「平安時代は男が女を挨拶代わりに抱くような…廊下なんかでも」大石静が説く“やりたい放題”のススメ《「光る君へ」脚本に込めた思い》

放映中のNHK大河ドラマ「光る君へ」で、脚本を担当する大石静氏。主人公である紫式部と清少納言の比較や、これまでの恋愛遍歴について、キャスターの有働由美子氏との対談で赤裸々に語った。

【画像】「愛とエロスはちょっと違う」と語る大石静氏

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清少納言とは格が違う

 有働 紫式部は清少納言と比較すると、気難しくて頭でっかちだった、というイメージがあります。

 大石 中学校くらいで、紫式部は陰に籠っているけれど、清少納言は明るいって習うんですよね。でも今回勉強してみて、この2人では才能が比較にならないと思いました。

大河ドラマの脚本は『功名が辻』に続き2作目 ©文藝春秋

 有働 と言いますと?

 大石 清少納言は言葉選びのセンスがいいけど、内容としては、自分が仕えている中宮と、そのサロンがいかに素敵かというヨイショのエッセイです。一方、紫式部は「源氏物語」の中で権力批判や文学論、人生観……本人があまり恵まれた人生じゃなかったこともあり、生きることの虚しさなども描いています。男女の話の間に作者の人生哲学が深く描かれているからこそ世界で評価されるのではないでしょうか。なので作家としての格が違うんですよね、清少納言とは。

 有働 大河ドラマは、時代考証が厳しいとも聞きます。

 大石 ただ今回、紫式部の生年や少女時代は何の資料もなく、道長にしても生年がわかる程度。だから2人の少年少女時代は私のまったくの創作で、時代考証の先生も「どうぞご自由に」という感じでした。

 有働 大石さんの描いたものがそのまま視聴者の歴史観になりそうですよね。その気負いはありますか。

 大石 特にないです。森鷗外が江戸時代初期の肥後藩を舞台に『阿部一族』を書いた時、史実と違うと批判されて「私は歴史小説を書いたのであって、歴史を書いたわけではない」と反論したんですって。そういう感じです。

視聴率は気にする?

 有働 大河ドラマは錚々たる脚本家の方々が書いてきましたが、他の方のことって気になりますか?

 大石 40代の頃は、輝かしい新人が出てくるたびに才能に嫉妬したり「潰れちゃいなさい!」と念力を送ったりしたけど(笑)。平安時代の呪詛返しみたいなもので、自分が潰れちゃうなと途中で気づいて。「あなたも頑張ってください、私も頑張るから」という方向に切り替えたら、あまり他人のことは気にならなくなりました。今は歳を取って、私は私のやれることを、精一杯やればいいと思ってます。

 有働 もちろん今のお考えも素晴らしいですが、40代の頃の感情も愛おしいですね。頑張って上に行きたいからこそ思うわけですから。

 大石 そうですね、その頃の、がむしゃらな自分もかわいいです。

 有働 視聴率は気にしますか?

 大石 気にしないことはないですが、視聴率がどうであろうと、信じた道を最後まで突き進める力強い台本であるかどうか、それを常に自分に問いかけます。脚本・台本は文字通り作品の脚となり、土台となるもの。私が作る土台がしっかりしていなかったら、チームの士気も上がらないですから。

「やりたい放題でもいいんじゃない?」

 有働 脚本は1話書いたら「これは自信あり」と思えるものですか。

 大石 そんな訳ないでしょう。毎回泣きそうに不安です。

 有働 何が不安なんですか?

 大石 完璧なものはないですから。アナウンサーだって、そんな感じじゃないんですか?

 有働 自信があるときなんて、1回もないですね。

 大石 でしょ。だから、私に足りないところがあれば、スタッフみんなの力でいいものにして欲しい、という気持ちで書いています。ドラマの哲学は台本に込めなきゃいけないけど、あとの料理はみんなで上手いことやってねという気持ちです。

 有働 出来上がった作品を見て、「あれれ?」って、ガッカリしちゃうことはないですか?

