一体なぜ?井上尚弥の“名参謀”が明かすドヘニーをまさかの「右足が使えない」“歩行困難”に追い込んで7回TKO勝利した理由とは?

 プロボクシングのスーパーバンタム級の4団体統一王者、井上尚弥(31、大橋)の防衛成功の一夜明け会見が4日、横浜市内の大橋ジムで行われた。井上は元IBF世界同級王者のTJ・ドヘニー(37、アイルランド)を7回16秒TKOで下したが、突然、腰を押さえて歩行困難になり続行不能となる、ファンも井上自身も「不完全燃焼」の結末。何が起きたか謎だったが、父で専属トレーナーの真吾氏(53)がその理由を明かした。

  

真吾トレーナー(左)が明かすドヘニーがギブアップした理由(写真・山口裕朗)

ネリではなくタパレスの戦術を真似る

 一夜明け会見に現れたモンスターは傷ひとつない綺麗な顔をしていた。クリーンヒットはただの一発ももらっていない。
「眠れはしたが、深い眠りにはついていない」
 映像は見返した。
「作戦通りに、慎重に冷静に。映像では実際にやっている感覚よりもっと良かった」
 予想だにしていなかった結末については「最終的なフィニッシュシーンは不完全燃焼に終わった」という悔いが残る。
 プレスを強めようとした7ラウンドだった。右を2発放つと、ドヘニーはよろよろとコーナーに下がり、そこにボディショットを3つ続けられると、突然、右腰あたりを押さえて横を向き戦意喪失。井上が攻撃をストップするとそのまま足を引きずってロープ際を歩き、右膝をついた。再度立ち上がったが苦痛に顔をゆがめてギブアップ。レフェリーは続行不能と判断して井上のTKO勝利を宣告したのだ。
 致命的な一撃を放つ前に、歩行困難に追い込んだわけだが、会場の1万5000人の観客は「え?」と絶句。「何があったの?」の“ザワザワ”が場内を包み込んだ。
 ドヘニーのプロモーターのマイク・アルタム氏は「6ラウンドに腰にパンチをもらって神経を痛めた。立ち直って戻れると思ったが、7ラウンドにさらに悪化した」と説明した。米メディア「ATS Boxing」がインスタに直後の控室の映像を投稿。動かなくなった右足を延ばしたままイスに座ったドヘニーは、「腰の上の筋肉だよ。右足が使えないんだ。試合に戻ってなんとか押し返そうとしたが….ダメだったんだ」 と苦しそうに答えていた。
 いつどのパンチで井上はドヘニーを“歩行困難”に追い込んだのか。
 真吾トレーナーは「ボディストレートですよ」とその理由を明かす。
「危ないタイミングの左もあったし、最後まで怖かったですよ。だから冷静に慎重に丁寧にボクシングをすることをテーマにしました。ナオは気負わず最後まで丁寧に戦ってくれた。でも、こっちが慎重だから、あっちも慎重に来ますよね。それでも、しっかりとジャブで圧をかけた。だから出てこれなくなりましたよね」
 井上が「もう少し出てくると思っていた」というドヘニーは1ラウンドから超守備的なボクシングに徹した。右足が横を向くほどの半身になり、後ろ重心で上半身はのけぞるようにできるだけ後ろに置いた。そして頭を思いきり下げる。
 井上は「明らかにタパレス戦を参考にしていました」と試合中に察知した。昨年12月に10ラウンドKO勝利した元WBA&IBF王者のマーロン・タパレス(フィリピン)は、同じく後ろ重心のL字ガードで、上体を後ろに置き、井上の攻撃を防御した。その超守備的なボクシングで10ラウンドまで幕引きを長引かせた。
「タパレス戦ではこっちも結構オフェンスにミスがあった。ネリ戦(5月6日、東京ドーム)は噛み合った。そこ(2試合の戦術)を比べると(ドヘニーも)タパレス戦(の戦術)をチョイスするでしょう」
 上半身、つまり顔面の的を遠くにしている相手にも当たるパンチがある。
 それが真吾トレーナーの言うボディストレートだった。
「キレのあるパンチをドヘニーのボディの右、左、真ん中と打ち分けました。刺すようにね。腰骨あたりにも入ったと思います。ガードを固めていたのでボディだけでなくあえて肩や胸も打ちました。場外に吹っ飛んだシーンもありましたよね。おそらく腰、胸に与えたダメージが蓄積して神経を痛めさせたんだと思うんです。歩けなくなったのは丁寧にそこを狙ったためです」

 

 2ラウンドにはワンツーの右ストレートがドヘニーの右の胸あたりを直撃して、上半身がロープの間から飛び出るほどの衝撃を与えていた。6ラウンドにはコーナーに詰めてボディショットを連発で叩き込んだ。歩行困難でギブアップという珍しい結末は、ある意味、計算されたもの。決してアクシデントではなかったのである。
 ただファンが期待したダウンシーンは演出できなかった。3、4ラウンドは3人のジャッジのうち2人がドヘニーを支持していた。筆者は「いつもの井上ではなかった」と感じた。
 今回の井上の当日体重は62.7キロ。55.34キロのリミットから約7キロも増量した。キャリア最重量だ。一方のドヘニーは66.1キロで約11キロもでかくなっていた。体重差は約4キロ。
 井上は「ドヘニーが10キロ以上戻すなら、スピード勝負はない。こっちが8キロ増えてスピードが落ちても対応できる。その計算で増やした」というが、筆者はそれが「出来の悪さ」の原因のように考えていた。
 その話を井上にぶつけた。
「個人の意見。本郷さんが出来が悪かったと思ったのならそれで“よし”ですよ」
井上は、こちらの失礼な意見を笑って受け止め、こう続けた。
「でも出来は悪くなかった。動き的にスピード、キレも悪くなかった。体重が昨日のパフォーマンスに影響したかと言えば、そうは思わない。あれは(ドヘニーが)ああいうボクシングをしてきたから。名勝負と呼ばれるような紙一重の試合になると、数百グラムが左右するけれど、昨日の影響は微々たるもの」
 そして「名勝負、ボクシングは相手があってこそ盛り上がるスポーツ。相手が塩(試合)に徹したら、そりゃあ、ああなりますよ」と嘆いた。
「そういうスタイルでくるならしょうがない。それをどう崩して倒すか。ただ日本に来て高いファイトマネーを受けとって倒されないで終わろうと考えていたのなら寂しい。やっていてつまんないですよ」
 それが井上の本音。
 次戦は米専門サイト「ボクシングシーン」が明かしたところによると12月24日に都内でWBO&IBF1位のサム・グッドマン(豪州)との対戦が有力視されている。井上が「正統派のボクサー」と見ている19戦無敗(8KO)の右構えのボクサーファイター。
「2週間休みます。体力的には問題ないが、精神的な部分もあるのでリセットしてから新たな気持ちで12月にむけて頑張りたい」
 モンスターは真吾トレーナーから「休養は2日の間違い?」と突っ込まれて苦笑いしていた。
(文責・本郷陽一/RONSPO、スポーツタイムズ通信社)

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