路線バス会社の「合併」もはや待ったなし? メリット満載も、実現に立ちふさがる“4つの壁”とは

バス路線が直面する大問題

路線バス(画像:写真AC)

路線バス(画像:写真AC)

 路線バスの「2024年問題」が注目されるようになって久しい。2023年9月、日本バス協会が発表した推計では、2024年度には全国のバスドライバーの数が10万8000人になるとされ、2030年度には

「9万3000人」(2024年度の14%減)

まで減少すると予測されている。

 路線バス事業を維持するためには、ドライバーや整備士だけでなく、事務職や技術職の雇用も必要で、安心安全を確保するために多額の人件費がかかる。実際、路線バスの運賃の

「70~80%」

は人件費に充てられている。そして、行政からはバリアフリー・ユニバーサルデザインやエコデザインの導入が求められ、人件費とは別に多額の費用がかかる。

 さらに、路線バスの需要も減少傾向にある。日本バス協会のデータによると、コロナ禍の影響を受けた2020年度の利用者数は31億2055万人で、前年度の42億5765万人から

「26.7%」

減少している。テレワークの普及や少子高齢化による労働人口の減少などの影響で、路線バスの利用者数や経営状況が改善する見込みはほとんどないのが現状だ。

バス会社の合併の必要性

路線バス(画像:写真AC)

路線バス(画像:写真AC)

 この厳しい経営状況では、「バス事業者の合併」が地域の交通を守る有力な手段となる。企業の合併には、

・新設合併
・吸収合併

があり、それぞれ手続きやコストに大きな違いがある。

 新設合併では、新会社の設立にともなう手続きや許認可の申請、上場申請などが必要となり、コストが高くなる上、登録免許税も高額になる。一方、吸収合併では、合併する側が基本的に権利などを引き継ぐため、手続きの負担が軽減される。

 バス事業においては、

・車両の初期費用や維持費用
・人材の確保や雇用管理

など、さまざまな場面で吸収合併によるスケールメリットとシナジー効果が期待される。例えば、車両を一度に多く購入すれば、値引きの可能性が高まる。特に電気自動車(EV)化の進行にともない、

・急速充電器や交換用電池
・整備要員

の確保などでスケールメリットが得られる。小さな企業の持つノウハウを、大きな企業の規模の利に生かすことも可能だ。

 地域の交通を維持するためには、こうした吸収合併が今後ますます重要になるだろう。

合併メリットと懸念事項

路線バス(画像:写真AC)

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 バス事業における吸収合併のメリットは、スケールメリットとシナジー効果が重要なキーワードとなる。これにより、

・車両
・人材
・営業所
・停留所

などの各業務を効率化し、コスト削減を図ることができる。

 例えば、2024年問題に対応したリクルーティングコストや人件費、営業所の維持コストを見直すことで、効果が期待できる。また、多様な人材を確保することで、マーケティングやブランディング、戦略経営などに人材を振り向ける余裕も生まれる。

 バス事業者や利用者の特性を生かした事業の強化も可能となり、運行業務だけに追われる状況を脱却し、将来の構想や沿線のPR活動に注力できる人材を確保することが、今後の路線バス事業には必要だ。

 しかし、バス会社の合併にはデメリットや懸念事項も多く、これらの打開策を検討することが重要である。具体的には

・情報システムの統合と利用者への理解促進の難しさ
・人材教育と確保に対するスタンスの違い
・車両に関する考え方の違い
・地域への定着や広報に関する大きな懸念

といった点が挙げられる。

合併の阻害要因とその解決

路線バス(画像:写真AC)

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 次に、これらの懸念事項を踏まえながら、解決策の方向性についても述べていく。

●情報システムの統合と利用者への理解促進の難しさ
 デジタルトランスフォーメーション(DX)が進むなか、路線バスの運行にもさまざまな情報技術が活用されるようになった。交通系ICカードやクレジットカードなど、多様な決済方法が普及し、スマートフォンを使って路線バスの位置情報を簡単に追跡できる時代だ。また、高速便や特急便の運行では外部の予約システムが一般的に利用されている。今後はオンデマンド運行の乗り合いバスも増える見込みで、自動運転車両も人件費削減のために導入が進むだろう。

 このように、乗り合いバスの各場面で多くのDX技術が導入されているが、バス事業者がこれらを自社で開発するのは専門人材の確保が難しいため、外部委託が多くなる。その結果、受託企業が多様化し、

・バス運行を行う事業者のレベル
・エンドユーザーのレベル

で、技術とそのインターフェースが大きく変わってしまう。吸収合併が現実的に進められる場合、吸収する側の事業者に合わせることで初期費用や維持費用は通常抑えられるが、吸収される側の事業者やその顧客は新しい技術を一から学び、慣れる必要がある。

