「簡単な試合にはならない」アラムCEOが明かす井上尚弥のドリーム構想…米ラスベガス防衛とWBC王者中谷潤人戦…次戦は12月に国内でグッドマンが最有力

 プロボクシングのスーパーバンタム級の4団体統一王者、井上尚弥(31、大橋)対元IBF世界同級王者TJ・ドヘニー(37、アイルランド)、WBO世界バンタム級王者、武居由樹(大橋)対元WBC世界フライ級王者で同級1位、比嘉大吾(志成)のダブル世界戦が組まれた「NTTドコモPresents Lemino BOXING」(9月3日・有明アリーナ)の記者会見が8月31日、横浜市内のホテルで行われた。会見に出席した共同プロモーターで米トップランク社のボブ・アラムCEO(92)が来年の井上の構想について明かし、米ラスベガスでの防衛戦開催に加えWBC世界バンタム級王者、中谷潤人(26、M.T)との対戦の可能性を「歴史的なビッグマッチになる」と示唆した。また大橋秀行会長(59)も12月に予定している次戦は国内開催でWBO&IBF世界同級1位のサム・グッドマン(25、豪州)が有力候補であることを明かした。

 「でかいドヘニーをKOで倒したい」

 井上は会見に出席した8選手中ただ一人スーツ姿だった。試合の直前会見は、調整の真っ最中ということもあり、スポーツウエアが通常だが、それは井上の取り巻く楽勝ムードを振り払うための心の正装のように思えた。
 英専門サイト「ボクシングニュース」が発表したこの試合のユーザーアンケート結果は井上のKO勝利が「96・86%」。海外メディアからのこのマッチメイクに対する批判的な声に反論してきたアラムCEOでさえ、「日本だけでなく世界のスーパースタとなっている井上の相手は、一番危険で最強でなければいかない。TJドヘニーは過去3度、日本で試合を行いすべてKO勝利した。ここにいるモンスターが素晴らしいパフォーマンスを見せて勝ったとしても、“いいパンチがあって、難しい相手だったね”と、話をすることになる相手だと思う。世界のファンが何が起こるか楽しみにしているはず」とドヘニーを評価しつつも井上が“番狂わせ”に巻き込まれる可能性を暗に否定した。
 だが井上に楽勝ムードなど微塵もない。
「このスーパーバンタム級で戦っていく中で避けられない1戦。ドヘニーの実力を軽くは見ていない。皆さんが思うほど簡単な試合になるとは思っていない」
 井上は昨年6月にジムの後輩の中嶋一輝がWBOアジアパシフィックスーパーバンタム級タイトルマッチでドヘニーに4回に倒された試合のリングサイドにいた。リング上のインタビューでドヘニーが井上戦を熱望しているのを聞き「まさか戦わないだろう」という気持ちでいたという。
「そのあと自分の(スパーリング)パートナーのラミド(ジェフェスリー)を(1ラウンドで)倒してドームの試合もKOで勝ち(対戦が)現実味を帯びてきた。そこから意識をし始めた。ファイトスタイルも少しづつ変わってきた。パフォーマンスは凄くいい非常に怖い試合をする印象がある。そこは楽しみにしている」
 ドヘニーの公開練習を視察した真吾トレーナーが挑戦者が得意とする至近距離での打撃戦は避けたいとの戦略の一部を明かしていた。
 打撃戦に応じないのか?
 そう聞くと「「ここで作戦を言っちゃいますか」と会見場を笑いでなごませ「その場の流れというか、まずは作戦通りというか、しっかりとプランを立てているのでその中で状況を把握しながら戦いたい」と多くを語らなかった。
 5月6日の東京ドームでのルイス・ネリ戦では1ラウンドにまさかのダウンを喫した。
「あの1ラウンドがあってこそ、また強くなれた。ボクシングへの向き合い方が変わった。9月3日は慎重に変わったボクシングをしたい。自分自身が理想とする1ラウンドの入りを考え直した。それを徹底していきたい」
 東京ドームの雰囲気に乗せられ、必要以上にテンションが上がり、前のめりで1ラウンドからボクシングをしてしまったとの反省がある。冷静に落ち着いて戦うー。今回はそういう1ラウンドにするつもりなのだろう。

 

 

