リピート率9割、「濃すぎる鉄道ツアー」の舞台裏

大宮駅に停車中の185系。これから都心近郊のさまざまな貨物線と路線を走行していく(筆者撮影)

最近、「クラブツーリズム鉄道部」という存在を知った。クラブツーリズムは大手の旅行会社だが、数多くのクラブツーリズムツアーの中で、特に「鉄道旅」に焦点を当て、個人旅行では乗れないような車両を貸し切ったツアーや、引退車両の走行など、プレミアム感のある鉄道企画を中心に展開しているのが「クラブツーリズム鉄道部」らしい。

以下は今まで催行されたツアーのほんの一部である。

・第26回貨物線の旅 お座敷列車「華」利用(両国→上野)(2021年6月26日)
・B.B.BASE自転車持込なし 両国→鹿島神宮→銚子→両国の旅(2021年6月25日)
・行商専用列車「伊勢志摩お魚図鑑」(近鉄名古屋→湯の山温泉→平田町→近鉄名古屋)日帰りの旅(2023年5月21日)

あえてマニアックなセレクト

畳に掘りごたつのお座敷車両で貨物線を巡ったり、自転車が乗せられる「B.B.BASE」に、あえて人だけ乗せて千葉まで往復したり、鮮魚列車と呼ばれ、一般人では乗れない行商人専用列車を使ったり。いずれもツアーとしてはあまり聞いたことがないラインナップだ。使う車両も変わっているが、ルートも一筋縄ではいかないところばかり。あえてマニアックなセレクトをしていることがわかる。

【図と写真でわかる】185系で行く貨物線の旅のルート、新金貨物線を走る185系の様子など。最後には恒例の4コマ漫画

これらのツアーについて、私が知らなかったのも無理はない。告知は、X(旧Twitter)でのみしか行われていないからだ。

受付場所で待機する鉄道部のみなさん。真ん中が大塚さん(筆者撮影)

おもしろそうだったので、さっそく2024年7月15日に開催された「第33回 185系で行く貨物線の旅」ツアーに参加してみた。2017年7月15日に初めて貨物線ツアーを実施してからちょうど7年、記念のツアーでもあるそうだ。

さらにWEBに掲載されたツアー要項には「約2年振りの貨物線ツアーで、クラブツーリズム鉄道部・大塚もご案内いたします」とのうたい文句もあった。どうやらこの大塚さんが、鉄道部の「要の人物」のようだ。

ところでサイトに書かれたツアー内容は、以下の文字情報のみだった。

予定
【集合場所】JR大宮駅西口1階出口階段横(8:50)大宮駅(9:37発)—<東北本線><東北貨物線>—田端信号所—<常磐貨物線><常磐線>—金町駅(折返し)—<新金貨物線>—新小岩信号場—<総武本線><外房線>—誉田駅(折返し・扉開放)—<京葉線><武蔵野線><武蔵野南線><横須賀線>—横須賀駅(折返し)-品川駅(18:03着)【到着後、改札を出て解散】
お食事 朝:☓ 昼:☓ 夕:☓

見てもちっともわからない。私がわかったことは、食事が出ないということだけ。貨物線についての知識はまったくないし、通常の路線図に貨物線は載っていないので、途中でどこを通るのか、理解できなかった。これを読み解けるくらいでないと、このツアーへの参加資格はないのかも、と不安になる。

とはいえ、185系は個人的に大好きな車両で、再び乗ることができるのはうれしい。夜行列車が好きで、列車にはなるべく長く乗っていたい私だが、果たして昼間の約8時間半の貨物線旅は楽しめるのだろうか。

乗車後に見た185系貨物線ツアールート(画像:クラブツーリズム鉄道部)

この日乗車したのは約190名。もちろん満席だ。列車は6両編成で、私の座席は6号車にあった。先頭の1号車〜5号車は一般販売の席。6号車のみ「学研」の貸し切り車両で、「走る探求移動教室」として子どもたちと保護者が乗車していた。どうやら夏休みの自由研究のようなことらしい。

東北貨物線へ進入

9時37分、185系は静かに大宮駅を出発した。

「列車はまず、東北本線を通り東北貨物線へと入ります」

クラブツーリズム鉄道部の大塚さんの車内アナウンスが始まった。

「王子を過ぎてから田端近く、普段は左手に見える新幹線車庫が、このツアーですと右手に見えます」

「おおー!」と言いながら、子どもたちが右側の窓に顔を近づける。なるほど、子どもたちも鉄道に興味のある子たちばかりのようだ。

田端信号場で停車中の185系(筆者撮影)

そして田端信号場で7分ほど停車、のち金町駅に向けて出発……の予定が、常磐線内で事故があり、その先に進めなくなってしまった。

いきなり予定変更である。心配をよそに、クラブツーリズムの方は「以前もこういうことがありましたから」と落ち着いている。

窓の外を見ると、赤と緑の旗を持っている方が待機していた。ここは貨物線の信号機がないそうで、手旗信号で合図するそうだ。もしかしたら大変めずらしい光景を見ているのかもしれない。

この間を埋めるかのように、再び大塚さんの車内アナウンスが始まる。

「私は北千住出身で、ヨン・サン・トオに生まれ(1968年10月)、常磐線、東武線、京成線を眺め育ちました。鉄道が好きで、いつも見に行っていましたが、閉まるのを見たことがない踏切があり、気になっていました。そして後に、ここが貨物線の線路だと知りました」

