トラックドライバーへの根深い差別意識! ネット衝撃「おにぎり買わない」発言にみる構造的病理、これを打ち破るために最も必要な“指標”とは何か

2600件の反響、「汗」の社会問題

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

 物流ジャーナリストの坂田良平氏が9月23日、当媒体に「トラックドライバーが触ったおにぎりは買いたくない」 ドライバー自身による“棚入れ問題”が浮き彫りにしていた、現代社会の構造的病理」という記事を寄稿した。

 この記事では、

「数年前までは」

と前置きしつつ、トラックドライバーが直面している“棚入れ問題”を通じて、私たちの社会が抱える構造的な課題が探られている。特に、ドライバーの意識や消費者の心理がどのように交錯しているかが掘り下げられ、日常生活に潜む問題が明らかにされた。

 記事によると、最近、コンビニやスーパーで作業着を着たトラックドライバーが商品を陳列する姿が減っている。理由は主に三つある。第一に、配送効率の向上が求められ、ドライバーが棚入れをすることが非効率だと見なされること。第二に、厳守すべき配送スケジュールがあり、棚入れを行うとそのスケジュールが崩れてしまうこと。第三に、消費者心理の影響で

「ドライバーが触ったおにぎりは買いたくない」

というクレームが存在することだ。このため、ドライバーが商品棚に関わることが少なくなり、企業は清潔感のある制服を着せるようになっている。ただし、見えない場所ではドライバーが棚入れを行っていることもあり、無償の自主荷役が問題視されている。消費者の偏見は根強く、今後も「ドライバーが触ったおにぎりは買いたくない」という声が続くと考えられているという。

 記事は配信されるなり、大きな反響を呼び、

「潔癖症の人は、他人の匂いや汗に対しては耐えられないと嫌悪する一方で、自分の汗や匂いには無頓着なことが多い」

「食べ物を扱うときに作業着のままでハンドルを握った手に不安を感じるのは理解できるが、それをいうなら外食やテイクアウト、ウーバーも同じだと思う」

「最近では、仕事が細分化され、現代社会の影響で汗をかいて働く人への感謝が薄れてきているのかもしれない」

「自分が汗まみれになる仕事は嫌だと思うのは自由だが、そういう仕事が必要不可欠であることは事実だ。それを理由に働く人を見下すのは間違っている」

「私は工場で空調のない場所で汗をかきながら、タオルで汗を拭きながら働いている。エアコンの効いた場所で仕事をしている人を否定するつもりはないが、ぜひ私の仕事現場を一度見てほしい」

など、ヤフーニュースには、9月24日の夕方時点で2600件以上のコメントが寄せられた。

経済成長の鍵は「社会指標」

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

 2021年10月に配信されたNewsPicksのYouTube動画「現代社会をRethinkせよ。」で、元東京都立大学教授で、社会学者の宮台真司氏が次のように語った。

「経済指標を回復するには、実は社会指標を回復しなければいけないんです。これは逆じゃないんですよ」

この言葉は、現代資本主義社会の問題を見直すためのひとつの処方箋として示されている。健全な経済成長を実現するためには、単に経済データを改善するだけでなく、社会全体の福祉や生活の質を反映する

「社会指標」

の回復が必要ということだ。

 本稿では、宮台氏の視点をもとに、現代日本の労働環境や職業に対する社会的評価、特にトラックドライバーを取り巻く問題を例に挙げ、社会指標の改善が経済指標の回復にどのように寄与するかを探っていく。

「経済指標」「社会指標」とは何か

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

 経済指標と社会指標とは何か。

 経済指標とは、

・GDP(国内総生産。一定期間内に国内で生産されたすべての財とサービスの総額を表す)
・失業率
・インフレ率

など、経済の状態や成長を測るデータであり、政府や企業が経済政策を立てる際に重要な役割を果たしている。一方、社会指標とは、

・労働環境
・所得の平等性
・健康状態
・教育の質
・社会的包摂性(すべての人が社会に参加し、平等に機会を得ることができる状態)

など、社会全体の福祉や生活の質を測るものだ。

 経済の成長や健全性は、社会の安定や人々の生活の質によって支えられている。労働者が安心して働ける環境や公正な賃金が保証されていなければ、どれだけ経済が成長してもその基盤は脆弱(ぜいじゃく)になり、持続的な発展は難しくなる。

 経済指標を改善しようとする際に、社会指標の重要性を見落としてしまうことがある。例えば、企業が短期的な利益を優先し、労働者の待遇を軽視すれば、長期的には生産性の低下や人材不足を招き、結果として経済に悪影響が出る。このため、経済指標を回復させるためには、まず社会指標の改善が必要だ。

 労働環境や職業の意義に対する社会的な評価がしっかりとされていなければ、経済の持続的成長は期待できない。

社会的偏見と人手不足

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

 日本でトラックドライバーは非常に重要な役割を果たしている。いや、それ以上で、彼らがいなければ日本経済は回らなくなる、まさに

「エッセンシャルワーカー」

なのだ。しかし、彼らの労働環境や社会的評価は依然として低い。坂田氏が指摘している自主荷役の問題に見られるように、正当な対価を得られず、過酷な労働条件に苦しむドライバーも多い。2024年春に改正された「標準的な運賃」では、ドライバーが自主的に荷役を行う場合、その作業を運賃とは別に付帯業務料として受け取る方針が示されたが、現場でそれがどう実施されているのかは疑問だ。

