「1000万円があっという間に消えた」川田利明が「もう思い出したくもない」と語るラーメン屋開業資金の現実
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あっという間に消えた1000万円……開業資金はいくらあっても足りない!
どんなビジネスを始めるにしても、初期投資はどうしてもかかる。
今までプロレスしかやってこなかったから、そのあたりのことはあまりピンと来ていなかった。
プロレスラーは文字どおり、裸一貫でやる職業。タイツとリングシューズさえあれば、あとは何もいらない。なんなら裸足で闘ってもいいわけで、初期投資とは無縁の世界だ。
もちろん、会社からみれば住むところを与えて、飯も食わせるわけだから、ひとりのプロレスラーがデビューするまでには、それなりの投資はしているものの、やる側の人間は本当に数万円もあれば、試合道具を揃えることができる。
いや、先輩がお下がりのシューズやタイツをくれることだってある。
しかし、ラーメン屋……自営業の場合はそうは問屋が卸さない。
借りた店舗のものはどれも使えないものばかりだったので、すべてを買い揃えたり、リース契約を結ばなくてはいけなくなった。
胃が痛くなるような決断
ただ、それ以上に大きな負担になるものがある。
それこそが、店を借りる時に必要な「保証料」だ。飲食店の場合、この「保証料」がべらぼうに高い。
本当は正確な金額を書くべきなんだろうけど、正直、忘れてしまった。忘れた、というか、あまりにも高すぎて、もう思い出したくもない。
当然、敷金・礼金も別にかかるわけで、店の中がガラーンとしている状態でも、すでにけっこうなお金が財布から消えてしまっている。
厨房の中も、まずは食材を保管するための冷蔵庫が必要になる。業務用の大きなものだから、これも高い。
あまりにも高いものはリース契約をするんだけど、その契約書に判子を押す時に、ある種の決断を迫られる。
普通に生活していて、何かをリース契約する時に「6年契約です」と言われても、別になんとも思わないけれど、店をオープンするために必要なものをリースする時には「そうか、俺は6年間は続けなくてはいけないのか……」とあとから実感する。
それは店舗の賃貸契約を延長する時も同じで、いまだに「これから数年後、この店は本当に続いているんだろうか?」と真剣に考えながら判子を押す。
胃が痛くなるような決断は、店をやっている以上、いつまでもついて回る。
開業資金
厨房の中だけではない。お客さんを相手にする商売だから、少しでも快適に食事をしてもらえるような環境は整えていかなくてはダメだ。
いちばん負担が大きいのはエアコンと券売機だ。両方とも100万円前後はする。
狭い店であれば、そんなにお金もかからないのかもしれないけれど、ウチはラーメン屋としてはかなり広い部類に入るから、大きなエアコンを天井に設置しなくてはいけない。
たしか100万円近くしたのかな? だからテーブルや椅子は自分で直したけど、もう客席エリアだけで何百万円も消えてしまう。
まさに財布の中の1万円札に羽が生えて、一斉にバサバサと飛び立っていくような感じだ。
居抜きであろうがなかろうが、ラーメン屋を開業しようとしたら、少なくとも1000万円は開業資金を用意しておかないと、たぶんすぐに足りなくなるだろう。
これも最低限、頭に入れておいたほうがいい。
1000万円を回収するには
そして、俺には経営の知識もノウハウもなかったから、あっちに支払い、こっちに支払い、とやっていくうちに、気がついたら1000万円はすぐ消えてしまっていた。
資金だけではなく、頭もショートしてしまった。
これだけお金をかけても、このお店の主力商品となるのは一杯数百円のラーメン。
原価率を無視して考えても、1000万円を回収するには、毎日、どれだけラーメンを売ればいいのか?
いや、「回収するなんて、絶対に無理じゃないか」と、絶望に似た感情を抱いてしまったことを覚えている。
最初はなんにもわからなかったから、業者の人にいろいろとお願いしたんだけど、向こうも商売だから「これは絶対に必要です」「念のため、あれも買っておいたほうがいいですよ」とどんどん勧めてくる。
プロが言うんだから間違いないな、と言われるがままに買ってしまったけれど、あとになって思えば「あんなものは買う必要なんてなかったじゃないか!」と思うようなものもたくさんあったし、もっと安く買えたじゃないか、と憤(いきどお)ることも多かった。
初心者だから知らなくて当然、というのは甘すぎる。開業前のマイナスを少しでも減らすためにも、そのあたりのリサーチは徹底的にやるべきだと思う。
ここまで読んで、「俺は大丈夫だ」と思っている人がいちばん危険だ、ということも付け加えておきたい。
※本稿は、『プロレスラー、ラーメン屋経営で地獄を見る』(宝島社文庫)の一部を再編集したものです。
07/26 12:13
婦人公論.jp