 公開練習では「判定決着は許されない」とも語っていたが。この日は、若干ニュアンスが変わっていた。
「体も見るからにでかい。当日も僕以上にリカバリーしてくる。そんな相手だからこそKOしたい。ただボクシングの魅力は、判定決着になっても伝えられる。KO、判定。どらちも準備している」
 ドヘニーは当日体重を10キロ以上増やすことで知られている。
 そのドヘニーは、「コンディションはパーフェクト。歴史を作るためにきた。あのベルトを獲り返す思いだ」と、井上の目の前に置いてる6年前に後楽園ホールで岩佐亮佑から奪ったIBFのベルトに目をやった。
 井上はアンダードックにここで噛まれて立ち止まってはいられない。 
 すでに陣営ではドヘニー戦の先の構想もプランニングされている。
 大橋会長は12月に予定されている次戦は国内開催となる方向で対戦相手としてはWBO&IBFの1位をキープしている19戦無敗(8KO)のグッドマンになる可能性が高いことを示唆した。グッドマンは5月6日のルイス・ネリ(メキシコ)戦の後に東京ドームのリングに上がりながらも、この9月の対戦打診から逃げて7月に地元との調整試合を優先したという因縁の相手。その試合で骨折した左手の回復が懸念されるが、大橋会長は、今後の対戦候補として元WBA&IBF王者でWBAの指名挑戦権を持つムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)がリストアップされていることも明かした。
 そして来年にはさらに構想のスケールがでかくなる。
 アラムCEOが「私の希望」と断った上で2つのビッグプランを明言した。
 ひとつは米ラスベガスでの防衛戦の開催だ。
「井上には日本とアメリカという2つの戦うマーケットがある。ロスには大谷翔平を見るために日本から多くのファンが来ている。井上がラスベガスで試合をすれば多くの日本人に来て興行ができるんじゃないか」
 アラムCEOはドジャースで活躍している大谷翔平に井上を重ねて話題性が抜群の興行となることを示した。T―モバイルアリーナなどの大会場とすでに交渉を開始しているという。これまで井上は、米国で3試合を行っているが、初戦は、ここまで大ブレイクする前で、会場もロス。もう2試合は新型コロナ禍での無観客試合。

 

 7月にニューヨークで行われた全米記者協会の表彰式に井上と共に出席してきた大橋会長も、米国での反応と期待感を肌で感じとっており、ラスベガス開催計画について「今までとは全然違う。前人未到のことやっていくのが井上の役目」と大乗り気だ。井上自身も「アメリカで試合をしたくなった」との思いを吐露していた。
 そしてもうひとつのビッグプランがトップランクが共同プロモート契約を結んだばかりのWBC世界バンタム級王者の中谷との究極の日本人対決。アラム氏は「(実現すると)信じている」と言い「このままうまくいけば、来年に井上と中谷が対戦して日本で歴史的な大きな試合になるだろう」と続けた。
 中谷は7月20日に同級1位のビンセント・アストロラビオ(フィリピン)を秒殺KOした後のリング上で「まだまだですけど、ひとつずつ、しっかり勝っていって、皆さん(の期待)が大きいものになっていけば、おのずと実現すると思う」と発言。米専門サイト「ボクシングシーン」や「ボクシングニュース24/7」、英「スカイスポーツ」などが、この発言に飛びつき「現実的な絶対モンスターを決めるドリームマッチ」などと報道していた。スーパーバンタム級に留まることを「来年いっぱい」としている井上の“卒業マッチ”としてマッチメイクされるならば、舞台は再び東京ドームとなるだろう。
 ただアラムCEOは「いろいろと全部がうまく進んでいかねば難しい。何がおきるかわからないが実現の可能性はある」とも付け加えた。
 井上がドヘニー、グッドマン、アフマダリエフらの刺客を撃破していくことは当然のこと、中谷が日本人が独占しているバンタム級のベルトを統一して階級を上げてくることが条件となる。中谷の前には、同じくバンタム級の統一を目標に掲げている弟のWBA世界バンタム級王者の拓真、そしてドヘニー戦のセミファイナルで比嘉との防衛戦を行う武居の2人が立ち塞がる。
 果たして来年はどんな運命が待っているのか。
 3日後に迫った決戦を前にモンスターが言う。
「4つのベルトを防衛する誇りを持ち自分の中で納得する試合をしたい」
 2階級4団体王者のプライドはきっと衝撃に変わるだろう。
(文責・本郷陽一/RONSPO、スポーツタイムズ通信社)

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