 さらに、社会全体の偏見も根強く、彼らの仕事は十分に尊重されていない。

「ドライバーが触ったおにぎりは買いたくない」

といった発言は、まさに差別だろう。2022年6月には、ある就活サイトがトラックドライバーを含む職種を

「底辺職」

名指しし、ネットで炎上した。物流コンサルタントの久保田精一氏もこれに対して、

「そもそも職業で差別すること自体が論外と言わざるをえないが、内容的にも、底辺職の特徴として「同じことの繰り返し」だといいながら、職種の例に「保育士」(恐らく毎日が非日常の連続だろう)を含めるなど、ピント外れな記事ではあった」

と当媒体で強く批判している。ただ、今回のような問題提起型の記事が出ると、

「こういうことを書くから偏見が余計に助長されるんだ」

という声が必ず上がる。これは「寝た子を起こすな」といったような発想だろう。つまり、問題が表面化していないことについてあえて触れたり議論したりしない方がよいという見方だ。寝ている子どもを起こさないように静かにしておくことで、問題を刺激しないようにして新たなトラブルを避けようとする姿勢だ。

 社会や組織に潜在的な問題があっても、今は大きなトラブルになっていない場合、これを支持する人は掘り下げることで

「新たな混乱や対立を引き起こすリスクがある」

と考え、現状維持を望む。しかし、この考え方には長期的には問題の根本的解決を遅らせるという批判もあり、事態が悪化する前に対処すべきだという意見も存在する。

 前述の不当な労働環境は、短期的には企業のコスト削減につながるかもしれないが、モチベーションの低下や離職率の増加を引き起こし、業界全体で深刻な人材不足を招く。また、社会的な偏見は消費者の心理にも悪影響を与え、次世代の人材確保も難しくなるだろう。

消費者信頼で倍増する社会的価値

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

 社会指標の改善が経済指標の回復にどのように寄与するかを具体的に説明すると、まずは労働環境の改善が挙げられる。

 例えば、トラックドライバーの過重労働を是正し、労働時間や休憩時間を法律通りに管理することで、ドライバーの疲労を軽減することができる。これにより、彼らのモチベーションが向上し、業務の効率も高まる。

 また、自主荷役に対して適正な賃金を設定することが重要で、無償で過酷な作業を強いられることがなくなれば、ドライバーは仕事に誇りを持ち、企業へのロイヤルティーも高まるだろう。こうした改善が業界全体に広がれば、労働環境は大幅に改善し、離職率の低下も期待できる。

 次に、社会全体の尊重が必要だ。トラックドライバーの果たす役割を正しく理解し、社会的な認識を変えることが求められる。メディアを通じて彼らの貢献を広く紹介し、ドライバーの仕事に対する理解を深めるキャンペーンを実施すれば、職業に対する偏見は減少するだろう。

 また、学校や地域社会で職業の多様性やその重要性を教える教育プログラムを導入することも有効だ。これにより、子どもたちの職業観が広がり、トラックドライバーへの偏見も少なくなることが期待される。

 さらに、持続可能な経済成長を促進するためには、生産性の向上が鍵となる。労働環境が整備され、ドライバーが安心して働ける環境が整えば、業務の効率はデジタルの力を借りつつ、自然と向上するだろう。適切な業務分担や効率的な配送システムの導入によって無駄が削減され、企業の収益性も高まる。こうした変化が業界全体に波及すれば、経済成長につながる。

 また、ドライバーが社会的に適正に評価されるようになることで、消費者の信頼も向上し、結果的に商品やサービスへの需要が増える可能性が高まる。消費者がドライバーの努力を理解し、その仕事の重要性を認識すれば、商品の購入に対する心理的な障壁が低くなり、経済全体の活性化が期待できるのだ。

社会改善なくして経済回復なし

物流トラック(画像:写真AC)

物流トラック(画像:写真AC)

 社会指標の改善がなければ、経済指標の回復は望めない。

 労働環境を整え、職業に対する尊敬を取り戻し、持続可能な経済成長を目指すことが、経済全体の健全化には欠かせない。

 特にトラックドライバーのような「超」が付くくらい重要な職業に対する偏見をなくし、安心して働ける環境を作ることが、経済の持続的な成長につながる。社会指標と経済指標は密接に関連しており、両方を改善することでより良い未来を築くことができる。

 最後に私的なことを書かせてもらうと、わが家にしょっちゅう荷物を届けてくれる大手宅配会社のドライバーは本当に礼儀正しい。猛暑のなかでも笑顔を絶やさず、忙しく動き回っている姿には感謝しかない。

「現代社会の構造的病理」を打ち破るために必要なのは、社会指標の回復なのだ。

ジャンルで探す