「打撃投手の100人中50人はイップスになる」逆転日本一へ、ホークスの名物打撃投手が語るプレッシャーに打ち勝つ難しさ
〈ホークス一筋25年、チームを支えるベテラン打撃投手が明かす“打ちやすいボール”とは? 試合前のバッティング練習の本当の目的〉から続く
日本一を目指す最強ホークス打線で25年間打撃投手を務めてきた濱涯泰司さん(はまぎわ・やすじ。54歳)。まさに“縁の下の力持ち”の仕事だが、中には「誰にでもできる仕事」「無駄なコスト」と見る人もいるのだとか。しかし、相手する打者も一流なら、打撃投手もまた一流だ。
その仕事の奥深さや難しさについて、『職業・打撃投手』(ワニブックスPLUS新書)より、一部抜粋、再構成してお届けする。
マシンと打撃投手との役割分担
バッティング練習というと、マシンバッティングを想像する方もいるでしょう。プロ野球でも室内練習場にはピッチングマシンが必ずあって、よく若いバッターが夜間や休日に自主練習に使っています。また、キャンプのバッティング練習では、打撃投手と併用して使われます。
私としては、打撃投手の球を打つほうが絶対にいいと思います。打撃投手は打者の間合いに合わせて、一番いいペースで投げます。マシンでも個人個人に合わせて調整はできるのでしょうが非効率で、現実的ではありません。
完璧にできるわけではありませんが、打撃投手はバッターの様子を見ながら、どのあたりに投げたらいい練習になるか、気持ちよく打てるかを考えながら微調整しています。機械は設定どおりにボールを発射するだけですが、打撃投手はあくまでも打者の都合を優先して投げています。それは打撃投手の球を打つほうがいいに決まっています。
「ミックス」を注文されることもある
実は、打撃投手を相手にした試合前練習でも、打ちにくさを求めるバッターもいます。
今現在、私の担当するバッターにはいませんが、「ミックス」を注文する人がいるのです。
「まっすぐとカーブとスライダーとフォークのミックスで」
まるでお好み焼きやピザのようですが、以前はよく代打を専門にしている選手から注文されました。
ミックスの時は、キャッチャーにサインを出してもらって、本職の投手のように打者を抑えにかかります。
いろんなボールを投げなければいけないので難しいと思われるかもしれませんが、まったく逆です。打撃投手にとってミックスは気楽。厳密なコントロールも、いい回転も求められず、少々ボール球になっても「本番さながら」と言い訳できます。
久しぶりに本気で抑えてやろうと一生懸命投げましたが、いつも普通に打たれるだけでした(笑)。
プレッシャーと上手く付き合う
いつもなら簡単にできることが、緊張すると上手くできなくなってしまうというのは誰もが経験することだと思います。
どの程度の出来事で緊張するか、どの程度の緊張を強いられるか、どの程度できなくなってしまうかは、これらは大きな個人差があります。ほんの些細なことで激しく緊張してボロボロになってしまう人もいれば、緊張はしても大きく崩れない人もいます。一般論では片付けられないほど個人によって違います。
基本的には「慣れ」によって緊張感は和らげられ、はじめは上手くできなかったことも少しずつ実力どおりできるようになっていきます。しかし、すっかり慣れたはずだったのが、小さなことから突然大きく歯車が狂ってしまうこともあります。
打撃投手にとってもっとも難しいのは、こうした心理的な重圧との付き合いです。
医学的な定義とは違うかもしれませんが、今まで普通に投げていた打撃投手が、ちゃんと投げられなくなってしまうのを私たちは「イップス」と呼びます。
私の感覚で言うと、もし打撃投手が100人いたとしたら、半数の50人がイップスになり、うち半数の25人が打撃投手をやめてしまう、それくらいの頻度で発生しているように思います。
深刻な職業病「イップス」
そんな深刻なイップスですが、正直なところ、その実態についてはよくわからないことばかりなのです。必ずしも経験のない若手だけがなるわけではなく、経験豊富な打撃投手がなることだってあります。私も本当にイップスにならないようにと注意しながら投げてきました。
