トイレ撤去で信頼失墜? JRの“切り捨て体質”が招く鉄道危機、利用者軽視が招くトイレ行列の実態とは?

鉄道とトイレ

駅のトイレ(画像:写真AC)

駅のトイレ(画像:写真AC)

 ふだん健康な人でも電車の乗車中にトイレに行きたくなり困った経験が何回かはあるだろう。

 新幹線や特急では車内にトイレがあるが待ち行列ができていることも少なくない。汚さないように使おうという意識はあっても揺れるのでうまくゆかないこともある。

 これが満員の通勤電車となるとさらに深刻だ。早く駅に着いてトイレに直行したいと焦るときに限って

「非常ボタンが押されました」

などと電車が止まったりする。ようやく駅に着いてトイレに向かうとそこでまた行列ということもよくある。

進化する列車トイレ技術

清水洽『列車トイレの世界』(画像:丸善出版)

清水洽『列車トイレの世界』(画像:丸善出版)

 ところで日本の鉄道は世界的に「安全・正確」で評価が高いが、列車トイレ自体は世界最優秀といえる。かつての列車トイレと洗面所は、「開放式」すなわち排せつ物や洗浄水を排水管からそのまま線路に放流する方式で「黄害」と指摘されていた。昭和の世代なら

「駅に停車中は使用しないでください」
「北陸トンネル内では使用しないでください」

などの表示を記憶しているかもしれない。海外の先進国でも「開放式」がほとんどだった。しかしその後に技術的な改良が重ねられ、2000年代初頭までに日本の列車トイレはJR・民鉄を通じてローカル線の隅々までも

「閉鎖式」

すなわち外部に放流せず車両基地で集中処理する方式に移行したことは世界的にも高く評価される。

 こうした経緯が清水洽氏の『列車トイレの世界』(丸善出版)という本にまとめられているが、関係者だけでなく一般の人向けの本になるくらい重要なテーマであるともいえる。

「所便」の時代

JR西日本のローカル線で見かけたトイレ。筆者撮影(画像:上岡直見)

JR西日本のローカル線で見かけたトイレ。筆者撮影(画像:上岡直見)

 今では年配者でも「トイレ」と呼ぶ人がほとんどだが、昭和の時代には、おそらく戦災を受けなかったローカル線の駅などに、ホームに昔のままの右から左に読む

「所便」

という青札が残っていたのを見かけた。しかし当時の駅のトイレの状態は劣悪で、水洗が普及していなかったこともあって、臭気や汚れなどの衛生面はもとより、落書きが多く見るに堪えない状態だった。個人情報を示して誹謗(ひぼう)中傷する落書きさえあった。

 現在のネット上の下品な書き込みは「トイレの落書き」と称されるが、トイレが昔よりはきれいになった一方で

「落書きがネットに移行しただけ」

なのだろうか。いささか興味本位になるが、写真はJR西日本のローカル線で見かけたトイレである。こうなるとむしろ

「遺構」

の範囲かもしれない。鉄道が主要な交通手段であった時代には多くの人の役に立っていたのだろう。

 一方で使い方の面で、今では全国どこでも鉄道に限らずトイレの「一列並び」が定着しているが、過渡期には摩擦もあった。一列並びを理解せず無視する人があり、注意しても「何をわけのわからないことをいってるんだ」と話が通じないこともあった。

駅トイレの重要性

ローカル線(画像:写真AC)

ローカル線(画像:写真AC)

 いずれにしても鉄道やバスなど公共交通を利用するときに、切実な問題のひとつは「トイレ」ではないだろうか。ことに高齢者や障がい者の公共交通の利用にあたって

「トイレの不安」

は大きい。高齢者が外出するときに「トイレが心配」というのを聞いて、筆者(上岡直見、交通専門家)も若いころには「そんなものか」という程度の感覚しかなかったが、今となってみると実感できる。

「鉄道ローカル線のバス転換」

に対する不安のひとつとして、あまり表立って語られることはないが「トイレ」の問題は無視できない。バス転換をめぐるアンケートなどではその指摘を見かけることがある。自宅にいるのとは違って外出時には何かと不便や面倒が生じるのは仕方がないとしても、曲がりなりにも待合室とトイレがある鉄道の駅に比べて、バス転換でポール一本の吹きさらしの停留所になってしまうことに対する不安は大きい。

 また実際にバス転換されるとますます乗客が減ってしまう要因のひとつにもなる。

「郷愁でローカル線は残せない」

などと建前論で語る論者がいるが、「郷愁」とひとくくりにされる概念のなかにはそういう切実な要因が含まれていることも知るべきだ。

地域と駅トイレ

『運輸と経済 2021年9月号』(画像:交通経済研究所)

『運輸と経済 2021年9月号』(画像:交通経済研究所)

