JALの中国版? 19兆円の負債を抱えて破綻した「海航集団」の無謀な拡大路線と、その結末
19兆円の負債破綻
2021年、中国最大の民営航空会社・海南航空を傘下に持つ海航集団が経営破綻した。その負債総額は19兆円にも達した。これは航空部門以外も含まれる数値だが、中国国内市場では最大レベルの倒産であり、同国のバブル崩壊のきっかけとしても注目されている。
厳しいコロナ政策があったとはいえ、世界で4番目の面積と2番目の人口を持つ中国で、なぜこのような倒産が起こったのか。
実は、海航集団の経営はコロナ禍前から厳しい状況が続いており、
「かつての日本航空と似た」
ような経営破綻だった。本稿では、海航集団とその傘下の海南航空グループの拡大と倒産劇について解説する。
海南航空の成長軌跡
海航集団の基盤となる海南航空は1989年に設立された。創業者の陳峰(チェン・フォン)氏は山西省出身で、ルフトハンザ航空の航空専門学校を卒業し、その後、日本航空でトレーニングを受けた王健(ワン・ジエン)氏も参画した。当初、海南航空は中国の経済特区に指定された海南省を拠点とし、「海南省航空」という名称で1993年に定期便の運行を始めた。1996年に現在の海南航空に名称変更した。
その後、海口や三亜などの海南省の拠点だけでなく、北京、西安、深センなどの成長著しい都市をハブ空港として路線網を拡大していった。2019年には国内線の座席シェアが
「6.2%」
に達し、国営の中国国際航空、中国南方航空、中国東方航空に次いで、中国で4番目、民営では最大規模の航空会社に成長した。サービスの評価も高く、スカイトラックス・ワールド・エアライン・アワードで最上級の5つ星認定を受けたこともある。
海南航空のネットワークは中国国内だけでなく、日本などの近隣諸国、欧州、北米、オーストラリア、ニュージーランドなどの長距離路線も展開している。欧州路線ではベオグラードやマンチェスター、ダブリンなど、日本からの直行便がない都市にも就航している。
また、海南航空は北京首都航空や香港航空、祥鵬航空などをグループ会社として地方路線の充実を図っている。日本路線を展開する会社もあり、読者のなかにはこちらの方がなじみ深い人も多いだろう。
航空業界を超えた多角化戦略
海南航空の勢いは航空業界だけにとどまらなかった。海航集団(HNAグループ)は、海南航空の業務再編の一環として2000年に、同航空の親会社として設立された。中国経済の成長とともにその勢いは加速し、航空業界にとどまらず観光、物流、金融、不動産などさまざまな分野に投資を行うコングロマリット(巨大複合企業グループ)へと成長した。
世界中の投資家から注目を集め、特に著名な投資家であるジョージ・ソロス氏は、2005年に彼の運営するファンドから2億5000万ドル(当時のレートで約293億円)を出資した。海航集団は、中国国内だけでなく海外案件にも数多くの投資を行い、2010年から2017年の7年間で関与した約160件の投資案件のうち、75%が海外のものであった。
そのなかには世界的な有名企業も含まれており、例えば欧州の大手銀行であるドイツ銀行の株式の10%を保有し、世界的なホテルチェーン・ヒルトンの25%の株を保有する筆頭株主でもあった。
また、傘下に納めた企業も多く、2016年には米国の商業金融会社CITグループの航空機リース事業を100億ドル(当時のレートで約1兆400億円)、米国のテクノロジー商社イングラム社を60億ドル(当時のレートで約8400億円)で買収するなど、多額の資金を投入していた。
本業である航空部門でも、海南航空やそのグループ会社のほか、アジュールブラジル航空、TAPポルトガル航空、ヴァージンオーストラリア航空などの株式を取得し経営に参画していた。
これらの活動の結果、2017年末にはグループの総資産が約1兆2300億元(約19兆8300億円)に達し、世界的な企業ランキング・フォーチュン500において170番目の企業として紹介された。2010年代半ばまでの海航集団は、世界で最も活発な機関投資家のひとつとして、中国から世界中の資産を購入する巨大企業として大きな注目を集めていた。
デモとコロナで壊滅
海航集団が行った一連の買収で投じた金額は合計400億ドルに達し、その債務負担は大きな重荷となった。2017年には、銀行が海航集団への新規の海外投資案件の貸し付けを停止し、中国の財政当局からも目をつけられるようになり、信用不安が急増した。
2年後の2019年には、香港で大規模なデモが発生し、観光客が激減。海航集団の傘下にある香港航空や香港エクスプレス航空(格安航空会社)の業績も急速に悪化した。香港航空は路線網や機材の削減を含む大規模なリストラを実施し、香港エクスプレス航空は香港最大手のキャセイパシフィックに売却されることになった。
