ベトナム「バンブー航空」はなぜ急失速したのか? 無謀過ぎた国際展開、元JALの取締役解任3か月という黒歴史も

日本とベトナム路線の現状

2023年まで運航されていた旧バンブー・エアウェイズのボーイング787-9。(画像:Colin Cooke Photo)

2023年まで運航されていた旧バンブー・エアウェイズのボーイング787-9。(画像:Colin Cooke Photo)

 ビジネスや観光の需要が高まっている日本とベトナムの路線について、2024年8月時点の状況を見てみよう。日本側ではJALとANAが運行しており、ベトナム側ではベトナム航空とベトジェットエアの2社が担当している。

 2023年まで、ベトナム側ではバンブーエアウェイズという航空会社が成田空港に乗り入れていた。同社は勢いのある新興航空会社として注目を集め、一時はベトナム国内でシェアの3番手となるほどだった。

 しかし、2022年以降、経営が急激に悪化し、路線網は縮小してしまった。現在、バンブーエアウェイズは国内運行のみを行っており、依然として混乱が続いている。

 では、なぜバンブーエアウェイズはこんなにも急速に縮小してしまったのか。その理由について、この記事で説明する。

シェア20%を誇る新興航空

バンブーエアウェイズのロゴ(画像:バンブーエアウェイズ)

バンブーエアウェイズのロゴ(画像:バンブーエアウェイズ)

 バンブー・エアウェイズは、ベトナムの不動産大手FLCグループによって2017年に設立された。2018年7月に運行許可を取得し、2019年1月にはリースされたA320によって運行を開始した。以降、ハノイとホーチミンの二大都市を拠点にネットワークを拡大し、ダナン、フエ、フーコック、ダラット、ハイフォンなど国内の17空港を結ぶまでに成長した。

 その結果、バンブー・エアウェイズは就航から数年でベトナム国内シェアの20%を握り、フラッグキャリアのベトナム航空や格安航空会社(LCC)のベトジェットエアに次ぐ第三極としての地位を確立した。また、運行開始初年度の2019年には台北、高雄、ソウルに就航し、早くも国際線にも進出した。2022年1月にはハノイ~成田線を開設し、日本にも路線を持つようになった。

 バンブー・エアウェイズの国際線ネットワークは、近距離の東アジアや東南アジアだけにとどまらなかった。2018年から近距離用のA320シリーズに加え、長距離運行用のB787も購入していた。そのため、ロンドンやフランクフルトなどの欧州路線や、シドニー、メルボルンといったオーストラリア路線も運行していた。特にロンドンのヒースロー空港には、非常に枠を取得しにくいなかで乗り入れており、その勢いのすごさが伺える。

 さらに、2019年には総2階建て機のA380をリース導入する計画や、2024年現在でも存在しないベトナム~米国の直行路線の開設、JALとの提携なども視野に入れており、バンブー・エアウェイズはベトナム3番手の立場を超え、壮大な成長戦略を描いていた。

急速な失速と3兆ドンの赤字

FLCグループのウェブサイト(画像:FLCグループ)

FLCグループのウェブサイト(画像:FLCグループ)

 2022年3月29日、バンブー・エアウェイズの親会社であるFLCグループのチン・バン・クエット会長が、自社株の取引に関連した相場操縦の疑いで逮捕された。この事件の影響はベトナム全体に広がり、他の不動産大手企業の重役も逮捕され、不動産価格が「バブル崩壊」と呼ばれるほど下落するきっかけとなった。

 この騒動により、拡大路線を歩んでいたバンブー・エアウェイズも急失速した。2022年には、3兆2090億ドン(当時のレートで約169億円)という大きな赤字を抱えることになった。FLCグループは2023年3月にバンブー・エアウェイズを売却し、新たな経営者を募集した。そして、2023年6月21日に、経営再建や海外航空会社との提携に関するノウハウを持つJALの大島秀樹氏が会長に就任したが、就任から18日後に辞任し、9月15日には取締役からも解任された。

 その後、ベトナム国内での航空会社経営再建の経験を持つルオン・ホアイ・ナム氏が最高経営責任者(CEO)に就任した。バンブー・エアウェイズは現在も存続しているが、機材はA320シリーズに統一され、B787を使用していたロンドンやフランクフルトなどの長距離国際線からは撤退した。

 また、A320で就航可能な日本、台湾、韓国からの国際線も2023年をもって撤退し、国内線もエンブライル製の航空機を使わなくなったため、路線網は大幅に縮小し、ハノイ、ホーチミン、ダナンなどの主要都市間を結ぶ程度になってしまった。

問題点1:急拡大による複雑な機材構成

 バンブー・エアウェイズの急速な失速は、グループ会長の逮捕から始まる経営の混乱に起因しているが、それ以前のビジネス展開にも限界があったことは否定できない。

 業界ウォッチャーとして問題に感じるのは、同社の機材構成である。経営危機が表面化するまで、バンブー・エアウェイズは現在も使用しているA320シリーズ(A321neo、2022年まではA319-100も使用)に加え、長距離路線にはB787-9、短距離路線にはエンブライルのE190とE195を利用していた。しかし、異なる三つのメーカーの飛行機を所有していると、点検や補修の際に必要な部品の共通化が難しくなる。