 大石 あります! だけどあれこれ諦めながら、違いを楽しむ心がないと、この仕事は出来ません。

 有働 楽しめるものなんですか。

 大石 「この野郎〜」と思うこともありますよ。でも「ああ、見事に素敵にしてくれた!」ということも、もちろんあるので頑張っていけます。ドラマ制作では、100人のチームで、みんなで力を合わせて料理をする。そこが脚本家の小説家と似て非なるところであり、仲間がたくさんいるのが楽しいんです。

 有働 『光る君へ』の舞台である平安の世は、それこそ不倫だらけの時代じゃないですか。でも今は、不倫のフの字でも出た人はテレビにすぐに出演できなくなりますよね。

 大石 ちょっと恋をしただけで仕事を失うって、恐ろしい世の中です。「いい思いしやがって」という人々の嫉妬心。

 有働 脚本家の仕事は、そういう変化の影響を受けますか?

 大石 普段できないからドラマの中で夢を見てもらえるようにと思って作っています。特に平安時代は、男が女を挨拶代わりに抱くような……廊下なんかでもやっちゃったらしいんですよね。

 有働 廊下でも!?

 大石 女性も添い遂げるなんていう感覚はさほどなく、嫌だと思ったら転職するように夫を替える。だから男も女もみんなが逞しいし、根源的なエネルギーに溢れていた時代なんです。今のこの閉塞的な時代に「やりたい放題でもいいんじゃない?」という気持ちも、脚本に込めました。

 有働 私は独身ですけど、この仕事をしていると、恋をしていることも明かせなかった。男がいると思われちゃいけない感じがして。

 大石 それはNHKのアナウンス室がなかなか窮屈なところだったんでしょう。私なんかは結構やりたい放題でいましたよ。

 有働 それこそ不倫も?

 大石 結婚前に不倫したり、結婚してからも好きな男ができたりしました。72歳になった今では、欲望も薄らいでますけど(笑)。

 有働 若い頃が気になります!

 大石 欲しい男は必ず押し倒していました。私は黙っていても誰かが寄ってくるような有働さんのような魅力がないので、好きな人には「好きです」と打って出る。男の人って気が弱いから、必ず「そんなに僕を好きなら付き合ってみましょうか」ってなりました、昔は。

 有働 ひえ〜、すごい。『セカンドバージン』は女性が17歳下の男性と不倫する話でしたが、執筆当時の大石さんは22歳下の方と付き合っていたと聞きました。

 大石 はい。私の知り合いにも似たような人がいたし、表に出ないだけで意外とあるものなんですよ。

 有働 そういう恋人の存在は、夫公認だったんですか?

 大石 もちろんそうです。いつでもそうです。

 有働 夫婦間でトラブルにはならなかったのでしょうか。

 大石 夫は去年他界したのですが、夫も女性と旅行に行くとか適当にやっていました。でも仲良し夫婦でしたよ。お手伝いさんに「いろんな家に行っていますけど、こんな仲良しなご夫婦は見たことない」と言われたぐらいです。

 有働 お互い嫉妬しないですか?

 大石 私たちはなかったですね。嫉妬しない方が穏やかに暮らせるし、食べ物の好みが似ているとか、笑いのポイントが似ているなどの方が、結婚生活では大事だと思います。性的なことは、どうぞ外でやってくださいと。

 有働 この文化を広めたい人、手を挙げてという感じですが(笑)。

 大石 でも夫のことが第一でしたし、最期も苦しまず恐れず旅立てるように、これ以上は出来ないくらい頑張りました。夫も感謝して逝ったと思います。イチャイチャした仲ではなかったけど25歳から連れ添って親より長く一緒にいたから、片腕がなくなったような感覚です。

 有働 愛情が中途半端ではない。

 大石 愛とエロスはちょっと違うんですよね。

(大石 静,有働 由美子/文藝春秋 2024年1月号)

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