さらに、2020年には新型コロナウイルス(COVID-19)が大はやりし、中国は特に厳しい外出政策をとったため、旅客需要が激減した。その結果、海南航空など本土の航空会社は巨額の損失を被った。業績が回復しないなか、海航集団は2020年から実質的な公的管理下に入ることとなった。
2021年1月29日、海航集団は経営破綻を発表し、破産法に基づく再建型の倒産手続きに入った。その負債額は驚くべき
「1兆1000億元(約19兆円)」
に達した。日本で戦後最大の負債を抱えて倒産した協栄生命保険(現ジブラルタ生命保険)が約4兆5296億円、金融機関以外では最大の日本航空グループ三社の
「約2兆3221億円」
と比較すると、その金額がいかに大きいかがわかる。
また、航空部門の純損失(損益通算の結果残った赤字)は2020年には640億300万元(約1兆760億円)に達した。海航集団の倒産は当時、中国史上最大の倒産として注目を集め、後に続く中国恒大集団や碧桂園などの大手不動産会社の破綻とともに、中国バブル崩壊の象徴的な出来事となった。
日本航空との共通点
海航集団の経営破綻は、比較的安定した環境にあったにもかかわらず、無謀な投資が原因で倒産した点で
「日本航空と共通する部分」
がある。日本航空はバブル期前後に、以前の記事「JAL・ANAの失敗、航空会社の「ホテル経営」はなぜ難しいのか? “放漫経営”と呼ばれた過去を検証する」(2024年8月23日配信)でも触れたエセックスハウスの買収のような無駄な投資が目立ち、経営破綻前から“放漫経営”への批判が絶えなかった。
海航集団は日本航空に比べ、航空会社というよりは“投資家”の側面が強い。しかし、祖業である航空業とは関係の薄い銀行業への投資案件があり、多くの航空会社が撤退したホテル業にも多く投資したりしている。このように、無駄な投資が多い点では日本航空と似たところがあるといえる。
また、中国には着陸料が安いセカンダリー空港(都市圏の基幹空港〈プライマリー空港〉を補完する空港)がほとんど存在せず、民間機が使用できる空域も限られているため、他国に比べて航空会社の運行には厳しい制限が設けられている。
新規参入が難しい一方で、海南航空など早くから運行している企業にとっては競合が少なく、収益が拡大しやすい状況だ。航空運賃や公租公課(国や地方公共団体に納める税金などの総称)の負担の大きさから、新規参入がほとんどなかった日本と似たような状況ともいえる。
売却、アライアンス不在がもたらす不安
航空部門の子会社である海南航空は、2020年12月8日に別のコングロマリットである遼寧方大集団実業に410億元(約7300億円)で売却されることが発表された。現在、国際線に加えて日本路線を含む国際線も運航している。しかし、アライアンスや路線網を考えると、依然として不安が残る。
しかし、アライアンスや路線網を見ると、依然として不安が残る。海南航空はアライアンスに所属せず、個別に提携を進める方針だが、その場合、独自の予約システムを整備する必要があり、高コスト体質に陥る可能性も否定できない。この点では、日本航空が長らくアライアンスに所属せず、2007年にようやく加盟した後も、ワンワールド陣営の拠点でないアムステルダムやローマへの路線を持っていたことと似ているかもしれない。
中国の場合、国営の三社はそれぞれ三大アライアンスに加盟または加盟検討中であり、海南航空が現在の陣営に入るのは難しい状況だ。具体的には次のようになっている。
・中国国際航空:スターアライアンス
・中国東方航空:スカイチーム
・中国南方航空:ワンワールド加盟検討中
スイス航空のような失敗例もあるが、全世界をカバーする新たなアライアンスを作り出す可能性も今後考えられる。
無理な成長を目指した失敗
海航集団の経営破綻は、航空会社としての失敗というよりも、コングロマリットとして無理な投資を重ねて巨大化を目指したことに大きな原因がある。
彼らの目的は、航空業界を基盤にして人や物の移動に関連する企業をまとめてビジネスを拡大することではなく、単に巨額な投資を行い会社を大きくすることだけを追求していた印象が強い。このため、短期間で膨大な負債が積み重なり、約19兆円もの資金が失われる事態を引き起こしたのだろう。
企業買収を通じて成長を目指す際には、買収対象の企業が何を求めているのかを理解することが重要だ。これを理解しなければ、どんなに企業規模が大きくなっても意味がない。海航集団の事例からは、このことをしっかりと学ばなければならない。
09/01 06:11
Merkmal