 また、メーカーが異なると、パイロットを機材ごとにそろえなければならず、人員不足や人件費高騰のリスクもともなう。さらに、当時の機材は全て合わせても20~30機であり、大量購入による割引を期待することも難しい。

 新興エアラインにとって、少ない機材をいかに効率的に運行するかは、コスト抑制と路線網拡大において不可欠である。そのため、機材を複数のメーカーに分散させてしまうと、効率的に運行することは難しくなる。

 実際、初期段階で複数メーカーの機材を使用したために経営危機に陥り消滅した航空会社は多く、バンブー・エアウェイズもその例外ではなかった。

問題点2:ハイブリッドエアラインの限界

 バンブー・エアウェイズは新興航空会社であるが、LCCではなく、一部に大手航空会社(フルサービスの航空会社ともいう)のサービス内容を取り入れて運営していた。具体的には、国際線では座席指定は有償だったが、手預け荷物や機内食は無料で提供していた。

 このような航空会社は、LCCとフルサービスの航空会社のいいとこ取りを目指すため「ハイブリッドエアライン」と呼ばれ、近年世界中に増えている。しかし、この戦略は同時にLCCでありながら高コストになり、サービスが中途半端になる問題にも直面しやすい。

 結果として、バンブー・エアウェイズはサービス面ではフラッグキャリアのベトナム航空に、コストや運賃の安さではLCCのベトジェットエアに埋没してしまい、経営悪化を招いたことは否定できない。

問題点3:急ぎすぎた海外への拡大

 筆者(前林広樹、交通ライター)が疑問に思うのは、ベトナム国内線だけでも十分に成長できたはずなのに、わずか数年で欧州やオーストラリアなどの長距離運行にまで進出してしまったことだ。

 ベトナムは、首都のハノイと経済の中心地であるホーチミンが直線距離で1100km以上離れているほか、中部最大の都市ダナンもハノイ・ホーチミンからそれぞれ800km以上の距離にある。この3都市はいずれも人口100万人を超える大都市で、高速鉄道網がないため、航空路の需要は非常に高い。さらに、古都フエやリゾート地のニャチャン、フーコック島などもあり、国内だけでも一定の路線網を拡大しやすい環境にある。

 加えて、ベトナムは経済が急成長しており、外資規制も存在するため、海外の強力な航空会社が参入しづらい状況だ。ベトナム航空やベトジェットエアといった航空会社があるものの、成長の余地は大きいといえる。

 一方で、長距離国際線では直行便だけでなく、強力なハブ空港を持つ他国の航空会社との競争も考慮しなければならない。例えば、ベトナムと欧州の間では、エミレーツ航空やカタール航空、キャセイパシフィック航空、シンガポール航空といった非常に競争力の高い会社と競うことになるため、新興企業には不利な状況となりやすい。

 このように競争が激しい長距離路線よりも、高成長かつ規制によって守られた国内線の方が成長の可能性が高いといえる。FLCグループの力を利用し、直営ホテルと組み合わせた旅行プランを販売するなどの差別化戦略を採用していれば、持続的なビジネスが可能だったのではないか。

急成長の裏側、失敗の教訓

ノイバイ国際空港に就航したバンブー・エアウェイズ初のA321neo。同機種は2019年11月中に段階的に導入され、厳密にはバンブー・エアウェイズが最初に就航させた機種であった。A321neoはその後、段階的に廃止されている(画像:Tokimvuong)

ノイバイ国際空港に就航したバンブー・エアウェイズ初のA321neo。同機種は2019年11月中に段階的に導入され、厳密にはバンブー・エアウェイズが最初に就航させた機種であった。A321neoはその後、段階的に廃止されている(画像:Tokimvuong)

 ここ数年でフラッグキャリア以外の航空会社が長距離国際線を成功させた事例として、マレーシアを中心に展開するエアアジアグループ、インドネシアを拠点とするライオンエアグループ、フィリピンのセブパシフィック航空などがある。

 しかし、これらの会社はいずれも国内や近隣諸国で、各国のフラッグキャリアを脅かすほどのシェアを握り、顧客基盤を確立した上で長距離運行に参入している。

 また、急いで進めるのではなく、比較的距離の近い東南アジアから韓国、日本、台湾などへの路線や、特定の需要があるメッカ巡礼などに限定し、慎重に展開している。

 さらに、米国のサウスウエスト航空やアラスカ航空は近距離機材しか保有せず、路線網も国内線と近隣諸国の路線に限られているが、地域の需要を堅実に固めることで、数十年にわたって大手航空会社の一角を占めるまでになっている。

 これらの事例を踏まえると、バンブー・エアウェイズは就航から数年間は国内で地盤を固める戦略を採るべきだったと、筆者は考える。

急成長市場での苦闘

バンブー・エアウェイズのウェブサイト(画像:バンブー・エアウェイズ)

バンブー・エアウェイズのウェブサイト(画像:バンブー・エアウェイズ)

 バンブー・エアウェイズは急激な拡大が経営危機を招いた代表的な事例である。しかし、日本路線も存在し、長距離路線の運行を行うなど、ここ10年では目立つ存在だった。

 急成長中のベトナム国内市場を抱えていたため、堅実に運営を行えば業績を伸ばすことは十分に可能だったと思うと、非常に残念だ。

 現在は国内の主要路線に限って運行し、地盤固めを行っているように見えるが、経営危機の懸念を拭い去り、復権することができるのか注目したい。

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