「トラックドライバーが触ったおにぎりは買いたくない」 ドライバー自身による“棚入れ問題”が浮き彫りにしていた、現代社会の構造的病理

ドライバーの棚入れ消滅

搬送用トラック(画像:写真AC)

搬送用トラック(画像:写真AC)

 読者のなかには、コンビニエンスストアやスーパーマーケット、あるいはディスカウントストアで、作業着を着たトラックドライバーが商品を陳列しているのを見たことがある人もいるだろう。

 最近でも、店員ではない人が商品棚に商品を入れているのを目にすることがあるが、そのほとんどはワイシャツやポロシャツにスラックス姿で、作業着のドライバーではない。こうした人たちは、

・メーカーの営業
・ラウンダー(店舗を巡回して売り場や陳列をチェックする人。メーカー社員だけでなく量販店の社員も含まれる)

である。ただ、数年前までは、コンビニなどでも商品を配送したドライバーが自ら棚入れを行っている光景が多く見られた。

 ドライバーは、なぜ棚入れをしなくなったのか。理由は三つある。ひとつずつ説明していこう。

消滅した理由

コンビニ(画像:写真AC)

コンビニ(画像:写真AC)

 ひとつ目は「配送効率の向上」だ。店舗配送では複数の店舗に商品を配送するため、限られた時間で効率よく配送を行うことが求められる。そのため、棚入れをドライバーに任せるのは非効率とされているのだ。

 ふたつ目は「スケジュールの問題」である。すべての店舗でそうではないが、配送スケジュールが分単位で組まれていることがある。配送される商品は季節や市場の状況によって物量が変動するため、荷卸しにかかる時間も変わってくる。さらに、棚入れを行うと配送スケジュールを守るのが難しくなる。

 三つ目は「消費者心理」だ。消費者のなかには、ドライバーが棚入れをしていると

「ドライバーが触ったおにぎりは買いたくない」

とクレームを入れる人もいる。食品配送を担うドライバーは、総じて清潔を心がけているが、

・作業着 = 汚い
・ドライバー = 汚い

といった誤った先入観が、「ドライバーが触ったおにぎりは買いたくない」というクレームにつながってしまう。そのため、ドライバーには作業着とは異なるデザインの制服を着せたり、なかにはワイシャツ姿で配送を行う運送会社も存在する。

見えない棚入れの実態

ショッピングモール(画像:写真AC)

ショッピングモール(画像:写真AC)

 消費者の目に触れる場所でドライバーが棚入れをするケースは減ってきているが、見えないところではまだ行われている。

 例えば、ショッピングモールにある有名な一般雑貨チェーンでは、店舗の営業時間外にドライバーが配送を行い、その際に棚入れもさせていることがある。トラックが商品搬入口に接車してから、広大なショッピングモール内の店舗まで商品を届けるのはよくあることだ。その際に棚入れをさせないまでも、アパレルや雑貨、化粧品などの商品を内容ごとに分類して置くことを求める店舗や量販店も存在する。

 さらに、ドライバーによる荷卸しは量販店やショッピングモールだけではなく、倉庫や工場、事務所などでも行われている。ドライバーは配送先にあるフォークリフトを使って荷積みや荷卸しを行うことを「自主荷役」と呼ぶが、工場や倉庫によってはドライバーが荷物の種類を確認し、指定された場所まで仕分けて荷卸しをすることもある。なかには、複数の建物にわたるケースもある。

 ドライバーの棚入れや自主荷役について話し始めると、

「手荷役は非人道的だ」

といった議論に至ることがある。テーマから外れるため深くは触れないが、想像してほしい。たとえば、農作物を運ぶ大型トラックのドライバーは、誰もいない深夜の農協の倉庫で、数百個から千個以上、重さでいえば10t以上の農作物をひとりで延々と積み込むことがある。

 ここまでくると、一般の人々の感覚からすると、これはもはや

・罰ゲーム
・パワハラ

のように感じられるだろう。

汗して働くさまを不快に感じる人たち

タワーマンション(画像:写真AC)

タワーマンション(画像:写真AC)

 話を戻そう。

 ドライバーが荷物の積み卸しを行う姿を不快に感じる人は、以前から存在していた。30年近く前のことだが、筆者(坂田良平、物流ジャーナリスト)は引越し会社のドライバーをしていた。マンションでエレベーターを使って荷物の搬出入をしていると、住民から