幼少の頃から貨物線に興味を持って育ったそう。まさに筋金入りだ。

結局、1時間半以上経って、ようやく列車が動きだした。これだけの遅延を巻き返せるのだろうか。通過駅では、撮り鉄の方を多く見かけた。やはり185系は人気がある。

新金貨物線を走る185系(写真:クラブツーリズム鉄道部)

次の金町駅では40分ほど停車する予定だったが、一瞬停まってすぐ折り返し、出発。こうやって先程ロスした時間を稼いでいくらしい。ここからは新金貨物線に入り、新小岩信号場へ。

運転区が変わるので、線路ぎわに交代する運転士、車掌らが待機していた。これもレアな光景だろう。

フル回転するエンジン音がたまらない

外房線の誉田駅では唯一の扉開放、つまり列車を降りてホームに出ることができた。本来、約30分の停車予定だったが、先程の遅延を巻き返すため、5分でこちらも折り返した。

走っている間、6号車では子どもたちに向けて、大塚さんの「夢を仕事に」という講義が始まった。クイズ大会、昼食(駅弁)と続き、その次は、元名鉄運転士で鉄道ユーチューバー、起業家として活動されている西上いつきさんの「キャリア設計」についてのお話。子どもたちはみんな熱心に話を聞き、質問をしていた。

ゲストで登壇した西上いつきさんは銚子電鉄の取締役でもある(筆者撮影)

一方列車は京葉線を走り、南船橋駅から猛スピードで武蔵野線を回り、西国分寺駅あたりで本来の予定時刻に追いついた。すごい巻き返しである。フル回転するエンジン音も、マニアにはたまらない。

新鶴見信号場へ向かう途中の生田トンネルは、長さが約10.3kmもあり、JR東日本管内では2番目に長いトンネルだそうだ。しかしここは貨物線なので、滅多なことでは一般客は通ることができない。こういうレア感はいい。

大船駅付近では、サフィール踊り子とすれ違った。新旧の特急踊り子号が再び出会い、個人的にも胸熱だった。

横須賀駅で折り返し運転、あとは終点の品川に向かうだけとなった。最後は1車両ごとに景品を賭けた大塚さんとのじゃんけん大会を開催。8時間半は意外にもあっという間に過ぎた。

車内放送をする大塚さん(筆者撮影)

「クラブツーリズム鉄道部」の中心人物で、貨物線を始め、さまざまなツアーの仕掛け人である大塚雅士さんに話を聞いた。

――今までどのくらいの数、ツアーを行いましたか。

「この7年間で270コース、2万1000人のお客様にご参加いただきました。それ以前は『寝台特急あけぼの』のラストランの団体専用枠をもらってツアーを行ったりしていましたが、すべて自分たちで企画したのは、7年前の貨物線ツアーからです」

――当時から、貨物線ツアーは売れると思っていましたか。

「売れる自信はありましたが、最初は企画が通らず苦労しました。JRの担当者と何度も交渉を続け、ようやく実現することができました。いざ販売を始めると、予想以上の反響で、その日の晩には満席になりました。そのうえ、何百人ものキャンセル待ちが発生したんです。最初は信じられませんでした」

――個性的なツアーは、どのようにして考えているのでしょうか。

「鉄道ツアーが売れる要素は次の3つだと思っています。

1・ありえない路線に乗る
2・引退しそうな車両に乗る
3・往年の走りを復活させる

これらがそろうと、かなりのヒット商品になります」

大塚さんの名前入りタオルには直筆サインも付く(筆者撮影)

――Xでしか宣伝しないのはなぜですか。

「好きな人だけ来てくれればいい、と思っているからです。そのやり方で、リピート率は90%。ツアーに参加してもらったみなさんだけに、次の予定を先出しする。参加者にアンケートを取り、希望の路線を反映させたりもしています。以前も『馬橋支線を通ってほしい』という意見があり、実現させました」

Xでの「クラブツーリズム鉄道部」の現在のフォロワー数は2万9000人ほど(2024年7月30日現在)。フォロー返しは一切しないスタンス。実際、この185系貨物線ツアー翌日に売り出された大阪での貨物線ツアーは、発売後2日でほぼ満席になった。

「これは数々の貨物線ツアーの成功を聞いた、JR貨物関西支社の方から大阪の貨物線ツアーの打診があり、実現しました。最近は鉄道会社から企画を持ちかけられることも増えています」

――リピーターの方の中には、大塚さんのファンも多く見受けられました。

「今日初めて売った私の名前入りタオルは完売しました。これからは物販にも力を入れていきたい。また、大学でも『いかにツアーを成功させるか』という内容の講義をしています。毎年必ず1人はクラブツーリズムに就職してくれます。5年先、10年先の新しい波に乗れるよう、柔軟性を持ってつねにアンテナを張っていきたいです」

参加者全員がもらえた硬券切符と特製オリジナルサボ(筆者撮影)

日常では絶対体験できないツアー

「貨物線ツアーの魅力は、普段絶対体験できない路線や、いつもと違う車両での走行など、日常とは一線を画したところ」と、50回以上鉄道部ツアーに参加する常連のニナタさんは言う。

子どもたちからも「大宮—品川間を8時間半かけて行くところがすごい」、「乗りたかったイッパーゴ(185系)に乗れてうれしい」など、大人の鉄道マニアに負けず劣らずの意見が出ていた。今回行われた子どもたちに向けての講義も、長い目で見て、将来、大塚さんのような存在を育てるために必要なのかもしれない。

大塚さんの「熱」はツアーに参加した人に確実に伝わっている。マニアでなくとも思いのほか楽しかった貨物線ツアーを反芻しながら、私はXの「クラブツーリズム鉄道部」のフォローボタンをそっと押した。

(YASCORN(やすこーん) : 漫画家)

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