのときって、お客さんから『ありがとう』って声をかけてもらえてたじゃない。あれが本当に励みになってたこと、今になってよくわかるよ」

と。「でも営業の仕事って、怒られることばかりだよね」と続けた。飛び込み営業をすれば「迷惑だ」と怒鳴られることがよくあるし、成績が悪ければ毎日上司に叱られる。

 筆者も同じように感じていた。そして結局、彼はドライバーに戻っていった。ドライバーの仕事を一度離れてみて、その魅力に改めて気づいたのだ。

「物流は産業の血液」

といわれるように、私たちの生活はトラック輸送がなければ成り立たない。消費者も無意識ながら、トラックドライバーが社会を支えていることを理解しているからこそ「ありがとう」と声をかけてくれるのだろう。

 ドライバー不足を解消するためには、輸送効率の向上に加え、収入や待遇、キャリアプランなど、現行の仕組みを見直す必要がある。同時に、ドライバーという

「職業の価値」

をもっと広く伝えることが大切だ。

 蛇足かもしれないが、筆者はいつかACジャパン(社会的なメッセージを広めるための公共広告を制作・放送する非営利団体)がトラックドライバーの価値や苦労を伝える公共広告を作ってくれたら…とひそかに願っている。ぜひ関係者に検討してほしい。

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