「お前たちの汗の匂いがエレベーターにこもるから、エレベーターを使わずに階段を使え!」

と怒鳴られることがよくあった。

 当時、都内のタワーマンションはまだ少なく、我々が使うエレベーター前には目隠しのついたてが設置され、マンションの管理職員が監視していた。理由を聞くと、

「住民の目に触れると困るから」

といわれた。

 特に印象的だったのは、都内の高級住宅地にある一戸建て住宅への引っ越しの際のことだ。利用客が突然、

「あなたたち、汗をかかないで!」

と怒り始めた。新居や家財に我々の汗がつくのを生理的に我慢できなかったのだろう。暑くはなかったが、作業をしていれば汗はかく。

 最初は我慢していた利用客も、途中から耐えられなくなったようだ。その後、我々は汗をかかないように気をつけながらも、ヒステリックな罵声にさらされながら作業を続けることになった。

 この例は特異かもしれないが、今でもトラックドライバーや建築作業員の汗の匂いをスメハラ(スメル・ハラスメント)として攻撃する人は存在する。

 最近、空調服(作業着に電動ファンが付き、熱中症予防効果がある衣服)についてSNSで次のような投稿を見かけた。

「空調服を着てコンビニに入ってくる現場作業員のおじさんたち、自分の汗の匂いを店内にバラまかないで!」

 空調服は強制排気を行うため、確かに匂いを拡散することがある。しかし、香水のような嗜好品とは違って、

「頑張って働いている人たち」

の汗の匂いを、たまたま出会った人たちまでそんなに毛嫌いするのは、果たして正しいことなのだろうか。

ドライバーの自主荷役と賃金問題

改正前の「標準的な運賃」では、自主荷役については別途収受の原則を打ち出していただけだったが、改正後はモデル料金を提示することで、自主荷役適正収受の方針をより明確にしている(画像:坂田良平)

改正前の「標準的な運賃」では、自主荷役については別途収受の原則を打ち出していただけだったが、改正後はモデル料金を提示することで、自主荷役適正収受の方針をより明確にしている(画像:坂田良平)

 今春改正された「標準的な運賃」では、ドライバーによる自主荷役を付帯業務料として運賃とは別に受け取る方針を明確に示している。

 ドライバーが行う棚入れなどの付帯作業や自主荷役の最大の問題は、それが

「無償で行われている」

ことだ。さらにいえば、これはドライバー自身が望んでいるわけでもなく、運送会社が望んでいるわけでもない。むしろ、取引先の強い立場にある

「荷主から強制されている」

状況だ。その上、自主荷役の強制は長時間労働につながり、結果としてドライバーの労働環境が悪化するという、非常に厳しい状況を生んでいる。これを下請法では「優越的地位の濫用(らんよう)」と呼んでいる。

 以前、筆者が当媒体に書いた「「手積み・手降ろし」を渇望する運送ドライバーが最近増えているワケ あれほど嫌われていたのになぜなのか」(2024年2月4日配信)では、手積みや手卸しに対する手当を支給することで、ドライバーが自ら手荷役を希望する例を紹介した。

 このことは運送会社にも当てはまり、棚入れや手積み・手卸しに対して適切な対価が得られ、競合他社との差別化ができるのであれば、歓迎する運送会社もある。対価がしっかりと収入に反映されれば、自主荷役を歓迎するドライバーが現れるのも当然だ。

汗水垂れ流しの美徳消失

荷下ろし作業(画像:写真AC)

荷下ろし作業(画像:写真AC)

 無償の自主荷役や棚入れが横行する背景には、発荷主・着荷主の双方に人手不足がある。この状況を考えると、優越的地位の濫用に該当しないよう、運送会社やドライバーに対して適切な対価を支払って自主荷役や棚入れを依頼すればよい。確かに、自主荷役や棚入れが拡大すると

・輸送リソースの圧迫
・積載効率の低下

を招くデメリットもあるが、この議論は今回のテーマとはずれるため省略する。

 一方で、一部の消費者が抱くドライバーや作業員に対する偏見は依然として残っている。今後、(可能性は低いと思うが)有償化を条件に量販店でのドライバーによる棚入れが再開されても、

「ドライバーが触ったおにぎりは買いたくない」

とクレームを入れる人はまだ一定数いるだろう。

「汗水垂瀝(かんすいれいれき。 汗を流して一生懸命働くこと)」

という言葉が示すように、一生懸命働く人たちを尊敬する気持ちは美徳であるべきだ。しかし、棚入れ問題から見えてくる一部の人たちの意識は、どうやらそれとは違うようだ。「トラックドライバーによる棚入れ」には、物流業界が長年抱えてきた問題だけでなく、日本人が持っていた美徳としての意識の変化、特に悪い方向への変化が見える。

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