公共交通政策もはや「骨抜き状態」 コストコ大渋滞問題が暴いた「コミュニティーバス」の虚実! 地域交通の精神は一体どこへ行ったのか

コミバス信頼失う現実

地域を走るさまざまなコミバス(画像:写真AC)

地域を走るさまざまなコミバス(画像:写真AC)

 沖縄県の地元紙・沖縄タイムスが8月25日に報じたニュースが注目を集めた。コストコの新店舗が開店した影響で、沖縄本島南部の南城市で大渋滞が発生し、コミュニティーバス(コミバス)「Nバス」の通常75分のルートが約10時間かかる事態になった。8月24日には59便中26便しか運行できず、影響は今後も続く見込みだ。Nバスは主に65歳以上の市民が利用しており、月平均の利用者数は1万5325人だが、渋滞によって運行に支障が出ている。

 これを受けて、筆者(西山敏樹、都市工学者)は先日、当媒体で「コストコ大渋滞問題が暴露した「コミバス」の厳しい現実! 大商業施設オープンの交通計画に潜む盲点とは?」(2024年9月2日配信)という記事を書いた。記事では、コミバス導入の先駆けとなった東京都武蔵野市の歴史を振り返りつつ、コミバスの現状について次のように批判した。

「(コミバスは)通常は地域のバス事業者に市町村が委託する形で運行される。運行開始後、武蔵野市の政策を模倣する市町村が全国に広まったものの、コミバスを「取りあえず走らせよう」という流れができてしまった。「住宅街をまめに回り、交通弱者の外出を支援する」という本来の目標は薄れ、効率的な小型バスで地域を回ることが優先されるようになった。結果として、「路線バスの代替」として幹線道路を走るコミバスが増え、南城市のように渋滞に巻き込まれる事例が多発している。路線バスの渋滞問題から“学ぶ”ことがなく、深刻な遅れが生じ、地域の交通手段としての信頼を失う事態になっている。全国各地では、イベントや大型施設のオープンによってコミバスの運行が大幅に遅れるケースが増えている」

 なぜこのような状況が生まれるのか、今回はこの問題の地域社会的な構造をもう少し掘り下げていきたい。

今の地域交通政策の構造

地域の政治家イメージ(画像:写真AC)

地域の政治家イメージ(画像:写真AC)

 このような状況が生まれる原因は、次の三つに分けられる。

・陳情に向き合わざるを得ない地域の政治家たち
・地域の公共交通を担わされる行政機関
・路線バスをコミバスに肩代わりしてほしいバス事業者

それぞれについて詳しく解説していく。

●陳情に向き合わざるを得ない地域の政治家たち
 多くの地域の政治家は、有権者からの陳情に対応せざるを得ない。特に高齢者からは「移動手段を確保してほしい」という声が多く、政治的な対応として、コミバスの導入が有力な解決策とされてきた。

 しかし、その結果、運行開始そのものが優先され、大切な運行計画や実質的な運用方法の検討がなおざりにされることが多い。前述の、コミバス第1号である武蔵野市の「ムーバス」は、地域住民が当時の土屋正忠市長にリクエストして始まったもので、住宅街にまで小型バスが入り、住民の移動手段を確保することが目的だった。1995(平成7)年のことであり、筆者も大学生の頃から同市で取材を行ったことを覚えている(研究室に入った1996年以降)。

 当時の担当者は他の地域の政治家たちが視察に訪れ、頻繁に問い合わせがあると話していた。多くの政治家は住民の声に応える形で、市長が路線開設に努力したことを誇示したが、その結果、「住宅街をくまなく回る」という崇高な理想が薄れ、路線バスの廃止にともなう代替交通としてのコミバスが増えるという残念な状況が生まれてしまった。

●地域の公共交通を担わされる行政機関
 地方自治体は、交通手段の確保を求められる一方で、資源や専門知識が不足している。筆者は都市交通を専門としており、地方自治体の職員との議論が多い。重要な問題であるにもかかわらず、地域交通の専門家を採用することはほとんどなく、定期的な人事異動も行われている。そのため、他の部署からの人の出入りが頻繁になり、政策の継続性が失われることが多い。そのため、コミバスの運行を委託する際に、十分な計画や運行方法の検討、事後評価が行われず、結果として効果的な地域交通サービスを提供できない状況が生まれているのだ。