 情報技術は日々進化しており、その導入や更新のタイミングを見極めるのは難しい。しかし、パソコンやスマートフォンを使う作業であれば、20分から30分程度の学びの場を提供すれば、多くの人が使いこなせるようになる。実際、意外にも新しい技術に対して抵抗を持つ利用者層が多いのが現状だ。そのため、利用者が新しい技術に慣れる機会を積極的に創出することが非常に重要である。

●人材教育と確保に対するスタンスの違い
 自動運転技術が進化しているものの、シンギュラリティ(人工知能が人間の知能に接近または超える時期)とされる2045年頃までは、路線バスは人間が運転し続けることになるだろう。バスドライバーの教育に関する指針は国土交通省から示されているが、今後は

・高齢者
・障がい者
・外国人

など多様な利用者に対する接遇やコミュニケーションが重要な要素となる。この点については、国土交通省も具体的に触れておらず、バス事業者のスタンスに委ねられている。

 接遇やコミュニケーションに関する教育が一般化され、共通化、平準化されない限り、合併後のバス事業者としての一体感は生まれない。そのため、合併後はバスドライバーに対してこれらの教育を実施する必要がある。この人材教育は指導ドライバーの教育手法に依存し、大きなコストをかける必要はない。むしろ、効果的な知恵を生かす場面である。

 新しい乗り合いバスのサービスデザインの機会を捉え、人材教育を好機と考えるべきだ。また、合併によって人材確保コスト、つまりリクルーティングコストを低減できる可能性も期待できる。これを懸念材料ではなく好機と捉え、優れた人材を育てるプログラムの構築に取り組むことが求められる。

合併の現実と広報不足が招く危機

路線バス(画像:写真AC)

路線バス(画像:写真AC)

 残りふたつ、「車両に関する考え方の違い」「地域への定着や広報に関する大きな懸念」について解説する。

●車両に関する考え方の違い
 合併した企業の路線バス車両を見ると、吸収した企業と吸収された企業で仕様に大きな違いがあることがある。

・シートの質
・レイアウト
・カーテンの有無

など、目に見える部分でさまざまな差異が感じられる。新車の場合、国土交通省のバリアフリー車両基準に基づいた仕様を採用すれば、一定の統一性を持たせることができる。しかし、中古車両の導入が進むと、その種類が増え、均一性が失われることになる。

 中古車両の導入は、全国的に避けられない現実だ。新車でも中古車でも、吸収された会社と吸収した会社でカラーリングを変えないのは、地域にとって必ずしもよいことではない。さまざまな旧カラーのバスが従来通りに走り続けてしまうと、地域の人々はバス事業者が合併したという状況を理解しづらくなる。まずは目に入る部分から、地域に合併をアピールすることが重要であり、地域との関係を構築する上でも大切な要素だ。また、ひとつの事業者になったことをわかりやすく伝えるための公的補助も、企業努力に報いるために必要だと考える。

●地域への定着や広報に関する大きな懸念
 バス事業者のなかには、合併や協力の重要性を認識しているものの、それを地域に伝え、事業の厳しさを理解してもらう方法がわからないという声が多くある。この現状では、広報やPRの専門人材を雇う余裕がない企業も多く、外部コンサルタントを利用することも難しい。しかし、バス事業の厳しさを知らない地域住民が多いのが実情であり、そのため広報やPR、ブランディングの専門人材の必要性が高まっている。

 近年、広報やPR、ブランディングの専門職を設置する地方自治体が増えているため、公営企業のバス事業者はそのリソースを活用できる余地がある。しかし、多くの民営事業者にとってはそれが難しいのが現状だ。バス事業者の合併自体は企業の努力の結果であり、それに対する広報やPR、ブランディングのための人材確保に対する公的支援(行政からの派遣や雇用資金の支援)は、問題解決に向けた重要な施策となる。

地域力で解決する課題

路線バス(画像:写真AC)

路線バス(画像:写真AC)

 バス事業の合併には、スケールメリットやシナジー効果への期待が大きい。しかし、懸念事項を解消するためには、さまざまな対策が必要である。

 本稿では、その方法を提案してきた。重要なのは公的支援だが、単にお金だけの問題ではない。

・人材の確保
・知恵のひねりだし

も重要である。

 あえていえば、

「案ずるより産むがやすし」

という考え方もある。地域のバス事業者の合併は、単に企業内の問題にとどまらず、地域の力を結集して考えるべき重要なテーマであり、地域全体での解決が求められる。

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