典型的なパターンは「たった1球のデッドボール」から始まるものです。
チームを代表するような主力打者に対して、球が抜けてしまい、体に当ててしまう。一流の打者の多くはバッティング練習を非常に大事にしています。1球たりとも気を抜いたスイングはしません。私の目には、そういう練習を積み重ねているからこそ一流の打者になれたのだと思います。バッティング練習中はひとりの世界に入って、意図を持って打席に入り、私の状態をチェックします。その様子はピリピリしていて怖いほどです。
打撃投手もそれがわかっているからこそ、緊張してしまい、手元が狂って抜け球となってぶつけてしまう。私からすれば、そりゃあ緊張すればそういうこともあるかもしれないよなと言ってあげたいけれど、投げた本人を含め、バッティング練習を見ている監督やバッティングコーチからすれば、「絶対にあり得ないこと」なのです。
その1球の次の球は、絶対にぶつけられないと考えて、引っかけてワンバウンド、もうこうなると、頭で考えていることと動作が結び付かなくなり、「引っかけワンバウンド」しか投げられなくなってしまいます。このパターンはとても多く見てきました。
打撃投手の難しさは説明が困難
バッターやバッティングコーチなど現場の関係者に聞いてもらえば、打撃投手は大事な練習パートナーだと言ってもらえる自信がありますが、それ以外の人、特に現場から遠く、損益の計算に携わる人たちには、打撃投手の重要性、必要性はなかなか理解してもらえず、極論すると「誰にでもできる仕事」「短時間労働の楽な仕事」「無駄なコスト」といった感じで見られることがよくあるようなのです。
私の耳に直接入ってきたことはないのですが、どこの球団でもそういうことがままあるようなのです。だったらやってみなよ、そう簡単な仕事じゃないんだから……。
そう言いたくなりますが、何がどう難しいのかを説明するのがなかなか難しい。確かに仕事内容自体は、そんなに難しそうに見えないでしょう。一番の難しさはイップスが頻発するような精神的な部分なのですが、そもそもそのイップス自体、正体を説明できません。
どういう時になりやすいかとか、どんな心理状態になっているかとか、そういうことは経験者から聞くことができますが、どうすれば予防できるのかは確たる答えが見つかりません。いったい打撃投手の何が難しいのかと説明するのが難しいのです。
イップスを克服して、打撃投手に復帰する人もそこそこいます。どのように克服したのかと聞くと、例外なくとにかく数を投げて、克服したといいます。
謎に満ちたイップスですが、技術を上げることで克服している人がかなりいるのを見ると、メンタルと技術と両方が関係しているように思います。私も子ども時代から球数についてはめちゃくちゃ投げてきた自信がありますので。
投げて感じるいい打者とそうでない打者の違い
私が投げていて感覚的に思うことなのですが、一流の打者と評価されるようなバッターのほうが、1球1球考えながら、集中力高く大事に打っている感じがあります。
一軍に上がったばかりの駆け出しの若いバッターに投げることもありますが、そういうバッターのほうが何か淡々と打っている、言葉は悪いですが「ただ打っているだけ」と感じることがあります。
もしかしたら若いバッターたちのほうが量は多く練習しているのかもしれませんが、質という意味では一流選手たちには遠く及ばないように思います。
だからこそ一流選手になれたのだということかもしれませんし、数をこなすことによって技術力が身につき、その次の段階に進めるのかもしれません。バッターではないので、そのあたりのところまではわからないのですが、練習の質に違いがあることは投げていても確実に感じます。
〈小久保監督、柳田、近藤…打撃投手から見たホークスの超一流打者たち。「打撃練習のときだけ別人」打撃練習での意外なルーティン〉へ続く
11/03 11:00
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