 地域の政治家の意向も影響し、短期間で結果を出そうとするためにコミバスの開設プロセスが急ぎすぎることが多く、その結果、効果が低下する事例が多数見られる。コミバスの廃止や路線の見直しが各地で進んでいるのは、その影響でもある。

交通政策のゆがみ

地域を走るさまざまなコミバス(画像:写真AC)

地域を走るさまざまなコミバス(画像:写真AC)

 筆者は仕事の関係で地方行政の職員の前で講演を行うことがあるが、その際に伝えるのは、

「コミバスは地域に根ざしたもので、成功例をただ真似しても意味がない。地域住民の気持ちや日常のアクティビティをしっかり観察し、それを支える手段としてコミバスを作ってほしい。」

ということだ。地方の政治家や行政職員は、成功例を視察して政策をコピーしようとすることがよくあるが、これは地方行政を進める上で避けるべきことだと認識するべきだ。

●路線バスをコミバスに肩代わりしてほしいバス事業者
 地域のバス事業者については、コミバスを「取りあえず走らせよう」とする流れに乗ってしまう傾向がある。「2024年問題」がクローズアップされているが、経営の効率を追求し、既存の路線バスを廃止した後にコミバスに置き換えたいと考えている場合も多い。

 そのため、コミバスの本来の目的である「交通弱者の外出支援」が後回しにされ、幹線道路を走る単なる路線バスの代替としてのコミバスが増加し、渋滞問題に巻き込まれる事例も多発している。そして、コミバスの信頼性が低下する新たな問題が生じている。路線バス事業者の苦境は今に始まったことではないが、行政がコミバスの運行に過度に期待する状況も否めない。

 このように、地方の政治家、行政機関の職員、バス事業者の思惑が重なり、地域交通政策が本質からかけ離れてしまった結果、コミバスがゆがんだものになってしまっているのである。

繰り返される間違い LRTを事例に

宇都宮市のLRT(画像:写真AC)

宇都宮市のLRT(画像:写真AC)

 日本では次世代型路面電車(LRT)導入に関して同様の問題がいくつか見られる。

 例えば、宇都宮市のLRTは好調であり、これを視察しようとする他の地域の政治家や行政職員が後を絶たない。同市の成功を受けて、自分たちの地域でもLRTを導入しようという議論が始まっている。

 しかし、一度立ち止まって考えてほしい。宇都宮のLRT沿線には、

・有力企業
・大学
・ショッピングモール

などが存在し、

・通勤輸送
・通学輸送
・買い物輸送

の需要がLRT利用者を増やしているのだ。実際、2023年8月の開業直後からLRTの利用者数は好調に推移し、需要予測よりも約2か月半早い2024年7月初旬には400万人に達した。平日には約1万5000人から1万8000人、休日でも約1万人が利用している。

 また、ダイヤ改正を行い、路面電車としては珍しい快速電車の運行も始まった。このような数字を見て、

「政策をそのままコピーしようとする地域」

が増えている。しかし、都市計画や地域交通政策が実際のニーズや顧客満足度を考慮せずに進められると、結果的に地域にとって負担となることが容易に予想できる。LRTやコミバスの多くの事例は、日本の交通政策全般に共通する構造的な問題を示しているのである。

住民主体の交通戦略の必要性

地域を走るさまざまなコミバス(画像:写真AC)

地域を走るさまざまなコミバス(画像:写真AC)

 今後、日本の交通政策は、地域の実情に合わせた柔軟で持続可能な制度を作る必要がある。コミバスやLRTは重要な手段だが、ただ運行を始めるだけでなく、地域のニーズをしっかり把握し、戦略的に運営することが求められる。

 成功例をそのまま模倣するのではなく、地域住民との対話を通じて、彼らの気持ちや日常の活動、顧客満足度、使ってどれだけ幸福度が上がるかといった

「ユーザーエクスペリエンス」

をよく分析し、そこから地域交通手段を形にする努力が必要だ。つまり、地域交通にはトップダウンではなく、現場レベルから意見やアイデアを集め、それをもとに方針や決定を行う

「ボトムアップ」

のアプローチが欠かせない。

 残念ながら、政治家のマニフェストは経済活性化や福祉の質的向上に焦点を当てがちで、地域交通に力を入れる人は少ない。そのため、地域住民自身が声を上げ、住民ベースの地域交通作りに転換できるような努力が求められる。各自治体には地域公共交通の活性化協議会があるが、これを活用することも重要だ。

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