 福井県を走る第三セクターの「えちぜん鉄道」元常務の伊東尋志(ひろし)氏が、専門誌の対談で

「定期券をお持ちの方はお客様の中で一番大事にしないといけません」
「福井駅が高架化される前、古い駅設備でとても申し訳なかったのは、やはりトイレなんです」
「新しい駅のトイレは明るさや広さはじめいろいろな要素を含めて気合を入れてつくりまして」

と語っている(『運輸と経済』2021年9月号)。そうした取りくみの積み重ねにより同社は利用者からの支持を集め、新型コロナの緊急事態宣言下で、しかも典型的な「クルマ社会」の福井県でありながら、定期客ではほぼ例年なみを維持という成果を残している。

 他の第三セクター事業者でもトイレの整備に力を入れた例がいくつか報告されている。ローカル線の駅でもバリアフリー仕様のトイレが作られ、洗浄式便座まで設置されている例も見かけるようになり、旅行者としても大変ありがたい。ただしこれらの多くは鉄道事業者に代わって沿線の自治体が設置・管理する施設であり、駅の環境を維持したいのなら沿線の自治体が費用を負担すべきというのはひとつの考え方であろう。

 ただ苦言すれば設置しただけで管理が無頓着な例もある。筆者が経験したJR東日本の東北地域の無人駅で、駅前にせっかく自治体が整備したトイレがあるのに施錠されていて、誰が管理しているのか

「連絡先も不明」

で使えなかったことがある。

JRの駅トイレ

JR東日本の某駅。筆者撮影(画像:上岡直見)

JR東日本の某駅。筆者撮影(画像:上岡直見)

 前述のえちぜん鉄道とは対照的に、JR各社では駅の待合室やトイレを撤去する例が相次いでいる。写真はJR東日本の某駅であるが、有名観光地で新幹線が止まる駅でさえこの状態である。

 この駅では改札外にも利用可能な施設があるのでさほど実害はない。しかしこうした“切り捨て”の積み重ねがいずれ信頼を損なってゆくのではないか。その一方で、同じくJR東日本の駅で男性トイレ内の便器前に、

「トイレの利用とは無関係の商業広告」

が貼られていたことがあった。いや応なしに目に入る位置を利用したつもりだろうが、いささか節度を欠いているのではないか。

女性トイレ増設の必要性

JR東海の新幹線駅の女性トイレの状況。筆者撮影(画像:上岡直見)

JR東海の新幹線駅の女性トイレの状況。筆者撮影(画像:上岡直見)

 また写真はJR東海の新幹線駅の女性トイレの状況で、盆休・年末年始の時期に限らず常にこの状態である。

 これだけ「行列」ができているということは需要に対して供給が足りないのではないのか。需要が多いからといって無制限に設備を用意することはできないとしても、いつまでも乗客の

「がまん」

に依存にするのではなく緩和の努力が必要ではないか。なお付け加えると、女性トイレの数は

「男性の3倍必要」

といわれている。これは駅というよりも災害時の避難所などで深刻な問題となっており、本稿のメインテーマではないが重要な課題である。

巨額投資の裏で忘れられる日常ニーズ

リニア中央新幹線(画像:写真AC)

リニア中央新幹線(画像:写真AC)

 こうした問題を指摘すると

「設置や維持管理の費用を誰が出すのだ」

という反論を受けるだろう。しかしJR東海は巨額の費用を投じてリニア新幹線を建設している。当初は5兆5000億円と算定されていた事業費はすでに

「7兆円」(27%増)

に膨張している。しかもJR東海の自主事業と称していたのに「財政投融資」として

「3兆円」

の公費が投入されている。これに比べたら、日常の利用者の切実なニーズである「トイレ」の問題を緩和する程度の費用を惜しむことはなかろう。

観光重視の裏で無視される鉄道の基本

クルーズトレイン(画像:写真AC)

クルーズトレイン(画像:写真AC)

 また他のJR会社ではこうした巨大事業はないものの、ひとりあたり最低でも数十万円の参加料金が設定されたクルーズトレインを運行している。これらは車窓の景観を売り物にしているが、景色がよいことは

「赤字ローカル線とほぼ同義」

である。待合室もトイレ一方も撤去された地域の駅を走り過ぎるクルーズトレインにはむしろむなしさを感じる。

 前述の第三セクターの事例で示したように“日常の利用者”こそ大切にしなければ信頼を失う。

 実は鉄道事業者にとって、クルーズトレインに何回か乗ってもらうよりも、平均的な勤め人が通勤、出張、そのほか日常の移動で鉄道を使い続けてもらうほうがトータルではるかに収入が多くなる。そんな“お客さま”に対してトイレくらいは十分に提供してほしいものだ。

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